ぐるぐる回ってる。(掌編)
全て、巡り巡って返って来ます。
今朝、情報番組の占いコーナーで、恐竜頭のキャラクターが私の星座にそう告げた。
何気ないその一言を、私は歯磨きをしながら、こっそりと胸にしまった......といえば聞こえは良いのだが、正直に話すと、口をゆすいだ時の、「ぺっ」と一緒に、排水口へと流れて消えていったのだ。
その言葉をふと思い出したのは、友人と出掛けたアートマーケットの帰り道だった。
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「いっぱい買っちゃったー」と、真弓が両腕に抱えた紙袋を見せて来る。
「私は何も買ってないよ」
チィは空の両手をブラブラと揺らして見せた。
「アンタって変なところ慎重に考えすぎなのよ」
「私は絶対に欲しいと思わないと買わないだけ」
「あとから欲しいがやってくるわよ」
チィは口角を片方あげてから「そんなことはない」と、鼻息を吹いたすぐ、「あ、待って!」と、出店のブローチ屋前で立ち止まった。
「これ可愛いー!」と、チィが言う。
「半鳥半女のアルコノストのブローチです。スラブ神話の」と店主が説明をすると、「買った!」と、チィはすぐに財布を出した。
「変わった趣味ね」と、真弓は微笑む。
開催中の公園の市場は、夕日が顔を半分隠してもまだ賑わっていた。
二人は行き交う人を掻き分けて、パープル通りの階段を目指すと、大きくひらけた所に野外ステージが現れ、丁度一人の弾き語りの女が舞台に上がり、チィはその姿に目が行った。
ジーンズに白い無地の素朴なシャツ姿でアコースティックギターを抱えている。
「みてみて、真弓。ディランみたいよ」と、チィは真弓を引き留めた。
「本当ね。聴いてく?」
チィは目を輝かせて何回か小刻みに頷いた。
すでに固定されたコンクリートの長椅子には、ちらほらと人が座っていて、二人は一番後ろで立ち聴きをすることにした。
女はスタンドマイクの前に立つと、胸まで真っ直ぐ伸びた髪を同時に両指で左右の耳に掛けて、大きく鼻で息を吸って、弦を弾いた。
✳︎
ぐるぐる回って
ぐるぐる回って
まだ ぐるぐる回っている
友人のポストが言うんだよ
辿り着く場所は決まっている、と
神様だけが知っている 生きてる意味とは?
その答えとは?
神様だけが笑ってる 生きてる意味とは?
その答えとは?
Round and round
Round and round
And
Round and round
My friend "POST" says
It's only a "SPOT" to arrival
God only knows
What I've been living for?
What I've been living for?
God only smiling
What we've been living for?
What we've been living for?
✳︎
パラつく拍手の中で、チィは今朝の占いを思い出し、真弓の顔を見た。
「そういえば、私の今朝の占いも巡り巡ってだから、ぐるぐる回るの」
「何の話よ」と、真弓は眉毛を吊り上げた。
「ぐるぐる回るのよ、今日の私は。誰かに何かしたら」と、チィはその場で回って見せ、「今の歌詞ってさ」と急に止まった。
「宛所が自分でわからない手紙自身の歌よね」
真弓は「比喩よ」と言う。
「私の占いは返ってくるから、宛所不明ってこと?」
真弓は笑いながら歩き始めて、チィは追いかけた。
階段を登り、連接する商店の通りを少し進むと、「ほら、好きそうよ」と、真弓がチィに言った。真弓が顎で差す先を見ると、小洒落たビルの二階にステンドグラスの窓が見える。
その窓の下に喫茶店の木看板が打ち付けられていた。
「お! 喫茶店だ! 行こう行こう」
至って普通のコンクリートの階段を登り、店前に着くと、雰囲気のある木製扉が異質さを出している。
チィが扉を開き、カランコロンと真鍮のドアベルの音を合図に
「いらっしゃいませ」と、カウンターからマスターが現れた。
店内は窮屈だが、大きな木机に、立派な緑の一人掛けのサイズの背もたれソファーが各場所に置いてある。二人が四人席に座ると、店内は満席になった。
「ラッキー」と小声ではしゃぐチィを見て、真弓は静かに頷いた。
注文を終えた頃、カランコロンと扉が開いた。
薄暗いオレンジ色の店内に、外の蛍光灯が差し込み、ギターケースを背負ったサングラスの女が一人で入って来た。
「あ。さっきの」とチィが言う。
「ディランちゃんね」と真弓が答えた。
「おお、いらっしゃい。満席なんだよ」と、マスターはディランに話した。
ディランはつま先を伸ばして店内を覗くと、肩を落とした。
四人席が二つ、二人席は三つ。カウンターに三席の店内で、席を余らせて贅沢に使っているのはチィと真弓だけだった。
二人は顔を見合わせて、同時に口を「い」の形にした。
ディランが諦めて出て行こうとした瞬間、チィと真弓は入り口へ歩いて向かい、声をかけた。
「あの。相席でよかったらどうですか?」
「いいんですか?」と、マスターが心配そうにチィに尋ねる。
ディランはサングラス越しにチィと真弓を見つめて、黙ったまま軽く頭を下げると、席へ向かった。
四人席。ディランを目の前に、二人は並んで座った。
ホットコーヒーが三つ運ばれてくると、ディランはギターケースのポケットから大学ノートを取り出し、文字を書き出した。
真弓は音を立てないようにソーサーからカップを離して、静かに啜っている。
チィもそれを横目に見ると、同じ仕草を真似て見せ、真弓はそれに小さく吹き出した。
「私の真似って珍しいわね」と真弓が小声で言う。
「そんなことないわよ。私好きな人の好きな部分は素直に取り入れるもの」
「平気でそういうこと言えるの、私は感心する」
二人のやりとりをディランがサングラス越しに見ている気がすると、チィは「あ、ごめんなさい!」と謝った。
「......気にしないでください」とディランが小声で呟く。
「作詞よね? 集中したいのに。ごめんね」と真弓が声をかけると、ディランは大学ノートを見せて来た。
そこには、今日のライブの日記が書いてある。
「そういえば私達、聴きました。素敵でした」とチィが言うと、ディランは顔を赤らめた。
「郵便物の気持ちが素敵」とチィが続けると、「郵便物じゃないです」と即座にディランは訂正し、「私です」と言う。
「ぐるぐる回ってるの?」と真弓が尋ねると、ディランはサングラスを外して、コーヒーを一口飲んだ。
「大学行こうか、歌手頑張ろうか、ぐるぐるしてます」
「わかるわぁ。我々にもそんな時期もありましたなぁ」と、真弓は天井を見上げた。
「今の選択に、後悔はないですか?」とディランが尋ねると、チィは咳払いを一つし、
「今だけが現実だからね。後悔した瞬間に、対策を始めても遅くないのよ」と鼻の穴を広げ、低い声で言った。
「でも、年齢的なものは必ずあるから」と、ディランが間髪入れず訂正に入り、チィは肩を落とした。
「まあね。わからないでもないけどさ。納得しても、満足しても、後悔しても、現実しかないのよ」と、真弓が言うと、
「神様だけが知っているその答えとは? 現実なのだ!」と、チィは背筋を伸ばした。
「そんなすぐに答えが出たんだ」とディランは驚いた。
「別に正解じゃないよ」と、チィは首を振った。
「どういうこと?」と尋ねるディランに、真弓は少し意地悪そうに「神様だけが知ってるわよ」と、微笑んでみせた。
暫く経った後、チィと真弓は会計をしにレジへ向かった。ディランの分も割り勘してこっそり支払い、店を出た。
軒並みを抜け、駅の改札口。
「ディランちゃんどうするのかなー」とチィが呟いた。
「決めても決めなくても、後悔はあるし、納得があるのが現実よ」と真弓が少し顎を上げて答えた。
「私はあまり無いよ、後悔って」
「それはチィが変わってるのよ。なんでも正解にしようとするから」
「なるべくそうしたいだけよ」と、チィが答えた。
「じゃあ、私あっちの電車だから。また明日会社でね」と真弓が去っていく。
チィは手を振ってから、改札を通った。
電車に揺られて、バスに乗り換えて、家の近くのバス停で降りる。
アパートに着き、鍵をバッグから取り出した時、一緒に200円が飛び出して来た。
たまたま割り勘したディランのコーヒー代とほぼ同じ額だったので驚いたが、すぐに「あぁ、ブローチのお釣りね」と、チィは思い出した。
しかし買ったブローチを探すが見当たらない。
それもすぐに、あの喫茶店に置きっぱなしにしていたことを思い出し、
「また行こ」と呟いて家に入った。
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数年経った後、
朝の情報番組のオリコンランキングのコーナーで、一人の歌手が紹介された。
その歌手と出会ったのは、友人と出掛けたアートマーケットの帰り道だった。
おしまい。
