TOEIC900点プログラムをやめた理由。
1. TOEIC900点をやめた理由
副社長の一言で揺らいだ施策
「それは、ビジネスにどうつながったのか?」
.....答えられなかった。
2年間続けてきた施策が、副社長のこの一言で揺らいだ。
数字は出ていた。
成果も見えていた。
それでも、その問いには答えきれなかった。
なぜなら私たちは、
“達成していたもの”と“求められていたもの”を取り違えていたからだ。
⸻
TOEIC900点育成プログラムの成果
私の会社はグローバル企業で、日本側の長年の課題は明確だった。
海外との橋渡しができる人材が足りない。
その解決策として立ち上がったのが、
TOEIC900点を目指す育成プログラムだった。
113名が参加し、一人ひとりにコーチをつける。
期間は全体で2年。コストも相応にかかる。
研修の成果は数字だけ見れば明確だった。

* 平均スコアは115点向上
(各人ベースの上昇率17%)
* 38人(34%)が900点を突破
(もともとの各人平均は739点)
⸻
経営から突きつけられた問い
やり切った、という感覚はあった。
少なくとも「失敗」と言われるものではなかった。
それでも、経営の視点は違った。
「それは、ビジネスにどうつながったのか?」
私は副社長の問いに対する答えに詰まった。
TOEIC900点プログラムの各人のスコアを上げることに躍起になっていた。
目に見える数字的な成果を上げていたので、
当然ながら褒められると思っていた。
......TOEIC900点プログラムがビジネスにつながったか?!
そんなことは考えてもいなかったのだ。
⸻
2. TOEIC高得点者が話せない理由
完璧さが、発言を止めていた
副社長の言葉を聞いて、
もう一度プログラムの成果を振り返ってみた。
確かにTOEIC900点越えは3割以上いた。
でも、その人たちがビジネスの場で活躍しているという事は、イコールではなかった。
象徴的だったのは、2つのタイプの人達だ。
1つ目のタイプはこういう人達だ。
・TOEIC900点を超えている
・文法も正確で、語彙も豊富
・履歴書上は「英語ができる人」
ただ、会議になると発言が少ない。
発言しても、どこか慎重すぎる。
間違いがないように言葉を選びすぎて、タイミングを逃す。
完璧な英語を話そうとするほど、
結果的に何も言えなくなる。
これは個人の問題というより、
「受験英語の延長線上にあるコミュニケーションの問題」だった。
⸻
点数よりも、会議を前に進める人たち
一方で、対照的な人たちもいた。
・TOEIC900点には届いていない
・文法も、ときには間違っている
・いわゆる「きれいな英語」ではない
この人たちが2つ目のタイプの人達だ。
こういう人たちは、
たとえ英語が中学英語だったとしても、
会議でしっかり発言する。
結論を端的に伝える。
わからないことは、その場で確認する。
結果として、議論が前に進む。
彼らは、英語を「正しく使うもの」ではなく、
「ビジネスを動かすための道具」として使っていた。

⸻
測っていたのは「英語力」ではなかった
この2つの対比ではっきりしてきた事があった。
私たちは、
「英語力」ではなく「テスト適応力」を測っていたのではないか。
TOEICは優れた指標だ。
努力すれば伸びるし、成長も可視化できる。
ただ、そのスキルがそのまま
ビジネスでの影響力に変換されるわけではない。
本来必要だったのは、
* 間違いを恐れずに発言する力
* 不完全でも前に進める力
* 相手とすり合わせる力
しかしそれらは、スコアには現れにくい。
結果として、
測りやすいものが、目的をすり替えていた。
⸻
3. 「うまくいっている施策」をやめる決断
成果が出ていても、やめる
最終的に出した結論は、「やめる」だった。
数字は出ている。
満足度も高い。
社内的な評価も悪くない。
それでもやめたのは、
このまま続けると、組織としての前提が歪むと感じたからだ。
「正しい英語を話せる人を育てること」が目的になってしまう。
本来必要だったのは、そうではない。
だから数字的な成果が出ていても、TOEIC900のプログラムは2年で終えることにした。
⸻
次に作ったのは「ビジネスコミュニケーション」
TOEIC900点プログラムの後継プログラムとして、
次に設計したのは、
ビジネスコミュニケーションにフォーカスしたプログラムだった。
英語は前提としつつも、主役にはしない。
"英語はビジネスを進めるツールでしかない"
そういうスタンスで設計することにした。
ビジネスにおいて、
* 何を伝えるのか
* 誰にどう伝えるのか
* どう意思決定につなげるのか
この3つに重心を置いた。
すると、評価の軸も変わる。
「英語が正しいかどうか」ではなく、
「ビジネスを前に進めたかどうか」が基準になる。
⸻
4. 企業内教育の成果とは何か
問うべきは「正しさ」ではない
この経験を通じて、一つの結論に至った。
企業内教育において問うべきなのは、
「どれだけ正しくできるようになったか」ではなく、
「どれだけビジネスを前に進めたか」だ。
⸻
生成AI時代に重要な力
生成AIによって、英語のハードルは確実に下がっている。
正確な文章を作ることは、かなり容易になったし、翻訳も、ほとんど問題にならなくなった。
だからこそビジネスの現場で残っているのは、
* 何を言うべきか
* どのタイミングで言うべきか
* どう相手を動かすか
といった、人間側の力だ。
生成AI時代に重要なのは、
英語の正確さではない。
ビジネスを動かす "人間ならではの力" なのだ。
⸻
グローバル人材育成の本質
あのとき、TOEIC900点プログラムを「やめる」という意思決定は簡単ではなかった。
ただ、あのまま続けていたら、
私は「正しさ」を追い続けていたかもしれない。
ビジネスは、必ずしも正しさだけでは前に進まない。
時には、不完全でもいいから伝えること。
間違いながらでも、前に進めること。
生成AI時代に重要な、
ビジネスを動かす"人間ならではの力"
を育てることこそが、
本来の意味での「グローバル人材育成」、
なのだと思っている。

最後までお読みいただき、
ありがとうございました♫
Noteデビューしたてで、読みにくい部分などあると思いますが、
私の経験が、皆さんに少しでもお役に立てると嬉しいなと思い、初投稿しました。
もし読んで "面白かった" や "気づきがあった" と思っていただけたら、🩷やフォローを押していただけると励みになります。
次の記事も頑張って書いてみたいと思いますので、これから応援宜しくお願いします。
