ドラマチック展望台日記
旅の始まり
「こんな高い所に来るとさぁ、クソ上司のことなんかどうでもよくなるよね」
東京タワーのトップデッキツアーの順番待ちをしている時、後ろに並んでいたお姉さんが発した言葉が耳に入る。
「確かに。」 私は心の中で相槌を打った。
日本の首都 東京を象徴する存在である東京タワーにはふたつの展望台がある。
ひとつは地上150mのメインデッキ。
私が今いるこの場所だ。
もうひとつは地上250mのトップデッキ。
そちらは、ツアーに申し込んだ人だけが登ることができる展望台だ。
私はこれから、そのトップデッキへ登るために並んでいるのである。クソ上司のことがどうでもよくなってきたお姉さんも同じく。
これから更に高いトップデッキへ行くのだから、きっとお姉さんの頭の中からはクソ上司の存在そのものが消えてなくなってしまうのではないか、などと考えた。

私は展望台が好きだ。
この世界には、展望台と呼ばれる場所が数多く存在している。
東京タワーのように超有名なものから、近所の公園の小高い丘まで規模は様々。
それゆえ、見える景色も様々だ。
私が思う展望台の魅力のひとつは“いつもと違う視点”だ。
展望台へ登ると、いつもの街もいつもとは少し違って見える。
知らなかった建物や気付かなかった道……普段の暮らしでは出会えなかった新たな発見もあるかもしれない。
初めて訪れた街でも同じ。
地上にいるだけでは見られなかった、その街の新たな顔が見えてくる。
また、日常生活の嫌なことやモヤモヤも、展望台に登って視点を変えると、目に写る人や建物同様にいつもよりごくごく小さく感じることがある。あのお姉さんもそうだったように。
視点を変えることで、いつもとは違う何かに出会う。
展望台は、日常の行動範囲の中にある非日常なのだ。
だから私は展望台が好きだ。
これは、そんな私がいくつかの展望台を巡った思い出を、少々ドラマチックに脚色した日記のようなものである。
ランドマークから見る東京
~東京タワー トップデッキ~

初めて見るトップデッキからの景色に感動しながらカメラを構える。
スカイツリーや新宿ビル群、お台場など東京らしい建物はもちろん街の様子もとても綺麗に見えて、シャッターを切る手が止まらない。
私は都会、とりわけ東京の景色が好きだ。
地方都市生まれの地方都市育ち。
今も生まれ育った地元に住んでいる私は、ただ単に都会への憧れがあるのかもしれない。
インスタグラムでは東京の風景を収めた写真に“いいね”しがちだし、YouTubeでも東京をドライブするだけの動画を見漁ったりしている。
もちろん田舎の景色も魅力的だ。
山々の緑は見ているだけで癒される。
海や川は絶えずその表情を変え、見ていて飽きることがない。
当たり前の話だが、都会の風景は田舎とは全く違う。
山の緑などなく、ただただ建物の森が広がるだけ。
まさにコンクリートジャングル。
窮屈で少々息苦しそうではあるけれど、人が生活を営んでいるのが感じられ、そこに生きる人々の物語を垣間見ることができるような気がする。
私は、そんな都会の景色が好きなのだ。
鑑賞する東京・リアルな東京
~六本木ヒルズ東京シティビュー~
「一番おすすめの展望台はどこ?」
そう聞かれた時に私が真っ先に答えるのが、六本木ヒルズにある東京シティビューだ。
立地、高さ、景色の見やすさ……
総合的に見て私はここが東京を“鑑賞”するのに最も適した場所だと思う。
将来東京に住むことがあれば、絶対にここの年間パスポートを買おうと何年も前から決めている。
屋内展望台には何度も行ったことがあるけれど、今回は初めて屋上にあるスカイデッキにも登ることにした。
今にも溢れ出しそうなドキドキを胸に、私はスカイデッキへのエレベーターへ乗り込んだ。

屋内外を隔てる扉を開き、階段を登る。
都会の空気、頬を撫でる風、降り注ぐ日差し……
屋内展望台からガラス越しに見ていた“鑑賞用の東京”とはまるで違う、本物の東京が目の前に現れた。
周囲の建物の質感はさっきの何倍も何十倍もリアルで、私は今ここにいるんだということを改めて実感する。
隔てるものがなくなっただけでこんなにも違って見えるものなのか。
私は非常に驚くとともに感動すら覚えた。

鳥の鳴き声が聞こえ、頭上を見る。空が広い。
地上から見る都会の空は狭いけれど、ここから見る空はどこまでも青く、とっても広かった。
東京そして世界の中心と私
~SHIBUYA SKY~
SHIBUYA SKYという展望施設ができると発表された時、渋谷には周りを見渡せるような高さの展望台がなかったのかということに気付いた。
暖かくなったら登りに行こう。
2020年のはじめ、私はそんなことを思っていた。
その矢先、新型コロナウイルスの大流行で思うように行動できない日々が始まった。
自粛生活で東京はおろか、近所へ買い物に行くのも憚られる毎日。
あんなに東京へ遊びに行っていたのに、どうしてSHIBUYA SKYへ行くことを後回しにしていたのだろう。
明日やろうは馬鹿野郎。
見たい景色があるのなら見に行くべきだと痛感したのだった。

念願叶って初めてのSHIBUYA SKYへ。
ここからの景色は想像以上におもしろかった。東京の名所がとても綺麗に見える。
また、東京の空の美しさを存分に感じられるSHIBUYA “SKY”という名に相応しい場所だった。
奇抜な見た目のスイーツを食べに行かなくても、いつもあるこの空や街並みが最高の写真映えスポットだということを教えてくれる展望台だ。

そして、ここに来ると自分が世界の中心に立っているような感覚になる。
渋谷の景色を見ているはずなのに、なぜか自分自身がここにいるという事実と渋谷の先にある世界を強く意識するのである。なんとも不思議な体験。
頭上にある空、目の前にある渋谷の街、そしてその遥か先まで広がる世界を感じられる場所。
末永く渋谷を見守る名所になればいいなと思う。
東京の過去・現在・未来
~旧東京中央郵便局長室・KITTEガーデン~
東京駅のコインロッカーに荷物を預け、スマホで時刻を確認した。
次の予定まで少し時間がある。
駅の中を見て回るのも悪くないけれど、せっかく東京に来ているのだから東京の景色を目に焼きつけたいと思った。
「東京駅見に行こうかな」
KITTE丸の内。東京駅を見るなら、ここに来れば間違いない。

最初に向かったのは4階にある「旧東京中央郵便局長室」だ。
ここは、1931年の東京中央郵便局創建当時の内装が一部再現されている。
中に入ると現代の空気から一変、レトロな雰囲気に包まれる。
窓の向こうにはJR東京駅丸の内駅舎が見え、まるでタイムスリップしたかのような気持ちになった。
都会のど真ん中にいるはずなのに、不思議と都会の喧騒を忘れている。
穏やかな空気が流れ、ここが東京であり今は令和であるということさえも忘れてしまいそうになる。

レトロな雰囲気を纏ったまま、6階にある屋上庭園「KITTEガーデン」に出る。
東京駅を囲む大きなビルや駅から次々と発車する電車や新幹線を見て、一気に令和の時代に引き戻された。
ビルに囲まれて堂々と立つ東京駅舎の存在感は凄まじく、その姿はとても美しい。
歴史ある建造物と新しい建造物が共存している様は、東京の魅力のひとつだと思う。
この景色を写真に収めようとスマホを取り出す。
やばい、東京駅の景色を満喫しすぎた。
次の予定の時刻がいつの間にか近づいていた。
東京駅周辺は今後も再開発が予定されているらしい。
めまぐるしく変わっていく東京。変わらずそこにある東京駅。
次にここへ来た時にはどんな景色が広がっているのだろう?
そんなことを考えながらKITTEを後にした。
いつもと違う視点で
トップデッキツアー楽しかったな、また行こう。
そんなことを思いながら、東京タワーを背にして歩き出す。
その間に何人かとすれ違う。
ほとんどの人が東京タワーを見上げ、スマホやカメラを掲げて写真を撮っていた。

私は東京タワーがこの世の建物の中で1番好きだ。
シンプルでありながらどの建物よりも目立つのに、東京の街に馴染んでいる東京タワーのデザインが大好きだ。
そして、この街のランドマークとして聳え立つ姿は本当にかっこいい。その姿を視界に入れるため、人々は自然と上を向く。
そこには、いつものように下を向いて歩いていては見られない、いつもとは少し違う世界があるはずだ。
あれ?
展望台から景色を見るのと似ているかもしれない。
地上にいるのになんだか不思議だ。
非日常は、案外思ったより近くに転がっているのかもしれない。
視点を変えるってとってもいいこと。
でも少し難しいこと。
やり方が分からないから、まずは物理的に変えてみよう。
手始めに展望台に登って、いつもと違う世界を見てみませんか?

