父のモスバーガー
6月15日は、父の日だった。
朝ごはんの後、高2の次男に小声で
「ご存知かもしれませんが、今日は父の日ですよ」
と告げておくと、彼はコンビニで、プリンとチーズケーキとシュークリームを買ってきた。パパと自分、そして私の分まであるところが嬉しいし、優しいなと思う。今月のお小遣い、残りわずかで厳しいって言ってたのに。
しかし、そんな心ある次男は、その後父の日に全く触れることなく寝てしまい、次の日の朝になって「あっ、パパ、ありがとう」と急に思い出し、リュックに昨日買ったチーズケーキをそのままねじ込んで登校しようとしていた。
それ、要冷蔵だからね。
ぬけぬけの優しい次男の横で、山形にいる自分の父に何もやってないなぁと反省する。そして、「お父さんなぁ…」と気持ちを馳せていると、一番に思い浮かんだのは、でろでろに酔っぱらった父の姿であった。
私の父は酒飲みで、母によれば「一升瓶を抱えて飲んでいた」ほどの酒好きであった。飲み会がある日は、必ずべろんべろんになるまで飲み、へべれけ状態で帰ってきた。足がもつれて転んでしまい、玄関横の竹藪に頭を突っ込んでいたこともある。母は、その度に、心底どうしようもないといった怒りと呆れと諦めがない混ぜになったような顔をし、小言を言ったりもした。
結婚し、母と同じ立場になった今の私は「いや、本当に勘弁してほしいよね」と心から母に同情するのだが、小学生だった私は、へべれけの父が嫌いではなかった。むしろ、黙って新聞を読み、あまり話さない普段の父よりも、お酒で陽気になり、ふざけてプロレス技をかけてきたり、親父ギャグを言ったり、各段おしゃべりで愉快になる父は、とっつきやすくて、楽しくて、まぁまぁ気に入っていた。
酔っぱらった父で忘れられないのは、お土産である。父は、飲み会があると結構な頻度で、お寿司やドーナツなどのお土産を買ってきてくれた。
深酒している自分の状態が、確実に母を不快にさせ、非常に気まずい雰囲気を生んでしまうことは、父もわかっていたはずである。しかし、結局本日もしこたま飲んでしまったこの状況を少しでもマイルドに収めるために、母や子ども達が喜ぶものを買って帰ろう。今となっては、お土産にそんな父の作戦が透けて見えるのだが、私は小学生で、それも食いしん坊だった。夜のお土産は、いつもならありえない時間に美味しいものが食べられる、特別に嬉しいものでしかなかった。
父が飲み会から帰ってくる時間は、大概、妹と2人、2階の子供部屋で寝ていた。お土産があると、階段の下から母が
「お土産あるよー!」
と大きな声で言ってきて、私たちは容赦なく起こされた。2人でむにゃむにゃと茶の間に向かい、寝ぼけ眼でちゃぶ台に並んで座ると、目の前にはカウンターで食べるお寿司屋さんの寿司折(サザエさんの波平さんが酔っぱらって買ってくるのと同じ形をしている。この頃はバブルで景気が良い時代であった)や、ミスタードーナツが置いてあった。
もう夜のいい時間である。私だったら、子どもを起こすことなく、翌日の朝食だったり、おやつにするところだが、私の両親は、全く意に介せず、普通にむしゃむしゃ食べさせた。むしゃむしゃ食べている母と私たちを、酔っ払いの父は、
「んまいが、いがったな」
と繰り返し言いながら、まゆ毛を下げて満足そうに見ていた。
お土産がお寿司の時、生ものが食べられない私は
「かっぱ巻きあるよ」
と母から与えられた2つくらいを口に放り込み、生ものの大好きな妹とまぁまぁ好きな母が、パクパクとあっという間に平らげていく様子を眺めていた。自分は食べられないけれど、この時間が好きだった。妹のとろけるように美味しそうな顔は、普段と違う時間をちゃんと私にも味あわせてくれた。
お土産の中で一番興奮したのは、モスバーガーである。
まだ山形にはマクドナルドもない時代、ファーストフード店のハンバーガーは何ともおしゃれな雰囲気を感じるものだった。そんないけてる食べ物を、しょっぱいつまみを食べて、日本酒を飲んで、ぐだんぐだんになっている父が買って帰ってくること自体「お父さん、やるじゃん!すごいじゃん!」と子ども心に思った。ハンバーガーと全く無縁の世界で生きていると思っていた父が、モスバーガーを知っているなんて!
私はというと、もちろんハンバーガーは知っていたが、モスバーガーを食べるのは父のお土産が初めてだったと思う。包みをあけると、ふっくらとしたパンに、ファーストフードならではの形をしたハンバーグと赤いドロッとしたソースが溢れていた。まだ少し眠気が残ったまま、大きい口を開けてあむっとかぶりつく。
スギューン!!パーン!!!パーーーーーン!!!!
美味しさが一気に脳天までかけあがって爆発し、少しぼーっとしていた私をぶっ飛ばして、目を見ひらかせた。
うんまっ!!!
口の周りをべとつかせながら、夢中で食べる。
刻んだ玉ねぎとかトマトとかが混ざって、よくわかんないドロドロの赤いタレを、包み紙を裏返しにして最後までじゅるじゅるとすすった。
隣でむしゃついていた妹も全く同じだった。
妹に、父のお土産で何が一番おいしかったか聞いてみたくなって、電話した。
「いや~、やっぱりモスバーガーはすごかったね」
と同じ意見で「だよね、だよね!」と思わず勢い込んでしまった。あの衝撃的な美味しさを同時に味わい、今でも一発で分かち合える人間がこの世にいるとは、なんと嬉しいことだろう。
「でも、お寿司食べてる時も相当幸せそうだったよ」
と私が言うと
「もう、ほんと何でもうまかった!そもそも今の子ども達みたいに、コンビニで買ったり、気軽に外食したり、全然なかったもんね。外のご飯って貴重だったよね。ほんとに特別だったよね」
家の近くに駄菓子屋が一軒あっただけじゃんと話し続ける妹に、スマホ越しで、確かにそうだったと深くうなずく。
私たち姉妹が、夢中でモスバーガーをほおばっている横で、酔っぱらった父は、半分におった座布団を枕代わりにステテコで寝転がり、やっぱり
「いがったなぁ~」
とつぶやいていた。赤ら顔で目をつむり、起きてるのか寝てるのか、よくわからない状態で、満足そうにうなずいていた。

今振り返ると、むちゃくちゃ幸せな時間だったなと思う。
父に電話して言わなくちゃと思う。
「お父さんが酔っぱらって買ってきたモスバーガー、すんごく美味しかったよ。妹も言ってたよ」
81歳になった父は、きっと同じように言うだろう。
「んだのが。いがったなぁ~」
ありがとう、お父さん。
いいなと思ったら応援しよう!
一緒に楽しんでもらえて嬉しいです!いただいたチップで、幸せ満タン!書くエネルギーにさせてもらいます!