とくべつな窓辺
もう少し寝かすとか言っておいて、どうもこんにちは(おい)
今回の記事を上げるかどうか迷っていたのですが、ふと思い立ったので、今更おさらいしておきます。

東京・春・音楽祭2026
務川慧悟ピアノ・リサイタル
日曜日の朝のフランシス・プーランク
こちらです。
かねてよりやってみたいと務川さんご本人がおっしゃっていたプログラムが実現!
前日くらいから鼻が蛇口みたいに鼻水出していたので、どうしようかなと思っていたらなんとか蛇口が閉まったので行ってきました🚰(?)
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務川慧悟(ピアノ)
日曜日の朝のフランシス・プーランク
(オール・プーランクプロ)
プーランク:
ユモレスク ト長調 FP72
フランス組曲 FP80
3つのノヴェレッテ FP47/173
村人たち FP65
バレエ音楽《ジャンヌの扇》より 田園曲 FP45
3つの小品 FP48 より トッカータ
即興曲 第15番 ハ短調 FP176《エディット・ピアフを讃えて ≫
《ナゼルの夜会》FP84
en) 愛の小径
フランシス・プーランク。
初めてその人を調べた時の印象は、"夜遊びの男"だった。
何を調べた時だったか記憶が判然としないが、恋多き男、夜の街を闊歩するパリ生まれパリ育ちの生粋のパリジャンの姿だった。
ことこの時代、というか芸術の世界と夜とは切っても切れない間柄と言ってもいいけれど、それでもあまりある"夜の匂い"のする男だった。
だからだろうか。
プーランクを朝に?というのはあまりピンと来ていなかった。
「日曜日の朝のフランシス・プーランク」というタイトルは、村上春樹のエッセイ「意味がなければスイングはない」に収録されている同名の1編に由来するらしい。
残念なことに私は、人生で辛酸を舐め続けた作品の上位5位に食い込む程度には村上春樹が苦手だった。
当然そんなタイトルのエッセイがあることを知らなかった。何故だか私が好きになる音楽家、作家そういった類いの人々は、私の苦手なものを好きだったりする。
素直にいえば、前日から体調を崩していた私は、プーランクなら、もういっそのこと今回は諦めようかとも思った。
けれど、貴重なフランスもの。オール・プーランクなんて次いつ聴けるだろうか。と思い直し、どうにかこうにか体調が好転したので、朝の少し冷たい空気の中、会場へと向かった。
1〜6曲目
ユモレスク ト長調 FP72
フランス組曲 FP80
3つのノヴェレッテ FP47/173
村人たち FP65
バレエ音楽《ジャンヌの扇》より 田園曲 FP45
3つの小品 FP48 より トッカータ
今回は少し間も空いたことだし、1曲がかなり短い小品の集まりなので、まとめさせてもらおう。
最初の1曲「ユモレスク」
快活な1曲で幕を開ける。軽やかで、開幕を告げる華々しさを感じつつ、御仁らしいキレのよさ、プーランクらしい洒落た空気。このたった2分ほどの曲ですら、あぁいつものように始まったのだと思わされる。
1曲の終わり、すぐにMCが入る。
ここで、今回このプログラムになった経緯を教えてくれた。
これは以前にも話のあったことだが、フランスでは日曜日に同じように朝に演奏会があるそうだ。
そうして、いい演奏を聴いて1日が始まると、その日1日いい日になる。そんな気がすると。
そして、前段の村上春樹のエッセイの話。
プーランクという人は朝作曲するのを好んだのだとか。
夜遊びの男と思っていた私からするとびっくりである。
そして、御仁も前はプーランクが苦手であったこともこの時話に出た。
プーランクについて、捻くれていて、意地悪で、曲にもそんな部分が現れていると。
しかし、確かにそういう部分は概ね間違ってはおらず、生粋のパリジャンらしく、どこか斜に構えたところがあるが、それだけではなく、高貴さも持った人であったと。
そして、プーランクの両親は敬虔なカトリック教徒であったが、若い頃のプーランクは、そんな部分に懐疑的で、距離を置いているが、晩年は、さまざまな経験を経て、再度信仰するようになり、宗教的な音楽も書くようになったそうである。
確かに、プーランクという作曲家の音楽は、洒脱な雰囲気が常にあるが、どことなく近寄っても跳ね除けられるような壁を感じていた。
聴く分には耳に馴染むのに、そんなにたくさん曲を聴くかと言われれば、そこまで私は至れていない。
そうして続く「フランス組曲」軽やかなダンス風の始まりの1曲目、そして2曲目と続いていく。
トッカータまでの小品たちは、朝の光を浴びながら作られたということを感じられる作品たちだと御仁は語った。
確かに、どこか朝の少しだけまだ眠気の残る、しかし、目に入る優しい光や、朝から出かけているかのような活発さ、時には少し翳りのある朝…朝の情景が浮かびやすい。
そうして、フランス組曲第4曲に来た時、御仁の言った「高貴さ」というものを感じた気がした。背筋が伸びるような、これを言葉で表すのが難しい。ただそこにある音楽と御仁の姿は、凛としていた。
そんなことを考えていると曲の展開と共に、懐かしい思い出を感じ取った。
優しい光の指す窓辺。
朝の光の中作曲したプーランクも、こんな光の中で何曲も曲を書いたのだろうか。
そう思わせた。
何かの記事で書いたような気もするけれど、その柔らかい光に、大学の頃通った研究室の大きな窓辺を思い出した。
特に広くもない部屋。本棚と、PCを置く机、軽い打ち合わせをするような机、教授が持っていたCDコンポ…どれも狭い空間にぎゅうっと収まったそんな部屋だった。当時その教授は学部生に向けたゼミは持っていなかった。けれども、ある授業で知り合ったその人に、何故か私は懐いてしまった。自分が所属するゼミでもないのに、毎日毎日入り浸っていた。
そんな私を見て、教授は「あぁ来たか」と一言。
いつのまにか、研究室に来た私に、「コーヒーを淹れてくれ」の一言が通例になっていた。
お昼ご飯を一緒に食べたり、時に語源について話を聞いた。そういう時間を今思えば意図して作ってくれていたのだろう。
すぐに手が開かない時には、「ちょっと待っていなさい」そう言って、打ち合わせ用の机に座らせた。
私の通った大学の研究室は、大きなバルコニーがあった。全ての研究室がつながっている大きなバルコニー。そこに出れる大きな窓。それには、白いレースカーテンだけが引かれていた。
コーヒを淹れ、教授の手が開くのを待ちながら、頬杖をついて窓を見る。柔らかい光が差し込む窓辺。研究室にはいつもシャンソンが流れていた。
教授がPCをタイピングする小気味の良い音とシャンソンを聴きながら、その何でもない時間をやり過ごす。
今にして思えば、苦しいことの方が多い人生の中で、1番最初に見つけた、"居てもいい場所"だった。
残念ながら日曜日でもなければ、朝でもなかったけれども、そのレースカーテン越しの光を見つめながら、教授を待つ時間が好きだった。
その柔らかい光を、耳に聴こえるタイピング音とシャンソンを覚えている。
時にはそのまま眠ってしまうこともあった。それを見て、「まるで机に謝ってるみたいだな」とか「お前は日の当たる窓辺で涎を垂らして寝ているのが似合うな」なんて意地悪を言う。
そういえば、あの人はプーランクに似ているのかもしれない。
プーランクを聴く時、何故かシャンソンを思い浮かべていた。これについては、後半で解消することになる。
そうして、フランス組曲を越え、3つのノヴェレッテへ進んでいく。
その間に、あの優しい窓辺が浮かんでは消えていた。ノヴェレッテの第2曲のように、村人たちのように、目眩く日々。
時に大学院生が混じってくだらない話。時に当時教授と1番仲の良かった助教授が混じっての実地の話。
毎日が日曜日のように過ごした。
碌でもない学生だったことは認める。
大学時代は、そうした優しい時間に反して、精神的には1番不安定だった。
研究室を1歩出れば、不安で仕方がなかった。怖くて仕方なかった。電車に乗れなくなったことなど数え切れない。息の吸い方を忘れたことも、何がともわからず泣いたこともたくさんあった。
けれども、あの優しい光の指す窓辺を目指した。
一睡もできない中で、倒れてしまいそうで、挫けてしまいそうな中で。
そんなことをずっと思い出す。
この御仁の演奏は、いつもそういう過去の優しい記憶をそっと呼び起こしてくれる。
ずっと苦しかった日々の中で、確かに幸せな瞬間は、救いの瞬間はあったのだということを、這い上がってくるあらゆる感情に、飲み込まれて忘れてしまいそうになる時にも、この人はそっと背中に手を添えてくれる。
頭の中で思い起こす優しい記憶。
耳には、あらゆる音が聴こえてくる。
灯るような音楽を
光るような音楽を
崇高な音楽を
気高い音楽を
ありとあらゆる技術でそこに顕現せしめる。
その確かな手触り。
たくさんの名ピアニストがいる中で、この人のピアノからは務川慧悟のピアノである。という質感が、会場にいると確かに感じるのである。
こと、フランス音楽を取り上げた時のあまりにもクリアな解像度。
ほぼ10年というフランスでの研鑽は、確かにこの御仁の血肉となって、間違いなく務川慧悟という人間の音として、こちらの耳を、肌を、揺さぶり、見紛うことはないのだ。
7・8曲目
即興曲 第15番 ハ短調 FP176《エディット・ピアフを讃えて ≫
《ナゼルの夜会》FP84
そうして迎える夜の時間である。
エディット・ピアフといえば、フランスシャンソン界で知らぬものはおらぬといえるほどの名歌手。この曲に入る前にも御仁による解説が入る。
プーランクはシャンソン歌手をとても尊敬していたという。この即興曲もシャンソン風に書かれ、エディット・ピアフに献呈されている。
なるほど。プーランクは以前からシャンソンぽいなぁ…と思っていたが、まさか実際シャンソン歌手を尊敬するほど好きだったのか。と糸が繋がる。
3分程度の短い即興曲。
そんな中に溢れる色気、洒脱さ、恋焦がれるような、1人語りのようなうまく表するには難しく、エディット・ピアフその人のように、ある意味での気高さ。この短い曲の中にそういった、明確に言葉にできないそのジャンルにしかない肌触りを落とし込んだ名曲。
そして、やっぱりここでも普段の御仁からはあまりつながらないかもしれないが、醸し出すような夜の匂いをその指先から描き出す。
朝であるけれども、酒をください(黙れ)
こうやって聴くと、やはりプーランクには夜の隙間がよく似合う。
≪ナゼルの夜会≫。プーランクの作品の中で比較的まとまった大きめの作品である。プーランクがよく通ったであろう夜会の数々その中で、観察した様々な人々を描き出した作。
即興曲の前に、こちらについても解説が。
各曲を直訳したタイトルがプログラムにあるが、それでは何を言っているか、わかりづらいからとのことだった。フランス語の意味を、単語を発音しつつの解説……………
おいしいです…………(黙れ)
日本にいると、なかなかフランス語で話しているところを見る機会は、まぁ当然ないし、フランス語わからないから話されても内容把握はできないけども………
さて、曲については、プーランク視点で夜会を眺め、目に留まった人々を描くそういう音楽である。
ある意味で、なんだかそういうショートムービーを見ているようでもある。
様々な人々。
時に好意的に、時に思いっきり皮肉っている様子がなんとなく想像できる気がする。
それにしても、御仁と皮肉とは…………こちらも正直あまり繋がらない。
これは演奏哲学とはまた別で、務川慧悟本人は、なんというか、側から見ていると本人の気質とはまた全然異なるような、"類は友を呼ぶ"なんていう諺があるが、類とは違うところにある人ともなんだか仲良くなれてしまっている、そんな雰囲気がある。
元の人の良さや聡明さがそうさせるのだろうか。
それ相応の努力とかもあると思うし、もしかしたらフランスという土地に長くいた成果でもあるのかもしれない。
いやそんな知った口きけませんが……
そんなことを考えている間にも曲は進む。
夜会は進んでいる。
その目眩く夜会。
プーランクの観察眼の鋭さを体現するように、御仁のピアノからも確信が見える。
今回手元の見えない席だったけれど、どう指を運ぶのかが目に浮かぶ。
上手側のいいところは、どの音も隠れることなく、どう表現したいかという音の輪郭を見ることができる。
どんなバランスで音を並べているのか。
そして、どうピアノの中で音が反響しているのか。
ピアノ線の金属音、ピアノの本体内に反響する音の宇宙。具合が良ければ、そのあまり曲には関係がないかもしれない、しかしそこすらも美しい音がどこにいても聴こえることもある。
思いっきり皮肉っているであろう(あるいは浸ることの意味を語るか)Ⅶ.Le goût du malheurでも、やはり美しいと思ってしまう。
曲も終盤である。
フィナーレに到達すれば、これまた華やかで技巧的な美しさ。その影に忍ぶ色気。
宴の最後、華やかな和音で終わりを告げた。
アンコールは「愛の小径」
またもシャンソン風の音楽。
"気怠げ"と御仁は評したが、このアンニュイな雰囲気を美しく、どこか孤独を楽しむように表したそれは、実に見事だった。
朝、その日は爽やかな日だった。
少し曇ってはいたけれど、フランスは気候的に曇りが多いという。
雲のない軽やかに晴れた空に、眩しく輝く太陽は素敵だが、薄雲に隠れた優しい太陽も私は好きだ。
この後にはぜひ素敵なランチを…
との御仁の言葉に惹かれて、1人少し贅沢をした。
そのあと、早めの帰路に着いたが、その間ずっと愛の小径を聴いていた。
地元に着けば、暖かな空気と少し冷たさは残るが心地よい風が吹いて、空を見れば、薄雲の空に優しい太陽が光を放っていた。
家まで徒歩でお散歩。
その間も耳にはプーランク。
頭の中ではあの優しい窓辺を思い浮かべた。
その研究室に入り浸っていたのは、大学3・4年の2年間。たったの2年という間の出来事であるけれども、私にとっては本当に特別な思い出だ。
あの人はいつも私のことを「ダメなやつだなぁ…」と優しい笑顔で言った。
その時初めて、「ダメなやつ」でもいいのかと思えた。
天高く暖かな光を放つ太陽と、目の前に広がる菜の花畑。
今の私は田舎に住んでいて、至る所に田畑が広がる。プーランクは生粋の都会育ちであるわけだから、こんな光景とはあまり縁がなかったかもしれない。
けれど、プーランクを聴くたびに、黄色い花が似合う。そう思っていた。今思えば、フランスといえば、ミモザの花に引っ張られているのかもしれない。
その一面の黄色を眺めながら、頬に吹く静かな風と、全身を包む暖かな光を眺めながらしばらくその場所でただ、佇んだ。
とくべつな日曜日。
とくべつな窓辺。

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というわけで、かなりセンチメンタルになってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました!
懐かしい思い出を明確に思い出すそんな公演でした。
特にそういう意図とか皆無だったと思いますが笑
過去を振り返る、その思い出に浸るのがいいことかというと、そういうわけではないかもしれないし、後ろ向きすぎる!!!前を見ろ!!!!と言われても仕方がない。
でも、そういう優しい思い出が、これから先を歩く少しの支えになる。
そんなことってある気がしています。
もともとは今回も書かずに終えようかと思っていましたが、自分の仕事は一区切りがつき、先の記事を書いていて、やっぱり文章を書くのは楽しいな。そう思ったので、このとくべつな日曜日を記しておこうと思い直しました。
とはいえ、あの空間での出来事をうまく言葉として書くのは正直めちゃくちゃ難しいのです。
ピアノの技術的なことはピアノを弾いたことがないので知らないし、かと言って歴史をよく知っているわけでもない。ただの自己満足を、己で撫でるだけの作業であるけれども、結構体力と精神力を使うものではあるが、身の内に宿したままだとなぜかモヤモヤとしてしまう。
そんなことってあるものです。
それにしてもいい演奏会でした。
あの場にいた方々は何を思ったでしょうか。
日を増すごとに、あの人の親密な空間の作り方の色合いが綺麗になっていくなと感じます。
というわけで、次はいつお目にかかりますでしょうかね。
またいずれ
