拝啓 米とお花さんへ
暦の上ではなんと本日秋が立ってしまったようですが、暑さは盛りの今日この頃です。
突然のお便りで、びっくりさせてしまったらすみません。「往復しない書簡」にも時折お返事が返ってきてもいいじゃない、と思いお手紙を書いています。
さて、私が米とお花さんに出会ったのは昨朝のこと。月と文社の『何も起きない夜日記』に寄稿された『〈友〉についての書簡』を読んだのです。
そのとき私は通勤電車の中で、Apple Musicの「平成ヒッツ」というプレイリストをBGMにしていました。ちょうどモーニング娘。の「LOVEマシーン」を聴いていて、「ああ、わたしこれ小2の時運動会で踊ったんだよなー」と思いながら、♪日本の未来は(wow, wow, wow, wow)世界がうらやむ(yeah, yeah, yeah, yeah)♪ という歌詞にみょうに胸が痛くなっていたところでした。
だから「久しぶりの音楽に出会い直す経験をしました」という米とお花さんの一文、およびそれに続く内容に、自分がすっと重なり興味深く読ませていただいたのです。
アセビの開花とともに「春という季節に帰ってきた」と感じたお話、大好きです。
最近私は自分に帰ることができる故郷があることに気づきました。あるpodcastで、東京うまれ東京育ちのパーソナリティの方が「地元があって、上京してきてる人がうらやましい!その人たちにとって東京は戦う“リング”で、地元に帰るとリングから完全に降りられる。そういう場所があってうらやましい!」と言っていました。
たしかに私はどこかで「ぜーんぶうまくいかなくなったらリングから降りて仙台に帰ればいいや!」と思っているし、そのときには仙台がなにもかも包んでくれると思っている節がある。ちゃんと降りられる階段と地面がそこにあることが、私に安心を与えてくれるのです。
米とお花さんはきっと遠くに故郷がある方なんだろうなと思いながら最後まで読み進めると、末尾に「愛媛県の生まれ」とありました。やはり。2年ほど前、わたしは『坊ちゃん』を読んでどうしても松山に行きたくなり、ひとりで松山旅行にいきました。萬翠荘で丁寧に展示の説明をしてくださったおばあちゃんが「わたし○年ぶりに、年末に東京にいくの!」と嬉々と話してくれたのが印象に残っています。
長くなりましたが、米とお花さんのお手紙に出会えてよかったです。あなたに、素敵な季節が巡りますように。それでは。
敬具
於東京 にょむより。
