[ちょびっとエッセイ#17]おにぎり
最寄りのコンビニに並ぶおにぎりのラインナップが不満だ。
ツナマヨが圧倒的大多数を占め、ついで卵黄肉そぼろ、たらこと続く。
鮭などのオーソドックスな具のおにぎりは、悲しいかな、少しお高めの個包装袋に入ったものが少しだけ。
もうかれこれ半月くらいこの調子だ。
いつ行ってもツナマヨばかりが並ぶ棚に、誰も何も思わないのだろうか。
もしかしてこのコンビニはツナマヨ推しなのか?発注者は間違いなくツナマヨが好きに違いない。
しかし発注者の期待をよそに、この地域ではツナマヨに需要がないのか、いつも割引シールが貼られている。
並んだツナマヨたちが心なしがしょんぼりしているような感じがした。
しかしそこまで気になっているにも関わらず、私はツナマヨおにぎりを買わない。
この世の何よりも嫌いな食べ物だからだ。
正確にはお米にマヨネーズがかかったものが、食べられない。酸っぱくて脂っこい米。……おお、なんとおぞましい。(ツナマヨ好きの方、すみません)
口に入れただけでえずく。(本当に申し訳ありません)
寿司は好きなので、酸っぱい米自体は良いのだと思う。しかしサーモンの上のマヨや、シーフードサラダのマヨ、焼肉ネタのマヨ付きは無理だ。
誓ってマヨが嫌いなわけではない。
たこ焼きや焼きそばにはマヨが無いと物足りないとは思う。
……そう考えると、マヨには小麦こそが最高のパートナーなのでは無いか?すでに蜜月を過ごしている2人の関係を無理に引き裂き、米という何処の馬の骨とも知らない輩をマヨにあてがうとは、あまりに鬼畜の所業。
昼ドラもびっくりの三角関係よ。
……さて、話を戻す。
そんなことがあって、私はおにぎりに飢えていた。
コンビニ特有の硬めのお米で握られた、鮭や辛子明太子のおにぎりが食べたくなり、少し先のコンビニまで足を伸ばした。
一つの欲求が満たされ、次に私が求めたのは、ふっくら握られた艶めくお米のおにぎりだった。
おだむすび、権米衛、ぼんごと、お手軽に行けるおにぎり屋を彷徨い、ただ欲を満たすためだけにおにぎりを喰らった。
それぞれの店の良さがある。
おだむすびは雑穀米が美味しいし、権米衛は鳥飯や梅ひじきなどの混ぜご飯ものが好きだ。
ぼんごはふっくら握られたおにぎりにぎっしり具材が入っていて、齧り付いた瞬間から幸せだった。
色々食べて満足。
しかし、色々なおにぎりを食べてふと、子供の頃を思い出した。
母が作ってくれたおにぎりのこと。
実家は漁師なのだが、冬場は魚は獲らず海苔養殖をしていた。
海苔を海で育てる前に、格子状に編まれた網に海苔の種を植えつけたものを干して、冬の寒風にさらす工程がある。
家族総出で、晩秋の早朝から干し、その日のうちに網を回収する。
その作業の合間のご飯は、母と祖母が作るおべんとうだった。
アルミホイルで包まれた大きなおにぎりの味は、生涯忘れる事はないだろう。
アルミホイルを開くと、お米の水分で蕩けかけた、真っ黒な海苔。一口齧ると、塩っけの効いたお米に、大きな酸っぱい梅干しが埋まっていて。
あのおにぎりは、本当に美味しかった。
そして多分、もう二度と食べることができない。
海水温の上昇が影響しているのか、詳細な原因は定かではないが、全国的に海苔の量も質も下がっている。
黒光りのする、ご飯の水分でとろけるような肉厚の海苔など見なくなった。
薄くて固い緑色の海苔が多い。
それに、実家も、採算が取れず養殖を辞めてしまった。
死ぬ前になんでも一つ、食べたいご飯を食べさせてあげると言われたら、間違いなくこのおにぎりを所望する。
そんな私の好きなおにぎりの具は、鮭と高菜。
どちらも大きめの具だとうれしい。
