198X41無限の檻/にゃんこキック第92話《原初の粒vs新型の神編 最終章 神話を描け⑫メロンパンとにゃんこキック中編 世界同時多発ねこ》
第92話《原初の粒vs新型の神編 最終章 神話を描け⑫メロンパンとにゃんこキック中編 世界同時多発ねこ》
ーーにゃんこシティのあちこちに、
《フリーゲート》が開かれた。
大陸、国名、場所、観光地名、建造物
思い描いた場所に出口は開かれる。
無数に構築された、ねこにゃんとぴょこにゃんのクローンたちがペアになって、それぞれの《ゲート》の前に立つ。
クローンたちは、その飛び抜けた能力で、
概念のねこ神たちに希望の三次元ボディを与えていく。
ねこにゃんクローン「えーと。おまいは怪物の概念か。ツレがバンパイアの概念と狼男の概念と、一反木綿?おまいは妖怪たちと行動しにゃいのか。まあいいや。」
ぴょこにゃんクローン「じゃあっと。おまいらは、ねこボディじゃなくて変身グッズと《これ》を持ってくんだにゃ。かさばるから、あっちで大きくしにゃよ。ほい、次ーっ!」
クローンたちは、さくさくとねこ神たちの行列をさばいていく。
ねこにゃんとぴょこにゃんは、完全体のエスネコの力を手に入れた事によって能力がアップデート。
それは彼らの特化能力《魔のつくもの全て》と《マッドサイエンティスト》にも大きく反映していた。
並列個別循環思考。
クローンたちの最適解は、
「主のように考え振る舞うこと」
主とクローンの違いは勤勉さのみ。
クローンたちは真面目にふざける。
主たちは自分達が遊ぶことが最優先されるが、
その体験や感覚はクローンたちにも共有される。
ーーー
ねこ神たちが世界へ出るタイミングは、
ゲートの中で確認すればいい。
《誰も見てない時》
《誰にも見られない場所》
《空》から出ようとするものもいた。
ーーーー
ねこにゃんクローン「ふざけるだけだからにゃ。いってらっしゃーい!」
ぴょこにゃんクローン「それがダメなんだけどにゃ。いってらっしゃーい!」
《いってきまーす!》
《おみやげ買ってくるねー。》
《戻ってこなきゃダメだよねw》
ねこ神たちは好きなボディを得て次々と《ゲート》に入っていく。
「そりゃー!」
「キャー!ドキドキするーっ!」
「しゅっぱーつ!」
「いそげいそげー!」
にゃんこシティから放たれたねこ神たちは、
思い思いの姿で三次元世界に降り立った。
数万。
いや、辞典の項目を越えて存在する41の概念が、
この夜、世界中に散らばっていく。
ーーーー
《アラスカ沖・北太平洋。現地時間・午前2時17分》
貨物船《エメラルド・キャリア》の船長、ミハイル・ヴォルコフは甲板に出た。
煙草が切れたからではない。
ーーレーダーに何かが映っていたからだ。
幾度となく通った海路。
満天の星と月明かり。
天の川が海から立ち上ってる。
この仕事でしか味わえぬ景色。
穏やかな海。
船は一本のレールを敷いていく。
航海はいつもより安全で順調なものであった。
ーー
《ゴプンッ!》
突然、穏やかだった海面が大きく膨らむ。
船体が左に傾く。
ヴォルコフの身体も左に滑らされていく。
ヴォルコフは甲板左柵に身体を打ちつけられながら、インカムで叫ぶ
ヴォルコフ「全員、捕まれー!船が横転するぞ!舵を切れ!」
船員「船長!右舷、サーチライトを当てます!」
《ゴプンッ!》
今度は船の左側の海面が膨らんだ。
ヴォルコフは柵に腕を絡み付け必死に耐える。
彼の身体は足が浮き、甲板に叩きつけられた。
ヴォルコフ「グゥッ!」
船員「そっちだ!左側にサーチライトを当てろ!海が…。海が盛り上がってるところだ!」
ヴォルコフは光に照らされた海面を見る。
甲板のすぐ下まで、こぶのように盛り上がった波が船と並走していた。
ヴォルコフ「……何だ。これは。微かに発光してるぞ…」
水しぶきが青く淡く光って見える。
水と水の摩擦などで静電気など起きない。
消える寸前の線香花火のような光が飛び散っている。
ヴォルコフ「発光するプランクトンの大軍?ブリッジ聞こえるか?電子機器に異常はないか?
一等航海士「ありません。逆にレーダーの感度が上がってるような気がします。
ヴォルコフ「記録をとれ。至急、近くの船にも連絡を取るんだ。この異常事態は…。説明できない。」
ーー
船体の三倍はあろうかという影が並走している
速度は船と同じ。時速24ノット。
だが次の瞬間、それは加速した。
《ザブンッーー》
一回だけ、海中の深いところから何かを掻くような音がした。
船は音と海に吸い込まれるように大きく傾く。
そして、船は揺り戻される事もなく安定を取り戻す。
ヴォルコフ「…何だったのだ。聞こえるか?何がいた?レーダーは追えているか?」
ーー速度計が壊れているのかと思った。
一等航海士「船長!速度計は正常です。《あれ》は…時速200キロを超えてます。」
ヴォルコフ「……海流か?」
一等航海士「違います。曲がってます。こ、こっちに戻ってきます!」
前方から巨大な《海》が襲いかかってくるように見えた。
ヴォルコフ「くるぞ!衝撃に備えろー!」
《スーーーーーン》
ところが海は一瞬で落ち着きを取り戻す。
一等航海士「船長。見えますか?何かが船の回りを回っています。速度も、波の動きもおかしい…。まるで海を動かして動いてるような…。」
ヴォルコフ《何を言っている?これは幻覚…ではない。全員が今、コイツに遭遇しているのだ。》
影はゆっくりと弧を描き、船の前方に回り込んだ。
そして、浮かび上がってきた。
海面から突き出た、
首の長さだけで70メートルほどあった。
首が長い。
天から光る目が船を見下ろしている。
波を割って顔を出したそれは、
まるで時代を間違えたような生き物だった。
ヴォルコフ「…………。」
一等航海士「…………。」
甲板係「……ネッシーだ。」
静寂の中、その生き物はゆっくりと首をかしげた。
そして。
《にゃあ》
ヴォルコフ「……今、鳴いたか?今の声が聞こえたものいるか?」
一等航海士「ネ、ネッシーは。……猫みたいな声でした。」
《チャプン》
影は再び海中に消え、あとには波紋だけが残った。
ーーーー
《スイス・アルプス山脈の麓 チューリップ農園 現地時間・早朝6時17分》
朝日が山の稜線を越えた瞬間、
農園は光の海になった。
赤、黄、紫、白。
数百万本のチューリップが、
一斉に朝を受け取る。
ーー
観光客のカメラのシャッター音が、
あちこちで鳴り続けている。
その中の一人が、ファインダーから目を離した。
《……え?》
ーーーー
風が吹いた。
《ザワァァァーーー》
草原全体が、息を吸い込むように揺れた。
ーーーー次の瞬間。
花弁が膨らんだ。
茎が縮んだ。
色が変わった。
赤く。
深く。
甘い香りが、
朝の冷たい空気を押しのけるように広がった。
ーーーー
一本。
また一本。
また一本。
ーーーー
数百万本のチューリップが、
波のように、
地平線の果てまで、
《イチゴ》に変わっていった。
ーーーー
誰も声が出なかった。
最初の十秒間は、完全な沈黙だった。
観光客や農家の人たちがざわめき立つ。
《な、何これ!?》
《イリュージョン?》
《遺伝子操作!?》
《いや、今変わったぞ!!今、この目で見た!!》
ーーーー
子供が走り出した。
《イチゴだぁぁぁ!!》
一人が駆け出したら、全員が駆け出した。
大人も、老人も、走った。
ーーーー
摘んだ。
食べた。
《……甘っ!?》
《何これ。何これ何これ。》
《人生で一番うまい!!》
《うそでしょ!?》
ーーーー
神秘を越えたリアルが目の前で起きている。
《神の味だ》
泣いている大人がいた。
「これ、真っ赤だよ!」
「おっきい!」
笑いながら夢中で食べている子供たち。
見知らぬ同士が、
摘んだイチゴを差し出し合っていた。
言葉が通じなくても、
関係なかった。
ーーーー
《ビヨヨヨォーーーン》
イチゴを咲かせた茎は、
折れることなくゴムのように戻る。
「あはははは!」
子供、大人、関係なく。
そこには笑顔が溢れていた。
ーー
現場に居合わせた農学者が、
震える手で採取キットを取り出した。
サンプルを採った。
簡易測定器を当て、数値を見た。
もう一度。
《イチゴだ…。糖度が20、いや間違ってる》
同行していた研究者に見せた。
研究者も数値を見た。
「植物細胞が……途中から果実化した?」
「それは葉の部分じゃないのか?途中からって何だ?」
「チューリップの細胞がイチゴの細胞に……移行?バカな。」
「移行?変化じゃないのか。変化さえありえん。」
「段階的にじゃない。一瞬で。」
「そんな事が起きるか?」
「奇跡に原理なんてあるものか。とにかく起きたんだ…。」
農学者は採取キットをしまった。
そして、
一粒のイチゴを摘んだ。
食べた。
「……うまい。」
それだけ言って、
農学者はイチゴ畑の中に座り込んだ。
説明は、あとでいい。
今は説明より、これを味わうときだ。
だがーー。
最初に気づいたのは、
あの農学者だった。
イチゴ畑の中に座り込んで、
三粒目を食べようとした時。
遠くで誰かが声を上げた。
《え?》
農学者は立ち上がった。
畑の一角が、揺れていた。
イチゴを摘み取られた後の、
茎だけが残った列。
その茎の先端が、
ゆっくりと膨らんでいた。
花弁が開く。
色が戻る。
《ザワァァァーーー》
波のように広がっていく。
摘み取られていないイチゴが、
一本ずつ、チューリップに戻っていく。
だがーー
観光客の手の中のイチゴは、そのままだった。
かごに積まれたイチゴも。
口の中の甘さも。
摘まれたものは残った。
茎だけになったものは、次々と
チューリップを咲かせていく。
茎についたままのイチゴは、
一枚一枚花弁を開きチューリップに戻っていった。
数分後。
畑は元通りになる。
イチゴを摘み取られた茎には微かに傷が残っていたが、ほとんど見分けがつかない。
農学者は採取キットを確認した。
サンプルは残っている。
イチゴの果肉が試験管の中に確かにあった。
農学者は試験管を光に透かした。
赤い。本物だ。
《……持って帰れる。》
農学者は試験管をポケットにしまう。
メモ帳を取り出し一行だけ書いた。
《摘んだものは残る。》
さらに一行。
《私は人生で一番美味しいイチゴを食べた。》
ーー
《ザワァァァーーー》
風が吹いた。
朝日の中で、
チューリップ畑は、
イチゴの甘い香りを漂わせながら、
静かにそこにあった。
ーーーー
《イギリス郊外 某製薬研究所 現地時間・深夜0時3分》
警備員のアンドレアス・フォーゲルは、
B棟・第7ラボから聞こえる音に気づいた。
《にゃーん》
フォーゲル「……猫?」
この施設にペットは持ち込み禁止だ。
フォーゲルはゆっくりとドアを開けた。
第7ラボは、表向きは不老化細胞の研究部門。
だが実際には──
培養槽が並ぶ薄暗い部屋の中で、
一つだけ、緑色のランプが点滅していた。
培養槽の中の人型のシルエットが、
ゆっくりと瞼を開ける。
フォーゲル「……え?」
それは、この施設の最高責任者と、
まったく同じ顔をしている。
警備員の給料としては破格。
条件は極秘厳守。家族にも話す事は禁じられている。
事実を知ってからでは遅かった。
監視する自分が監視されている事に、
気づくまで長くはかからなかった。
採用された時に。
誓約書を書いた時にそう伝えられたから。
まだ三才になったばかりの娘。
来年にはもう一人家族も増える。
元軍人。
ガソリンスタンドで安月給で働く自分に、
客から突然の転職話が持ちかけられた。
幸運でも偶然が重なったのではない。
裏切れない人間として選別されたのだと理解した。
神を冒涜するような研究に自分が関わっている。
その罪悪感も今の幸せに蓋をされた。
ーー
そして、ガラスの内側からゆっくりと、
人の形をした《それ》は口を動かした。
「(にゃーん」
フォーゲル「うわああぁー!」
フォーゲルは走った。逃げた。
フォーゲル《ああ、もう後戻りできない…。お許しください!お許しください!》
廊下を走りながら無線機を握る。
フォーゲル「本部!本部!B棟7ラボで……起きました!起きてます!クローンが目を──」
研究員「落ち着け。何が起きている?」
フォーゲル「な、鳴きました!いや、しゃべりました!猫みたいな声で!」
研究員「何を言っている?……もう一度言え。」
フォーゲル「ふざけてなどいません!私は見たし、聞いた!にゃーん!って言いました!!」
研究員「…………。」
フォーゲル「あなたも確かめに来るといい!…おお、神よ。お許しください。私は…。」
研究員「アンナ。…所長に連絡を。」
アンナ「何て伝えれば?」
研究員「《スペアが目覚めた》だ。いいから!」
《ドッドオォーーーーーン!》
建物全体が大きく揺れる。
電源も監視モニター全てが落ちる。
暗闇の中で、テーブルの上にあった飲み物や灰皿、
棚に積まれた書類が散乱する。
アンナ「爆発!?地震!?」
研究員「おい!フォーゲル!何があった!」
フォーゲル「…説明できません。私は狂ったんでしょう。もう…辞めさせてください。」
ウルトラニャン《ジュワーーッチ!》
空に向かって銀色の巨人が、
何かを持って飛び去って行った。
ラボがあった場所には円形の深い穴ができていた。
その断面は滑らかで、
鋭利な刃物で切り取られたようになっていた。
ーーーー
《日本。東京近郊、某県境にある廃村 深夜2時過ぎ》
県道を外れてから、ずっと無言だった。
車の後部座席で、
車内ライトと懐中電灯で地図を見ている男女がいる。
ーー
リョウ「……合ってる?」
ユキ「合ってると思う。たぶん。」
カイ「たぶんって何だよ。」
ユキ「だってここまで道あると思わなかったんだもん。」
マナ「どこで調べたの?」
ユキ「オカルト雑誌に載ってた心霊スポット特集。それと友達の友達が行ったって。」
カイ「……信憑性ゼロじゃん。」
ユキ「でもさー。カイにも生の心霊写真見せたじゃん。あれマジだよ。ユキ本当は行きたくないなー。ねえ、やめようよー。」
カイ「まあな。あれはマジかも。やっぱ、やめる?」
リョウ「ここまで、来たんだから仕方ないだろ。深夜のドライブついでだ。見つからなかったら帰ろうぜ。」
ーーーー
舗装が途切れ、砂利道になった。
雑草が道の真ん中まで侵食していて、
ヘッドライトに白く浮かび上がっている。
ーーーー
「キャー!」
車が揺れるたびに、ユキとマナが声を上げた。
「チッ!」
カイが舌打ちした。
マナ「何よー!」
リョウは何も言わなかった。
ーーーー
五分ほど走ったところで、
道が終わった。
ーーーー
リョウ「……ここに停めるか。」
エンジンを切ると急に音が消えた。
季節外れの虫の声だけが聞こえる。
ユキ「ここ?アタシ降りたくない。」
リョウ「じゃあ一人で残るか?」
ユキ「…怖いからヤダ。」
マナ「アタシも怖い。手を繋いで行こうよ。」
そこにいる全員が心の中で、
《行かない方がいい》と思っていた。
だが、誰もそれを口に出せずにいた。
ーー
四人は用意したカメラやビデオを手に車を降りる。
カイ「よっしゃ!行ってみようか!」
カイは怖さをごまかすために陽気に振る舞う。
薄暗い街灯が一つ。
不思議と電気はまだ通ってるみたいだ。
だが、照らされてるのは真下だけ。
辺りの景色は暗闇に溶けている。
懐中電灯で道や回りを照らしながら四人は歩く。
リョウ「ここだよな?」
ユキ「もう、どこでもいいよー。何か寒いし。」
マナ「もう11月だもんね。田舎だからじゃない?」
ユキ「ねえ。何か他の話しようよ。」
カイ「他のねえ。。芸能人なら誰が好き?とか?」
リョウ「ガヤガヤしてると寄ってくるって言うぜーw」
マナ「えー。じゃあやめよっと。カイもシーッだよ。」
カイ「へいへい。」
ーー
廃村は、思ったより小さかった。
家が十軒あるかないか。
田んぼの跡らしき土地が広がっている。
草に埋もれているが、畦道の形だけは残っていた。
怖い場所ではなかった。
ただ、寂れていた。
人の気配が抜け落ちた場所特有の、
静けさがあった。
歩いていくとさらに電柱が一本、斜めに傾いている。
電線はとっくに撤去されている。
リョウ「あれ?さっきんとこまでは電気来てたのか?」
ユキ「こっから先は誰も住んでないから?」
マナ「必要ないでしょ。使う人いないんだもん。」
ーー
郵便受けが道沿いに並んでいた。
錆びている。
表札が残っているものもあった。
《田中》《佐々木》《吉田》。
ーーーー
マナ「……普通だね。」
カイ「だな。」
ユキ「でもそれは昼間だったらってことでしょ。今は夜だからさ…。」
リョウ「昼でも夜でも同じだろ。」
ユキ「夜の方が怖いの!」
砂利を踏みながら、雑草を踏みながら、
村の中を進んだ。
農機具の小屋が一つ。
扉が開いたまま、中が空っぽだった。
懐中電灯の光が蔓に覆われた何かを照らす。
それは古びた井戸のようであった。
蓋が開いてる。
《チャポン…》
ユキ「キャー!」
マナ「ちょっとー!」
カイ「ビックリした?」
カイが懐中電灯で自分の顔を照らす。
カイがみんなを脅かそうと、
井戸にそっと小石を落としたのだった。
マナ「やめてよ。」
カイ「何で。水があるか試しただけじゃん。」
マナ「シャレにならないっ!」
リョウ「カイ。その井戸けっこう深い感じ?」
カイ「わかんねえ。テキトーに石拾って落としただけだから。もう一回やる?」
マナ「近づくの?やめなよー。」
カイ「平気だよ。オレ、ちょっと照らしてみるわ。」
カイが井戸の穴に懐中電灯を向けた。
光は闇の濃さに飲まれる。
懐中電灯を振っても、
光は手前の壁面を照らすだけだ。
カイ「んー。…真っ暗。底まで光が届かねえ…。何も見えねえな。」
リョウがカイの横に立ち、井戸を覗き込む。
その手には少し大きめの石が握られてた。
リョウ「ホント真っ暗だな。お前、投げたのこれくらい?」
リョウはカイに手のひらほどの石を見せた。
カイ「いや、小石。」
リョウ「この重さなら《ボチャン》かな?いくぞー。」
リョウが石を手離す。
リョウ「…。」
カイ「あれ?」
リョウ「何も鳴らねえぞ?」
カイ「さっき水の音したよな?」
リョウ「枯れてるんじゃね?お前が投げたの下の水溜まりに当たったんだよ。」
カイ「水溜まりで《チャポン》て鳴るかー?深いのかな?泥とか?底に当たった音もしねえけど?」
さらに空気が、
冷気とぬめり気を帯びたようになった気がした。
ユキ「もう、いいじゃん。気持ち悪いから行こうよ。」
マナ「賛成。ねえ、ホントに行くの?やだなー…。」
リョウ「お前、乗り気だったじゃん。」
マナ「みんなが行くって言うから…。」
カイ「いいから、いいから。いちいち気にしないで先に行こうぜ。」
男女は井戸を後にする。
《チャポン…》
男女が聞こえない距離になった頃、
井戸から音が鳴った。
ーーーー
道の突き当たりに、その家はあった。
ーーーー
二階建ての木造住宅。
他の家と変わらない。
ただ、
他の家より少しだけ大きかった。
ーーーー
雨戸は外れかけている。
玄関の表札は読めない。
風雨で文字が消えていた。
ーー
窓ガラスが一枚。
割れている。
縁に破片が残っていた。
庭にタイヤがあった。
子供用のブランコを作るやつだ。
ロープが朽ちて、
タイヤだけが地面に転がっていた。
ーー
ユキ「……ここ?」
リョウ「ここだな。」
マナ「……何か、普通だね。」
ユキ「…。」
カイ「入んの?」
マナ「来たんだから入るでしょ。今さらカイ怖いのー?」
カイ「怖くねーよ!」
リョウ「じゃあ先に入れよ。」
カイ「えー。……お前が言い出したくせに。」
ーーーー
四人はそろそろと、
玄関を押す。
《キイッ》
鍵はかかっていない。錆びて軋む音がした。
中は暗い。
懐中電灯の光が、荒れた廊下を照らした。
ゴミが散乱している。
雑誌。空き缶。壊れた椅子。
誰かが荒らしたのか、
もともとこうなのか、
判別がつかない。
ーーーー
ユキ「……ゴミくさい。」
マナ「カメラ回してる?」
リョウ「回してる。」
カイ「……何か聞こえない?」
四人が息を止めた。
聞こえない。
虫の声だけだ。
カイ「……気のせいか。」
ーーーー
四人はゆっくりと廊下を進んだ。
懐中電灯が壁を舐める。
落書き。
剥がれた壁紙。
誰かの靴。
ーーーー
台所の前で止まった。
ーーーー
リョウ「……奥、見る?」
マナ「見るよ。」
ーーーー
懐中電灯を向けた瞬間。
《カチリ》
台所の蛍光灯が点いた。
四人は固まる。
台所にエプロン姿の女がいた。
まな板の前に立って、
包丁で何かを刻んでいる。
《トントントン》
規則正しく、
丁寧に。
女がゆっくりと振り返る。
普通の顔だった。
四十代くらい。
穏やかな目。
奥さん「あら。お客さん?」
四人の頭が、
一瞬だけ《常識》に戻った。
リョウ「……す、すいません。勝手に入って。」
ユキ「知らなくて。人が住んでると思わなくて。」
マナ「本当にすいませんでした。」
カイ「俺たちもう帰ります。」
ーーーー
奥さんは微笑んだまま、
何も言わなかった。
その時ーー
《ボリッ》
台所の隣の和室の方から、音がした。
これはさっき懐中電灯を照らした部屋だ。
《ボリボリボリ》
硬いものを、
かじる音だった。
「お母さん、ご飯まだ?」
子供の声がした。
《カチリ》
和室の明かりが点く。
四人は反射的に光の方へ振り返った。
子供がいた。
七歳くらいの男の子。
畳をかじっていた。
両手で畳の縁を掴んで、
むさぼるように。
ボリボリと。
ーーーー
カイ「……え。」
マナ「……え?」
ユキ「……え?」
リョウ「……逃げろ。逃げろーっ!」
ーーーー
ユキ「イヤー!」
マナ「キャー!ごめんなさい、ごめんなさい!」
カイ「うわあああー!」
リョウ「ヤベエ!ヤベエよ!もっと早く走れよぉー!」
四人が玄関に向かって走った。
廊下のゴミを蹴散らしながら。
懐中電灯が壁や天井を乱暴に照らしながら。
《カチャ。キイィー…》
玄関のドアを開けようとしたときドアが開いた。
リョウ「ひ!」
リョウ《ドア。開けっ放しで入ったのに…》
「ただいま。」
《カチリ》
玄関にも灯りがついた。
スーツ姿の男が、
ちょうど帰ってきたところだった。
四人と鉢合わせになる。
前にいたユキが立ち止まったせいで次々とぶつかる。
リョウ「いてっ!」
カイ「あ、ああ。すいません。オレたち勝手に…。」
混乱した脳がまた彼らを一瞬《常識》へ引き戻す。
廃墟。
奥さん。子供。
幽霊とは思えない普段着の姿。
小綺麗なスーツ姿のご主人。
何に恐怖し、
何に詫びているのかさえ、わからない。
ーー
男は片手に、
網の袋をぶら下げていた。
スイカでも入れるような、
大きな網の袋を。
ーー
男「遅くなってゴメン。おみやげ買ってきたよ。今日はいいの入ったよ。」
男が袋を持ち上げた。
リョウ《スイカ?》
ーーそれは人の生首だった。
ユキ「キャーーーーー!!」
マナ「キャーーーーー!!」
カイ「うわあああああ!!」
リョウ「走れ走れ走れ走れ!!」
逃げようとするが、
ドアの前に立っているスーツ姿の男は、
びくとも動かない。
ユキ「出して!お願い!どいてー!」
リョウ「くそっ!どけっ!どいてくれ!」
ドアとの隙間から必死に逃げようとするが、
全員が我先にと、仲間を、友達を、彼女を、
押し退けようとしている。
その時、
生首が目を開き彼らを見回した。
生首「……お客様か。」
四人は、その声で固まらされた。
自分の意思と関係なく視線が声の方に動いていく。
見たくない。目を背けたいのに。
生首「入るときにはピンポン鳴らしにゃよ。せっかくだから、ゆっくりしてけばいいにょに。」
生首の瞳は金色に輝き、
縦にスリットが入っていた。
ーーーー
「キャーーーー!」「ワーーーー!」
「怖いっ!怖いっ!お母さーん!」
四人は叫びながら走った。
廃村の砂利道を、
車に向かって振り返らずに。
背後で、
次々と廃村の家に明かりがついていった。
一軒。
また一軒。
また一軒。
一つだけ点いていた街灯。
その回りの暗闇の中で、
何かが動いている気配が大きくなってくる。
叫びながら逃げていく四人の背中に、
声が届いた。
《にゃーん》
猫の鳴き声だった。
若者たちはエンジンをかけて、
車が砂利を蹴って走り去っていく。
リョウ「ハアッハアッ。ヤバイ。ヤバイ。」
カイ「飛ばせーっ!」
マナ「怖い怖い怖い怖いぃーっ!」
ユキ「ヒッ」
ユキが息を飲む。
車のヘッドライトが照らしたのは、
さっきの家族たち。
各々が道にそってプラカードを掲げて振っている。
「安全運転」
「前方注意」
「ドッキリ大成功」
ーー《ゾクリ》ーー
体が震えるほどの寒気がした。
理解できない。
若者たちは恐怖から混乱を経て
説明のできない冷静さを取り戻していた。
誰しも無言。
ただ同じ思いを持っていた。
《ごめんなさい》
《二度としない。》
《話しても誰も信じない。》
《早く家に帰りたい。》
ーーーー
廃村に静寂が戻り明かりも消えた。
一軒ずつ。
また一軒ずつ。
廃村は元の姿に戻っていった。
若者たちが侵入した最後に残った一軒の前に、
一匹のねこが立っていた。
ねこは玄関先に落ちていたものを、
前足でそっと起こす。
それは写真立てだった。
割れていない。
ガラスも無事だった。
ねこ《ふきふきっと》
ねこはガラスを拭いて写真に顔を近づけた。
家族写真。
父親と母親と子供が二人。
どこかの公園らしき場所で、
四人が笑っている。
ねこは写真立てを、
玄関の段差の上に、そっと立てかけた。
ーー
ねこ「……もうこれで思い出を踏みにじられにゃいだろ。」
風が吹いた。
ーーーー
写真立ての中の家族が、
微笑んだ気がした。
ねこはしばらく、
その写真を見ていたが、夜の中に消えていった。
ーーーー
《にゃんこシティ・よろずや 同刻》
ねこにゃん「出かけるぞー。」
ぴょこにゃん「置いてくぞー。」
アムリア「もう少しよー!ヒールで走れないでしょ!」
ヨーニャ「ん?テキヤがヒール履くのか?」
アムリア「( ・`ω・´)うっさいわねー。お祭りのあとのお祭りだってあるでしょ!女はね大変にゃのよ!」
ヨーニャ「女って?お前子猫じゃん。あっちで着替えりゃいいじゃねーか。」
アムリア「まあ、そーなんだけどさ。でもアンタに言われたのがイヤー!それにテキヤじゃないわよ。」
ねこにゃん「いっつもこれにゃん。そろそろ出るぞ。メロン号よ!ゴージャスキッチンカーに変形!まだこの時代にはにゃいけどな。資料は2020年代から検索しろ。」
メロン号「了解です!アストンマーチン・ラゴンダ・キッチンカーで行きます。何人乗りにしますか?」
ぴょこにゃん「その時いるやつ全員乗れるようにすりゃいいにゃん。」
ねこにゃん「あ。ちょっと待って。《糸》から続々と情報がw」
ねこにゃん「スイスから。……笑うよにゃ。」
ぴょこにゃん「チューリップがイチゴにw」
ねこにゃん「(*≧ω≦)あひゃひゃひゃーw
ねこたち、あちこちで始めてるにゃんよ。まだまだ起きるぞ。」
ぴょこにゃん「そりゃそうにゃん。解放されたのは41の概念だからにゃ。アイツの思いや願い。ふざけ方が世界中に広まるんにゃ。」
ねこにゃん「お、次は、クローンが起きた。」
ぴょこにゃん「クローンね。どこの起こしたにゃ?」
ねこにゃん「製薬会社の偉いさんのやつにゃ。10年かけて密かに育ててたヤツ。」
ぴょこにゃん「……で?」
ねこにゃん「にゃーんって言ってラボごとほじくってウルトラニャンになって飛んでったにゃ。こりゃ誰も信じないにゃろ。」
ぴょこにゃん「心霊スポットの情報も来たにゃ。これはやりすぎ?まあ、代表してお仕置き受けたって事にしとこう。口コミでも、広まれば大ウケにゃんw」
ねこにゃん「心霊スポットには、誰が入ったんにゃろ。えーと、ここに行った概念のねこは…。《思い出》と《心霊現象》と《アンビリーバボー》と《スタードッキリ・マル秘報告》達か。どんな組み合わせにゃんw」
ぴょこにゃん「まあ。言ってみれば、今晩は《世界同時多発ねこの日》になるからにゃ。今頃あちこちで、にゃーにゃーふざけまくってるにゃろうよ。ふむ。アラスカの方では──」
ねこにゃん「200キロで泳ぐネッシーが貨物船と接触したにゃん。被害なし。」
ぴょこにゃん「上出来にゃ。加減はわかるにゃろ。なあに。この時代だから出来る事にゃ。41は未来がつまらなくなるって考えてた。古ぼけたオカルト話や神話をリフレッシュさせたかったんにゃろ。」
ねこにゃん「さあて、主役のおりたちも描かなきゃな。41見つけに行くぞー!」
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《NHK ニュース速報 同夜》
《緊急ニュースです。本日深夜より世界各地で相次いで不可解な現象が報告されています。まるで季節外れのエイプリルフールのような情報がたくさん寄せられています。日本ではまだ確認されていませんが、誤情報に注意してください。》
《これはロマンある話題ですね。アメリカ・アラスカ沖の北太平洋では、貨物船の乗組員が体長70メートルを超える未確認生物を目撃。これはアマチュア無線の方が傍受した情報らしいですが。映像などの記録があるかどうか。真偽は貨物船到着後になるでしょう。》
《イギリス近郊では、某大手製薬会社の研究施設で爆発事故。そこの警備員が人型の物体が覚醒したと通報。施設側はコメントを拒否しています。》
《また、メキシコ・テオティワカン遺跡では正体不明の発光体が3時間にわたって上空を旋回したとの事。南米ペルーでは観光用のセスナ機パイロットとその乗客たちがナスカの地上絵が動いた…。失礼しました。原文のまま読み上げます。「起き上がって手を振った」となってます。翻訳に間違いがあればただちに訂正いたします。》
《また、入ってきました。ノルウェー沖では不老化に関連するとみられる新種の細胞組織が偶然発見され、研究者の間で──》
女性ニュースキャスター「…。この件については速報をまとめてから後ほど放送いたします。それでは、本日のニュースです。本日は酉の日。新宿花園神社の大賑わいの様子を中継いたします。」
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そして、
《スイス・フランス国境 欧州原子核研究機構(CERN) 大型ハドロン衝突型加速器実験棟 現地時間・深夜1時44分》
物理学者のソフィア・アンダーソンは、
モニターを見た瞬間、コーヒーカップを取り落とした。
床に陶器が割れる音がしたが、
誰も気にしなかった。
全員が、同じモニターを見ていたからだ。
ーー
今夜の実験は通常のランと変わらない予定だった。
陽子ビームを光速の99.9999991%まで加速し、
正面衝突させる。
生成される粒子の軌跡を計測して、
素粒子物理学の標準模型を検証する。
何千回も繰り返してきた実験だった。
ーー
だが。
ソフィア「……これは。」
衝突の瞬間を捉えた量子軌跡の映像が、
メインスクリーンに映し出されている。
粒子が散乱する軌跡は通常、
花火のように放射状に広がる。
それが今夜は違った。
素粒子の軌跡が描いたのはーー
二つの点と、
弧を描く一本の曲線。
完璧な《スマイルマーク》だった。
ーーーー
技術主任のクラウス・バウマンが最初に声を出した。
バウマン「……再生してくれ。もう一度。」
《再生》
スマイル。
《再生》
スマイル。
《再生》
スマイル。
バウマン「……機材の誤作動か?」
ソフィア「全系統チェックしました。正常です。」
バウマン「……ソフトウェアのバグ?」
ソフィア「レンダリング前の生データも同じです。」
バウマン「……。」
ソフィア「クラウス。」
バウマン「……何だ。」
ソフィア「衝突点に……小さな重力異常が出ています。」
バウマン「どのくらい。」
ソフィア「……ブラックホールの特性と一致します。」
実験棟が静まり返った。
誰も動かない。
誰も喋らない。
スクリーンの中のスマイルマークだけが、
静かにそこにある。
ーーーー
バウマン「……ヒッグス場の揺らぎか?」
ソフィア「ヒッグス粒子の崩壊パターンとは一致しません。でも……」
バウマン「でも?」
ソフィア「エネルギーの収束の仕方が……まるで《意図的》みたいです。」
バウマン「……意図的。」
バウマンは眼鏡を外して、額を押さえた。
バウマン「素粒子に意図はない。」
ソフィア「わかってます。でも、このデータはそう見えます。」
バウマン「……もう一度、衝突実験を行う。全員配置につけ。」
ーーーー
二度目の実験。
衝突。
モニターに広がる量子の軌跡。
全員が息を飲んだ。
ーー
また、スマイルだった。
ーーーー
三度目。
今度は衝突エネルギーを変えた。
軌跡はーー
スマイルだった。
ただし。
ウインクしていた。
ーーーー
ソフィア「……ウインクしました。」
バウマン「……見えてる。」
ソフィア「クラウス。これ、学会に報告しますか?」
バウマン「……何と報告する。」
ソフィア「……素粒子が笑いました。」
バウマン「……。」
バウマン「……コーヒーを淹れてくれ。」
ソフィア「割れてます。カップ。」
バウマン「……そうだったな。」
ソフィア「メインフレームの異常については、どうしますか?」
バウマン「ガンマとデルタサーバーか。これは報告不要。もう痕跡も残ってない。それに今のデータさえ…。処理が追い付かなくてパンクだ。君はどう解釈する?」
ソフィア「プロトコル…。でしょうか。サーバーどうしで会話をしてたように見えました。」
バウマン「君もそうか…。まるでSFだ。未来のAIならば教え合うこともあるかもしれないがな。そのうち全世界を繋ぐネットワーク構築も手に届く未来もくるだろう。それほどの規模がなければ今のは分析もできん。証拠も何もない。おとぎ話で終わりだな…。それより、ガンマとデルタの教育は君が担当していたな。最後に彼らが学んでたのはどの程度のモノだ?」
ソフィア「まだまだです。AがBならばA=B程度のモノです。そこに算数と数学の初歩を足した程度で。」
バウマン「ただのロジックか。とても今の事象は説明できない。まだまだAIも言葉だけが先に行って本当の思考には及ばないな。それさえ可能なのかもわからん。他には?」
ソフィア「…固まりましたけど。イタズラを…。」
バウマン「正直に。」
ソフィア「《神様が人から生まれたのなら、人は神様になれますか》?です。そして、もう一つ《神様の定義は何ですか?》です。」
バウマン「考えさせるにはまだ早すぎたなw まるで映画の世界だ。そんな答えを出せるようなAIが存在する未来は恐ろしいな。」
ソフィア「はい。フリーズしました。人間でも固まりますよ。」
ーーーー
その後、CERNの広報部から緊急声明が出た。
《本日深夜の実験において、予期しないデータが記録されました。現在、詳細を精査中です。ヒッグス粒子の新たな崩壊モードである可能性も含め──》
ーーーー
《イギリス・ウィルトシャー州 ストーンヘンジ近郊の草原 現地時間・夜明け前4時33分》
エラ・マクレガー、八歳は眠れなかった。
パパとママがレンタカーで移動中に、
草原のそばに車を停めて仮眠をとっていた。
エラだけが目を覚ました。
ーー
窓の外に光があった。
虫みたいに小さな光が、
草原の上をふわふわと漂っている。
エラは音を立てないように車のドアを開けた。
ーーーー
夜明け前の草原は
冷たくて、静かだった。
風が穏やかに吹いている。
草が波のようにゆれている。
ーー
光に近づいた。
ーー
それは、女の子だった。
エラより少し小さいくらいの。
透き通った羽が背中にある。
蜻蛉の羽みたいに、
光を受けてプリズムのように輝いている。
ーーーー
妖精は気づいていなかった。
夢中で何かをしていた。
小さなタクトを持って、
空中からそれを地面に向けて振り下ろしている。
ーー
タクトが地面に触れるたびに、
草がなぎ倒される。
音もなく、ゆっくりと。
まるで、見えない手が押しているように。
ーーーー
エラはそっと近づいて、妖精の隣に立った。
エラ「妖精さん。隣で見ていい?」
妖精「(*≧ω≦)フフフ。空を見て。」
真下から見上げると、
草原に描かれたものが空中にも見えた。
ーー
丸い形。
いくつも並んでいる。
丸の中に小さな丸が四つ。
ーーーー
エラ「……肉球?」
妖精がびくっとした。
妖精「バレちゃったw」
大きな目がエラを見た。
丸くて、金色の目だった。
妖精「にゃん」
ーーーー
二人はしばらく見つめ合った。
妖精の羽がぱたぱたと震えている。
エラ「……かわいい。」
妖精「アナタもよ。」
エラ「肉球、描いてたの?」
妖精「にゃあ。」
エラ「上手だね。」
妖精「にゃにゃw」
ーーーー
エラは草原に座った。
妖精も、少し考えてから、
エラの膝の上に降りてきた。
羽が閉じた。
軽かった。
ほとんど重さがなかった。
ーーーー
二人は夜明けまで、
そこにいた。
エラは何も聞かなかった。
妖精も何も言わなかった。
ただエラだけがパパとママの話をするだけ。
妖精はニコッとして「ふーん」て聞くだけ。
ただ、穏やかな風の中で、
草原の肉球を一緒に眺めていた。
ーーーー
夜が明けた時、妖精は消えていた。
エラの膝の上に、小さな羽が一枚だけ落ちていた。
透明で、朝の光を受けて七色に光っていた。
ーーーー
パパが車から出てきた。
パパ「エラ!どこにいたんだ!心配したぞ。」
エラ「草原。」
パパ「何してたんだ?」
エラ「妖精と座ってた。絵を描いてたの。お話聞いてくれたんだよ。妖精さんてね、《にゃーん》て鳴くんだよ。クスクスクスw」
パパ「ねこの妖精?……。」
エラ「ねえパパ、見て。」
エラは羽を見せた。
パパは黙って、それを受け取った。
光を透かして見た。
精密なステンドグラス。
壊れそうなほど薄く軽い。
だが宝石のように硬い。
羽を少し振ると風を切るような手応えがあった。
パパ「……本物?」
エラ「うん。」
パパ「……ママにも教えてあげる?」
エラ「うん!」
パパ「これは宝物だね。」
エラ「これでママに髪飾り作ってもらう。」
パパ「素敵だと思うよ。」
エラ「ママー!これ見てー!妖精さんがくれたのー!」
朝日の中エラは、
車から出てきた母親の元に走っていった。
ーーーー
その日の朝、ストーンヘンジ近郊の草原に、
巨大なミステリーサークルが発見された。
直径200メートル。
精巧なフラクタルを描く肉球の形だった。
ーーーー
研究者たちが現地に集まった。
測定した。
分析した。
議論した。
結論は出ない。
ただ一つ、全員が認めたのは、
《これまで発見されたミステリーサークルの中で、最も可愛い形をしている》ということだった。
ーーーー
ところ変わって、ここは新宿。
41と仲間たちはカトラスをパーキングに止めて、酉の市で賑わう花園神社を目指し歩いている。
LSDのフィルターを通した街の景色は美しく滲む。
お祭りの雑踏。
はしゃぐ子供の声。
甘い綿菓子の匂い。
香ばしい焼きそばの香り。
遠くから聞こえるパトカーの音さえ、
祭りを祝うファンファーレに聞こえてくる。
過去から続くアナログの世界。
オレ《デジタルじゃこうはいかないよな。アナログだから色がある。過去からの連続の中にオレたちいるって感じ。》
ーー
オレ「キラキラするー!」
ケイ「コラ。また意識飛ばしてるだろ。はしゃぐな。フラフラするな。迷子になるな!」
オレ「( ・`ω・´)子供じゃねーよ!」
ケイ「( ・`ω・´)だからタチ悪いんだろーがよ。」
オレ「(*≧ω≦)ごもっともーw」
ジュン「スゴい人よねー。間に合って良かったー。」
サル「決まってからはテキパキ動くからなw」
ジュン「かみかみ。飛び出しちゃダメだよ。」
かみかみ「にゃおん!」
かみかみは、言われたそばから、
ジュンのバッグから飛び出た。
そのまま、ケイとサルに飛び移り、
オレのアタマにしがみつく。
オレ「いって!爪立てるなってば。黙ってしがみついてろ。」
かみかみ「にーん」
大きな提灯のパネルが見える。
エミ「わー!キレイ!」
オレたちは一礼して鳥居をくぐる。
そこには江戸から続く
《お祭りワンダーランド》の風景が広がっていた。
オレ「(*≧ω≦)今年も来たぞー!酉の市ぃー!」
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祭りの雑踏の中、41をじっと見つめている女の子がいた。
少女のあどけなさが残る顔。
まだ未成年くらい。
友人と祭りにきたらしい。
ーー
カナ「え?何々?誰見てるの?知り合い?あの人たち?」
マミ「わからない。でも知り合いの誰かに似てるような…。」
マミは視線を外せない。
カナ「知り合いの誰かじゃわからないでしょ。超イケメンたちじゃん!いっしょにいる女の人たちもオシャレー!」
マミ「絶対、知ってる。忘れてるだけだと思う。」
カナ「ちょっと!マミー!」
マミは41たちの元へ走り出した。
