正解はAIが教えてくれる時代に、私たちが磨くべき「問いを立てる力」——『冒険の書』から考える新しい働き方
本屋で目を引いた「冒険の書」という名の招待状
本屋でふと目に留まった、今時のアニメ風の表紙と「冒険の書」というRPGを思わせるタイトル。孫泰蔵氏の著書『冒険の書 AI時代のアンラーニング』です。
気軽に手に取った一冊でしたが、その内容は、これからのAI時代における「私たちの働き方や生き方」を根底から問い直す、非常に示唆に富んだものでした。
昨今、「AIをどう使いこなすか」ばかりが注目されがちですが、本書を読んで気づかされたのは、AI時代に本当に必要なのは「問いを立てる力」だということです。今回は、私の尊敬する元上司のエピソードを交えながら、私たちが無意識に縛られている「常識」を学びほぐし、自分だけの問いを見つける重要性についてお話ししたいと思います。
「正解」よりも「独自の仮説」に価値が宿る
最近よく耳にする「問いを立てる力」。私はこれを、単にネット上に落ちているAI向けのプロンプト(指示文)のテンプレートをコピペすることではなく、「ある事象に対して自分なりの仮説を立てる力」だと考えています。
本書でも、AIが瞬時に正解らしきものを提示する時代において、人間の役割は「正解のない問いを生成し、それに向かって行動すること」へとシフトすると指摘されています。
この本を読んで、私がかつて仕えたある上司の顔が思い浮かびました。「俺の仮説はだいたい当たるんだよね」と笑う彼は、プレゼンが抜群に上手く、面白い人でした。それは単に資料が整っていて分かりやすいからではなく、独自の切り口からの分析がとても新鮮で、聴衆を惹きつけるものだったからです。
データの裏側にある「兆し」を捉えた、ある上司の視点
例えばある時、彼は「Bという商品、最近地方店舗での売上が上がってきているけど、高齢者が好む商品だからという理由じゃない気がする」とポツリと言いました。
早速私たちが購買データを調べてみると、最近若年層の割合が増えており、特に近隣に学校があるエリアの売上が顕著に伸びていることが判明したのです。そこで、都心の学校に近いエリアに在庫を厚めに持つよう指示を出したところ、売上は大きく跳ね上がりました。彼はどこからか、若者の間でリバイバルブームが起こっている兆しをいち早く仕入れていたのです。
定時後の「飲み歩き」が教えてくれた、アンラーニングの本質
では、彼はどこでそんな情報を仕入れていたのでしょうか。
実はその上司、毎日ほぼ定時であがり、社外の人たちと夜の街へ飲み歩いていました。一方の私たちは、ほぼ毎日終電近くまで働いていました。普通なら「仕事を押し付けて自分だけ飲みに行きやがって」と不満を募らせるはずですが、不思議とチーム内には「〇〇さんなら仕方ないね」という空気が漂っていました。
その背景には、いざトラブルが発生したときには決して部下を責めず、社長や役員に対峙して絶対守ってくれるという安心感と、鋭い問いかけでチームを導いてくれる信頼があったからです。
彼は日々、社外の多様な人たちと交流することで、社内にいるだけでは手に入らない情報や「日常の違和感」を集めていました。だからこそ、我々とは違った角度から「問いを立てる」ことができたのです。以前、彼が「あえて社外に出て、違う環境の人たちと会って刺激を受けている」と語っていたことがありました。これこそが、既存の枠組みを一度脱ぎ捨てる「アンラーニング(学びほぐし)」の実践だったのだと、今ならわかります。
AI時代に「泥臭いプロセス」を愛するということ
AIは正解を持っていて、誰でも簡単にそこに辿り着くことができます。しかし、そもそも「問いの立て方」がズレていれば、返ってくるのは的外れな回答だけです。「AIを使ってみたけどあまり役に立たない」と感じる人は、無意識のうちに既存の常識(バイアス)の中でしか問いを投げられていないのかもしれません。
日常の違和感に立ち止まり「なぜ?」と問いかけるのは、人間にしかできない泥臭いプロセスです。その精度を上げるためには、色々な人と会って刺激を受けたり、本を読んだりして自分自身をアップデートし続ける必要があります。
ただし、ここで注意したいのは、「問いを立てられる優秀な人間」という新たな格差を目指すわけではない、ということです。他人が決めた評価基準に合わせて自らを最適化しようとするほど、AIにとって代替しやすい存在になってしまいます。大切なのは、競争に勝つための能力ではなく、純粋な好奇心に基づいた「自分だけの問い」を育てることなのです。
競争を降りて、自分だけの「冒険」を始める
『冒険の書』が教えてくれるのは、私たちが長年縛られてきた「正解を出す能力が高いほど優秀である」という思い込みを手放す(アンラーニングする)ことの大切さです。
AIが正解を導き出してくれるこれからの時代、私たちは「他人の決めた正解」を探す競争から降りることができます。かつての上司が多様な価値観に触れ、独自の仮説を楽しんでいたように、私たちももっと自由に、好奇心の赴くままに世界と関わっていいはずです。
日常の違和感を大切にし、自分なりの「問い」を立てる。そのプロセス自体を楽しむことこそが、AI時代における私たち自身の「冒険」の始まりなのだと思います。
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