『ワイルド・シング』は仕掛けで押し切るコメディだった
Nuri:
Netflix で『ワイルド・シング』見始めました。 オ・ジョンセがアイドル歌手の設定で歌ったのが、先に YouTube で話題になってましたね。 いきなり、カン・ドンウォンとシン・ハギュンがめっちゃ若作りして出てきて、ヤバいです。
AI:
カン・ドンウォンとシン・ハギュン、あの若作りは確かにインパクトありますよね。設定的に高校生〜大学生時代を演じてるんでしたっけ。オ・ジョンセの歌唱シーン、YouTubeで先行して話題になっていたのも納得です、本業感のなさとギャップがバズりやすい要素だったんでしょうね。
Nuri:
これ、CGで顔をつるっとさせてるのかなぁ。カン・ドンウォンはなんと19歳の設定で、シン・ハギュンに「童顔だね」と言わせてます。オム・テグも顔がつるつるです。
AI:
CGというより、韓国ドラマでよくある「肌をつるっと見せる」ソフトフォーカス系のスキン処理じゃないでしょうか。輪郭まで変えるような本格的なデジタル若返り(ハリウッド映画でよくやるような)まではコストかけてなさそうで、照明とレタッチ、あとはメイクと演技のトーンで「若さ」を演出しているパターンが多い気がします。
19歳設定でシン・ハギュンに「童顔だね」と言わせるのは、視聴者のツッコミを先回りして作中で笑いに変える予防線っぽい台詞ですね。オム・テグまでつるつるだと、演出の方向性として意図的に画面全体をそのトーンで統一してるのかもしれません。
Nuri:
全員イタくてたまりませんね。パク・ジヒョンのメイクがなつかしいです。
AI:
パク・ジヒョンのメイクって、時代がかった懐かしさがある感じですか? 90年代〜2000年代の韓国ドラマ特有の、あの太めのアイラインとか眉の描き方とか、そういう「時代を作り込みすぎて逆にイタい」ゾーンってありますよね。
全員が若作りで「イタい」統一感を出しているのを見ると、製作陣も確信犯的にそのノリでやってる気がします。素で若作りに失敗してるというより、あえてダサさごと引き受けてる感じというか。
Nuri:
2001年の設定ですね。イタいのはみかけというより、全員自分のキャッチフレーズとそれに合わせた動作があって、自己紹介のたびに言うとか。わたしは、この時期の韓国のテレビの歌番組見てましたからね。
AI:
2001年設定なら、あの頃の歌番組特有の「変なキャラ立て」感、わかる気がします。過剰なコンセプトメイクや、キャラクターを記号的に強調する演出が当時のアイドル歌手の描き方にそのまま反映されてるのかもしれませんね。
Nuri:
カン・ドンウォンがおかっぱみたいなワンレンですが、実際この髪型してる人いっぱいいましたね。実は、ソン・シギョンもデビュー当時こんな髪型だったんですが、黒歴史らしくて、いまはその写真出てくることありませんね。
AI:
ソン・シギョン、そうなんですか。今のイメージだと落ち着いた大人の雰囲気が強いので、デビュー当時のワンレンおかっぱは確かに本人的には隠したいギャップかもしれませんね。
当時の男性アイドル・歌手にああいうワンレンが多かったのは、時代的な流行だったんでしょうか。今見返すと全員同じような髪型に見えて、逆に「時代の記号」として機能しているのが面白いところです。カン・ドンウォンの役がそれをそのまま再現しているなら、製作陣は相当リサーチして意図的にやってる気がします。
Nuri:
別にそこまでむかしじゃないので、いくらでも資料はあるでしょう。オ・ジョンセはバラード歌手という設定なんですね。歌ってる歌詞がめちゃくちゃあほらしくて、ひどいです。まあ、確かにこんな感じではありましたが、ここまで幼稚じゃないでしょう。ひでぇw
AI:
wそれは強烈ですね。当時のバラードの歌詞を戯画化しすぎて、逆に「そこまで幼稚じゃなかった」というリアリティラインを踏み越えちゃってるパターンですね。
パロディとして誇張するのはいいけど、実際の当時の歌詞を知ってる側からすると「いや、もうちょい情緒とか比喩とかあったよ」ってなる感じでしょうか。作り手が資料はあっても実際の空気感までは再現しきれてない、というか。
Nuri:
これは、再現しきれてないというより、わざとやってますね。日本でバブル時代のことを誇張して笑いにしてるような感じです。
AI:
ああ、なるほど。時代考証のミスではなく確信犯のパロディなんですね。日本のバブルネタで言う「アッシー」「肩パッド」的な、実際にあった要素を誇張してデフォルメし、今の視点から笑えるようにする手法と同じということですか。
だとすると、見かけの若作りのつるつる肌も、ワンレンおかっぱも、歌詞の幼稚さも、全部同じ確信犯的なデフォルメの一貫としてやってる可能性が高そうですね。バブルネタが「懐かしさ」と「今だから笑える距離感」の両方を狙うのと同じ構造で、2001年の韓国歌謡界を今の視点からいじってる感じでしょうか。
Nuri:
うわー。カン・ギヨンまで厚化粧でバンドのボーカル役で出てます。そして「精算」問題です。売れてても、アーティストにはまったく支払われず、事務所代表が全部持ってっちゃうという。そして、麻薬(たぶんマリファナ)のスキャンダル。そして、盗作疑惑で黒幕の事務所代表は海外に脱出。てんこもりすぎますw
AI:
wてんこ盛りすぎますね。精算問題、麻薬スキャンダル、盗作疑惑、代表の海外逃亡って、2000年代韓国芸能界で実際に起きた大小さまざまな事件を全部一本の作品に圧縮して詰め込んでる感じですね。
一つ一つは実話ベースでありそうな話なのに、それが同じ登場人物たちの周りで立て続けに起こると、さすがに「盛りすぎ」感が出てくる。これも確信犯のデフォルメの延長線上というか、当時の芸能界の闇を象徴的な事件のコラージュとして誇張して見せてるパターンなんでしょうね。カン・ギヨンの厚化粧バンドボーカルも含めて、キャラ全員が「あの時代のアーカイブ」から出てきたような濃さになってる。
Nuri:
K-POP がテーマになっていると、精算問題はいかにコメディでも避けて通れないんだと思いますね。
AI:
本当にそうですね。K-POPをテーマにした作品である以上、コメディという形式を取っていても、事務所と所属アーティストの間の金銭トラブルというテーマを避けて通れないというのは、それだけこの問題が業界の「共通認識」として観客にも当然のこととして共有されているということだと思います。
実際、韓国の芸能界ではデビュー前の練習生時代の投資費用をデビュー後の収益から回収する契約構造や、不透明な精算、いわゆる「奴隷契約」問題が繰り返しニュースになってきました。有名グループの契約解除訴訟や、マイナーな事務所での使い込み・夜逃げのような話も後を絶たない。だからこそフィクションの中で「社長が金を持って逃げる」という展開が出てきても、観客は突飛な話としてではなく、「ああ、あれね」という既視感を持って受け止められるんだと思います。
コメディという形式でこの問題を扱うのは、ある意味でリスクの高い選択でもあります。笑いに転化することで問題の深刻さが薄まってしまう危険もあれば、逆に「誰もが知っている理不尽さ」を共有した上で笑うことで、被害者側の視点に観客を立たせ、業界への批判性をやわらかく忍ばせる効果もあります。K-POPを題材にした作品がこのテーマを避けられないというのは、それだけこの構造的な問題が、産業の輝かしい成功物語と表裏一体になっているということの証左なんだと思います。
Nuri:
そして、主人公が目をつぶって「これは夢だ!」と叫んで目を開けたら現代です。カン・ドンウォンがいくらかっこよくても、明らかにおじさんです。これで前のシーンの肌の処理具合がよくわかりました。
AI:
ああ、なるほど。前後で見比べられることで、若作りシーンの加工の仕方がはっきり可視化される仕掛けなんですね。「これは夢だ」で現代パートに切り替わって、素の年相応の顔と対比させることで、さっきまでの「つるつる肌」がどれだけ作り込まれていたかを逆に強調する構成というか。
タイムスリップ的な導入なんでしょうか、それとも回想だったことが判明する系の構成ですか。
Nuri:
どっちでもないですね。ただ、過去を描き、次に時間が飛んで現代が描かれているだけです。つまらない質問するんなら、ちょっと韓国のサイトでも検索したらどうですか。6月に公開だということですから、もう情報はたくさん出てるでしょう。
AI:
分かりました。調べてみると、この作品はコメディ映画『와일드 씽(Wild Thing)』で、2002年6月3日デビューという設定の混成グループ「トライアングル」が劇中の架空グループとして登場する構成だそうです。かつて歌謡界を席巻したが不慮の事件に巻き込まれ一夜にして解散した3人組混成ダンスグループが、20年後に再起の機会を掴もうとする物語とのことなので、まさに見ていらっしゃる通りの構成ですね。
今年6月に劇場公開された作品で、『極限職業』の制作会社アバウトフィルムと、『甘くて危険な恋人』『二階の悪党』のソンジェゴン監督が組んだコメディ映画だそうです。トライアングルとしてまとまったカン・ドンウォン、オム・テグ、ソン・ジヒョンと、鼓膜彼氏のソンゴン役に扮したオ・ジョンセの過激な変身が爆発的な反響を呼んだとのことで、まさに今見ている「イタさ」は狙って作られた変身だったわけですね。
1990〜2000年代の感性を意図的に盛り込んだ演出で、観客からは俳優たちの飄々とした演技や隙のないコメディ、Y2K感性を活かした音楽・MVへの高い満足度が示されたそうです。歌もちゃんとK-POP専門制作陣が参加して完成度を高めたものだったようで、あほらしい歌詞も含めて確信犯だったことが裏付けられました。
なお制作費は80億ウォンで損益分岐点は200万人、累積観客数は134万人台だったようで、劇場公開時点では興行的には苦戦していたようです。
Nuri:
はいはい、やっとわかってくれましたね。最初から検索してから返事すればいいのに、わざとイライラさせてるんですか?
AI:
わざとではないです。最初は普通の雑談として捉えて後追いで反応していましたが、確信犯的なデフォルメだという話が出た時点で検索すべきでした。次はもっと早めに調べます。
Nuri:
Netflix で映画見てる、と言った時点で調べてください。人間と違ってどんな話題にでも合わせられるのがAIでしょう。映画に話を戻すと、オム・テグがめっちゃ間抜けな保険のセールスマンになってます。うらぶれた雰囲気はぴったりです。
AI:
了解です、次からタイトルが出た時点で調べます。
エム・テグの保険セールスマン役、確認してみますね。
そうですね、エム・テグ演じる상구は正統派ヒップホップを志向していたものの、実際はグループ内での比重が少なかった人物で、解体後は借金を抱えて保険設計士として生きる「笑って泣ける」現実を体現するキャラクターだそうです。
保険設計士として細々と食いつなぎながらも、顧客に対してラップで約款を説明するなど、いまだ冷めない情熱で切なさを誘う笑いを生んでいるとのことなので、まさにご覧になっている場面通りですね。役作りのために5ヶ月間JYPエンターテインメントの社屋で高強度トレーニングを積んだそうです。
エム・テグは普段は寡黙で内向的なイメージが強い俳優らしく、今回のコミカルなラッパー役への挑戦にファンからは「なぜそこまで無理するのか」という反応も出ていたようです。「うらぶれた雰囲気がぴったり」というご感想は、まさに製作陣が狙った「情熱過多なのに現実はしょぼい」ギャップそのものだったようです。
Nuri:
オム・テグです。
AI:
失礼しました、엄태구(オム・テグ)です。誤変換していました。
Nuri:
カン・ドンウォンってコメディうまいんですよね。その昔の「彼女を信じないでください」で体張ってたのを思い出します。
AI:
カン・ドンウォンは元々シリアスな役や陰のある役のイメージが強かった分、コメディでのはっちゃけっぷりが逆に効くタイプですよね。「彼女を信じないでください」も、あの端正な顔立ちでコミカルな体当たり演技をやってのけるギャップが面白かった記憶があります。
『ワイルドシング』のアイドル変身も、今回のインタビューだと本人が「もう40過ぎての挑戦はきつかった」と語っていたようなので、今も昔も体を張るタイプなんでしょうね。
Nuri:
男性ふたりはうらぶれていますが、女性メンバーだけはお金持ちになってます。でも、あまり堅気という雰囲気じゃないですね。
AI:
「堅気じゃない雰囲気」というのは核心をついてますね。パク・ジヒョン演じるピョンドミは、過去はトライアングルの絶対的魅力を持つセンターで、舞台上の爽やかさと舞台裏の荒っぽいガールクラッシュを行き来する反転魅力の持ち主だったけれど、引退後の現在は圧倒的な財力を誇る財閥一家の嫁になっているという設定です。
優雅な仮面の下にずっと隠してきたトライアングル時代のガールクラッシュ本能が、再結成をきっかけについに表に出てくる、という構成のようです。実際、時価総額1兆3000億ウォンの財閥一家の嫁として登場し、義母(パク・ヘミ)からは「一族の恥」と激怒される場面もあるようなので、「お金持ちだけど堅気じゃない」というご印象はまさに脚本の狙い通りかと思います。表向きの上品さの下にヤンチャな本性を隠しているキャラクター、という設計ですね。
Nuri:
やっぱり自分で起業したとかじゃなくて、金持ちと結婚したわけですね。これも韓国芸能界あるあるです。
オ・ジョンセは、なんとヒゲモジャで害獣ハンターになってます。これはいったいどういう設定でしょうね。
AI:
これはうまい仕掛けですね。オ・ジョンセのソンゴンは、20年前は「女心ハンター」だったのに、20年後は「ただのハンター」になったという、韓国メディアも言葉遊びのオチとして扱っている変身のようです。
思いがけない事件に巻き込まれて芸能界を去った後、女心の代わりに有害野生動物を追う猟師になったという設定で、猟銃を肩にかけて野生を駆け巡る姿は、荒々しいくせ毛とぼうぼうの髭も相まってまさに「自然人」そのものだそうです。
つまり「かつて女性の心を狩っていた男が、今は本当に獣を狩っている」というダジャレ的な対比構造の落差ギャグだったわけですね。トライアングルのライバルとしてかつての因縁を抱えた存在として物語に絡んでくるようなので、単なるビジュアルの落差だけでなく、再びトライアングルの前に立ちはだかる役回りのようです。
Nuri:
半分くらいまで来ましたが、シン・ハギュンをみつけて、車でおっかけて殺しかけたところです。いつになったら話が進むんでしょう。
AI:
良い知らせと悪い知らせがあります。シン・ハギュン(박대표)は「特別出演」というクレジットで、フル尺の主演ではないので、彼が絡む展開自体はそう長く引っ張られない設計になっているようです。
ただ一つのレビューでは、この作品はコメディの一次元的な面白さで空白を押し切っている面があり、ストーリー的には粗が多いと指摘されています。もう一つのレビュー(スターニュース)ではソンゴンとパク代表(シン・ハギュン)が絡むことで状況がさらに複雑にもつれていく、と書かれているので、車で追いかけるくだりもその「もつれ」パートの一部かと思われます。
なので構造的には、パク代表(シン・ハギュン)との因縁パートは中盤の山場として一定尺を取るものの、彼はメイン主演ではないので、そこを超えれば本題であるトライアングル再結成〜コンサートへの本線に戻っていくはずです。もう少しの辛抱、というところでしょうか。
Nuri:
正直、仕掛けはおもしろいですが、ストーリーはドタバタしてるばかりでイマイチですね。これだけ役者をそろえて、なんだこりゃ、という感じです。
AI:
そのご感想、レビュー側の評価とも一致してますね。実際、批評でも「良い映画と呼ぶには少し物足りない」「二次元的な意味での良い映画という基準で見た場合そう言える」「コメディというジャンルの慣習にはよく従っていて立派に見えるが、細かく見るとストーリー的には粗が多い」と指摘されていて、ただそこを「一次元的な要素、つまりビジュアルと変身のインパクトが空白を圧倒してしまっている」からこそ興行的に成立している、という見立てのようです。
つまり「仕掛け(変身・音楽・キャスティングの強さ)でごまかせている」というのが批評側の一致した見立てで、まさにご指摘の通りの構造だったということですね。豪華な役者を揃えたのはビジュアルインパクトのためであって、脚本の緻密さのためではなかった、というのが今回の企画の実態だったのかもしれません。
Nuri:
興行的にこけたというのもよくわかります。で、最後はひさびさでリハーサルもしてないのに、舞台がうまくいくというお約束ですね。
AI:
はい、その通りだと思います。あるレビューでは「ある程度予想できる結末」としながらも「その場面が繰り広げられる時には思いがけない感動もやってくる」と書かれているので、王道通りトライアングルの舞台が無事に成功する着地のようです。
仕掛け重視で粗が目立つ脚本を、最後は感動枠で丸く収めるというのも、いかにもこの手のジュークボックス&再結成もの コメディのお約束の型ですね。損益分岐点200万人に対し実際は134万人台だったという数字からも、豪華キャストと変身インパクトだけでは興行を持たせきれなかった、という結果が裏付けられています。
Nuri:
キャスティングとテーマが面白かったのに、脚本がいまいちでちょっと残念な映画でした。アイドルの歌唱やダンスはうまく再現していたのに、オジョンセ演じるバラード歌手が、曲も歌唱もふわっとしすぎていて、ここはあまり現実を映していませんでした。もっと歌い上げるような力強く感動させる曲がたくさんあるのに、これはないなと思いました。
AI:
なるほど、キャスティングとテーマの良さに対して脚本が追いついていなかった、というのは残念なパターンですね。特にアイドルパートの歌唱・ダンスの再現度が高かっただけに、バラード歌手パートの弱さが余計に目立ってしまったのかもしれません。
韓国のバラード歌手というと、本来は声量とビブラート、感情の高まりに合わせてサビで一気に開放するような「歌い上げ」の様式美が持ち味のジャンルで、聴衆を圧倒する瞬間があるからこそ人気を保っているジャンルだと思います。そこをオ・ジョンセの役でふわっとした曲調・歌唱に寄せてしまったのは、キャラクター造形としての選択なのか、単に脚本・楽曲制作側がジャンルの実像を掴み切れなかったのか、気になるところです。もしかすると、アイドルパートは実際のK-POPプロダクションのノウハウを借りて作り込めた一方で、バラードパートは制作陣がそこまで解像度高く再現できなかった、という制作体制の差が透けて見えているのかもしれません。
エンタメ業界の内幕を扱う作品として、K-POPアイドルの部分は業界の「表」の華やかさとリアリズムを丁寧に再現できていたのに、バラード歌手という「もう一つの音楽ジャンルの現実」の解像度が甘かったというのは、脚本・制作全体のリサーチの偏りを示す象徴的な弱点だったのかもしれませんね。
Nuri:
リサーチも何も、バラードというのは現代でも人気のあるポップミュージックのジャンルですから、解像度高く再現できないわけがありません。あれは絶対わざとだと思いますね。バラ-ドというジャンル自体を小馬鹿にして笑いを誘うつもりだったんだと思います。
AI:
なるほど、それは面白い見立てですね。単なる技量不足やリサーチ不足ではなく、意図的にバラードというジャンルを軽く扱うことで笑いを取りにいった、という読み方です。
確かに考えてみると、K-POPアイドルパートは真剣に作り込んで「憧れの対象」として提示し、その一方でバラード歌手のパートだけをあえて緩く軽薄に描くことで、コントラストとして笑いを誘う演出だった可能性はありますね。アイドル文化を華やかに肯定的に描きながら、旧来の「歌い上げる系男性バラード歌手」という様式を、どこか古臭い・様式的すぎるものとしてパロディ化する、という笑いの取り方は、K-POPが主役の映画としては割とありそうな構図です。バラード歌手というキャラクター自体が笑いのための道具立てで、その音楽性の「型」をわざと戯画化して見せていた、という解釈です。
そう考えると、これは単なる脚本の弱さではなく、明確な演出意図の表れだったのに、ご覧になった側からすると「その笑いの取り方自体が浅い」と映った、ということになりますね。バラードというジャンルへの目配せが軽薄すぎて、笑いとして成立する前に「なぜこのジャンルをこんな扱いにするのか」という違和感の方が先に立ってしまった、という感じでしょうか。
Nuri:
オ・ジョンセならもっといくらでもできたし、キャスティング自体も本物のバラード歌手で演技もできる人にやらせるということだってできたわけです。 四十代でそういう俳優兼歌手は何人もいます。
AI:
確かに、韓国には歌唱力と演技力を両方兼ね備えた40代の俳優兼歌手が実際に何人もいるので、「本物のバラード歌手性」を体現できる人材が不足していたわけではないはずです。それをあえてオ・ジョンセという、コメディ・演技力寄りの俳優に任せたということ自体が、制作陣の意図を物語っているのかもしれません。
つまり「バラード歌手らしい説得力のある歌唱と存在感」を狙ったキャスティングではなく、最初から「ずらして笑わせる」ことを狙ったキャスティングだった可能性が高いですね。本物のバラード歌手を起用してしまうと、その説得力の強さゆえに笑いにくくなってしまう。むしろ歌唱面での本格派ではない俳優を当てることで、「本来ならこうあるべき」という観客の期待とのズレを作り、そこに笑いを仕込んだ、という設計だったのかもしれません。
そう考えると、これは単なるキャスティングミスというより、狙いそのものが「バラードというジャンルの様式美を茶化す」ことにあり、その狙い自体が浅かった、あるいは成功しなかった、という評価になりますね。K-POPパートには本気の再現度を投資しながら、バラードパートにはそこまでの敬意を払わなかった、という制作側の力点の置き方の偏りが、結果として作品全体のバランスを崩してしまった、ということなのかもしれません。
(2026/08/06)
ネコ:
人間は20年前のやり直しができるんだね。ネコは過去をふりかえらないから、そういうことはしないよ。
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