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止めたいのにやめられない―― 秋元庸介(仮名・33歳 男性 窃触症)



「またやってしまった……」
会社帰りの電車を降りた瞬間、秋元庸介の足が止まった。心臓は早鐘を打ち、手のひらは汗で湿っていた。
「もうやらない」そう何度誓っただろうか。けれど、気づけば同じことを繰り返してしまう。「なぜ、やめられない。。。」


高校時代の始まり

「庸介、今日一緒に帰ろうよ」
高校の同級生に声をかけられた日のことを思い出す。混雑したバスの中、制服のスカートが偶然腕に触れた。
その瞬間、胸の奥に稲妻が走ったような感覚。
「いけない」「でも……」
二つの声が心の中でせめぎ合った。

やがて、その感覚を忘れられなくなった。罪悪感と背中合わせでありながら、心は奇妙な快感を覚えていた。


止めたいのにやめられない

就職してからも、庸介は満員電車に揺られながら葛藤を続けた。
「今日こそ絶対やらない」
「いや、一瞬だけなら……」

結婚し、娘が生まれたとき、心に誓った。
――もう絶対にやらない。父親になるんだから。

ある晩、妻の彩花が問いかけた。
「ねえ、最近なんだか元気ないけど、大丈夫?」
「……うん、ちょっと仕事で疲れてるだけ」
庸介は笑ってごまかした。本当のことなど言えるはずがなかった。

せっかくつかんだ家族の幸せ。それを失いたくない。頭では十分わかっていた。

でも、やめられない。


崩れた日常

ある朝、とうとう警察に声をかけられた。
「ちょっと署までご同行願えますか」
膝から力が抜け、頭の中が真っ白になった。

取調室で庸介はうつむきながらつぶやいた。
「……どうして自分は止められないんだ」

後日、面会に来た彩花は涙を浮かべて言った。
「どうして? 私たちの生活、娘のこと……全部台無しにするつもり?」
庸介は顔を上げられなかった。
「ごめん、ごめん……本当に止めたかったんだ」


医師との対話

裁判で執行猶予を受けた庸介は、クリニックに通うことになった。
精神科医の佐藤医師は静かに語った。
「庸介さん、これは性依存症です。窃触症です。意志の力だけでやめるのは難しいですよ」
「……意思が弱いだけじゃなくて?」
「違います。脳が“快感の回路”を学習してしまったんです。ですから、治療と支援が必要です」

庸介はしばらく黙った後、搾り出すように言った。
「治せるんでしょうか」
「簡単ではありません。でも、変わることはできます」


仲間との出会い

医師にすすめられて参加した当事者の会。はじめて行くのは気が引けた。勇気が必要だった。

でも、妻に連れて行かれなんとか参加した。

そこでは同じ悩みを抱えた人々が集まっていた。

ある男性が語った。
「俺も“もう二度とやらない”って思ってた。でも繰り返してしまった。依存だって分かって、やっと腑に落ちたよ」

別の人が涙ながらに言った。
「被害に遭った人のことを考えると、本当に胸が苦しくなる。でも、このままじゃ自分も誰も救われないから」

庸介は深く頷いた。
「……自分だけじゃなかったんだ」

妙な安心感があった。心の平安を感じたのは、もう何年ぶりだろうか?

ここに居てもいい気になった。

もっと、自分と同じ問題をもった人たちの経験談を聞きたい、知りたいと思った。回復するためにはそれが必要だと思った。


妻との再出発

数ヶ月後、庸介は彩花に向かって正直に語った。
「もう一度やり直したい。治療を続けて、会にも通う。絶対に諦めない」
彩花は長い沈黙の後、静かに答えた。
「信じるのは簡単じゃないわ。でも、あなたが本気なら、娘のために見守る」

その言葉に庸介は涙が溢れた。


小さな一歩

庸介はいまも衝動と戦っている。
「今日一日だけやめよう」
その積み重ねが、彼の日常になった。

強迫的性衝動は簡単にはなくならない。やめられない。

でも、今日一日だけならなんとかなる。

その繰り返しでやっていくしかない。

今日一日止めるためには、仲間の話に耳を傾けるしかない。同じような経験談をたくさん聞くしかない。かつての自分を忘れてはいけない。自分の問題に向き合うしかない。


仲間の一人が言った言葉を、庸介は心に刻んでいる。
「過去は変えられない。でも未来は変えられる」

庸介もまた、自分の未来を変えるために、今日も小さな一歩を踏み出している。




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