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「私は大丈夫」と言うきょうだいの心を、私たちは見落としていないだろうか

「私は大丈夫」という言葉

病気や障がいのあるきょうだいを持つ子どもたちと接していると、「私は大丈夫」という言葉に、何度も出会います。家族の大変さをよく理解しているからこそ、自分から進んでそう口にする子が多くいます。

けれど、その言葉をそのまま受け取ってしまってよいのだろうかと、私はいつも自問しています。

きょうだいが感情を後回しにする理由

きょうだいたちは、家族の状況を、大人が思う以上によく見ています。親が忙しく、疲れていることも分かっています。だからこそ、「自分まで手を煩わせてはいけない」「わがままを言ってはいけない」という気持ちが、自然と育っていくことがあります。

これは、その子が本当に平気だからではなく、家族を気遣うがゆえの、優しさの表れであることが多いのです。

愛情と寂しさは同時に存在する

きょうだいの心の中には、一つの感情だけがあるわけではありません。病気や障がいのあるきょうだいへの愛情と同時に、寂しさを感じることもあります。時には、うまく言葉にできない怒りや、罪悪感、恥ずかしさ、そして誇らしさを感じることもあります。

これらの感情はどれも自然なものであり、矛盾しているわけではありません。むしろ、複数の感情が同時に存在すること自体が、健全な心の動きだと思っています。

親を責めずに家族全体を支える

ここで大切にしたいのは、「親がきょうだいの気持ちに気づいていない」と責めることではありません。多くの保護者は、限られた時間と体力の中で、精一杯家族全体を見ようとしています。

必要なのは、親を責めることではなく、きょうだい自身が安心して気持ちを表現できる場所を、家庭の外にもつくることだと考えています。

きょうだいの声を聴ける社会へ

きょうだいたちが、「自分は大丈夫」と言わなくてもいい場所。誰かに気を遣わずに、寂しさも、誇らしさも、そのまま話せる場所。そうした居場所を地域の中に増やしていくことが、私たちにできることだと思います。

あなたの周りに、「私は大丈夫」と言っているきょうだいはいませんか。その言葉の奥に、まだ話していない気持ちがあるかもしれません。

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