「国民投票法改正反対」から見る護憲派の敗北
2006年に制定された「日本国憲法の改正手続に関する法律(通称:国民投票法、あるいは憲法改正手続法)」の改正案が、2026年7月24日に衆参での可決を経て通過したようです。
法案を提出したのは与党である自由民主党・日本維新の会、および野党である国民民主党・参政党の4党です。
野党の他政党のうち立憲民主党、公明党、中道改革連合、日本保守党、チームみらいは賛成に回り、反対したのは日本共産党・れいわ新選組・社会民主党の3党でした。
この法案に関しては護憲派を中心にネット上では相当な数の反対意見が上がり、また路上でも反対運動が展開されました。それ自体は民主主義の実践であり、素晴らしいものであると思います。
…が。反対意見の多くが「自民党の(あの悪名高い人権保障を後退させる)憲法改正案を推し進めるための改正(あるいは改悪)だ、なので国民投票法改正には反対せねばならない」という論拠に依っているように見られます。しかしながらこれは明白に間違いです。むしろ国民投票法は元々がザル法であるがために「改正しなければならない」というものです。
「憲法改正を推し進めるための改正」?
とりあえず、まずは条文を読みましょう。
https://o-ishin.jp/news/2026/images/af9bcc1a5f63e1e4f09632a82dd8d92b737463b0.pdf
改正の要旨は以下のとおりです。
①投票立会人の資格要件を、その選挙区の有権者から全国の投票権者に緩和する
②開票立会人の資格要件を、その開票区の有権者から同じ市区町村の有権者に緩和する
③ラジオ広告についてはAM放送だけに限定されていたものから、FM放送での広告も可とする
おおよそこの3つだけです。①②は少子高齢化による人手不足等に伴う措置であり、③についてもAM放送は停波が進みFM放送への転換が進んでいることを受けたもので、これらはいずれも既に公職選挙法で先駆けて行われていた基準変更に合わせたに過ぎません。
で、これらの改正がどう「憲法改正を推し進める」ものなのでしょうか。ネット・テレビ・SNSよりも遥かに利用頻度の低いラジオという媒体において、既存のAM放送の停波の進行に伴う代替措置としてFM放送を解禁することで、憲法制定当時の趣旨に照らして憲法改正の誘導がどう「しやすく」なるのでしょうか。
では、何が問題なのか
…と書きましたが、ではこの法案は特に問題ないよねとして通せば万事解決なのか。そうではありません。
そもそも憲法改正のための国民投票において、一番の喫緊の課題であったのはネット広告の規制がないという点、加えて運動資金の供出額の規制がないという点でした。
大量の金を掛けてネットで広告を打ちまくるという方法が可能だったという点が最大の問題であり、この点は2021年の法改正における附則の4条2号において「3年後を目処に改正する」とされていたものでした。
附則 (令和三年六月一八日法律第七六号)
(中略)
第四条 国は、この法律の施行後三年を目途に、次に掲げる事項について検討を加え、必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする。
一 投票人の投票に係る環境を整備するための次に掲げる事項その他必要な事項
イ 天災等の場合において迅速かつ安全な国民投票(日本国憲法の改正手続に関する法律(次号イにおいて「国民投票法」という。)第一条に規定する国民投票をいう。同号において同じ。)の開票を行うための開票立会人の選任に係る規定の整備
ロ 投票立会人の選任の要件の緩和
二 国民投票の公平及び公正を確保するための次に掲げる事項その他必要な事項
イ 国民投票運動等(国民投票法第百条の二に規定する国民投票運動又は国民投票法第十四条第一項第一号に規定する憲法改正案に対する賛成若しくは反対の意見の表明をいう。ロにおいて同じ。)のための広告放送及びインターネット等を利用する方法による有料広告の制限
ロ 国民投票運動等の資金に係る規制
ハ 国民投票に関するインターネット等の適正な利用の確保を図るための方策
しかしながらこの附則4条は当初の目処であった3年を経ても放置された上に、さらに2年が経過した2026年になって、1号と2号のうち技術面の改正であった1号のみだけの改正案だけが進み、「国民投票の公平及び公正を確保するための次に掲げる事項その他必要な事項」であった2号はまたしても先送りになったというのがことの顛末です。
…という話をすると、今度は「ネット広告規制・運動資金規制のない改憲を推し進める改正だ!」みたいなことを言い出す方がいるようですが、別に推し進みません。
そもそもネット広告規制や運動資金規制がないのは2006年に第一次安倍政権でこの法案が作られてからすぐの話であって、現状から変わっていない以上は改憲は進みません。
むしろ「ネット広告規制・運動資金規制」という、附則4条2号で定めた「国民投票の公平及び公正を確保する」ための条項の制定という大目標がまたしても先送りにされた、つまるところ「改正されなかった」ことこそが最大の問題ということです。
アジェンダセッティングでの敗北
結局のところ、「ネット広告規制・運動資金規制」という本来の護憲派が主張すべきであった目標に対し、与党や「ゆ党」が4条のうち2号を棚上げして細部である1号のみでの改正案を提出したことに対して、SNS世論から路上運動に至るまで「与党案に対して賛成か・反対か」という論点に終始してしまった、これこそが「国民投票法改正反対」運動が論理的・政局的に敗北したことの証左なのではないでしょうか。
本来であれば「与党案では生ぬるいし"改正"ではない、ネット広告規制・運動資金規制を含めて根本的に"改正"しろ」というのがむしろ護憲派が言うべき主張だったはずでした。
が、ボールを持っているのは現状では衆院で圧倒的多数与党の自民党・維新であり、与党はむしろ野党・護憲派を骨抜きにするために中身のない「与党案」をストライクゾーンギリギリに投げ込むことで、誤った二分法を仕掛けて護憲派を分断する結果を企図しているわけです。こういう手法は常に政権与党の常套手段と言えます。
つまるところ、護憲派は「与党案に賛成か、反対か」という誤った二択に誘導され、真に主張すべきである「附則4条2項で明記されたネット広告規制・運動資金規制の追加」という論点を見失った、この一点に尽きるのではないでしょうか。
立憲・中道は賛成に回ったが…何が問題か
この改正案に関して、完全な全条護憲ではないものの国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の3本柱の維持は明白にしていた立憲民主党、および衆院での立憲・公明両党が合併して成立した中道改革連合は、この与党案にいずれも賛成しました。
中道改革連合の有田芳生議員、立憲民主党の小西ひろゆき議員などは、賛成に回った際に附帯決議を取り付けたという成果を主張し、「立憲や中道が反対に回っていれば、これらの附帯決議もなかった」「今回の改正そのものは技術面の改正のみであり問題はない」と強調します。
これらの主張自体は正当なものです。が。立憲・中道が問題であったのは「与党案に賛成したこと」ではありません。
立憲・中道の両党が行うべきであり、また有権者が本来求めるべきであったのは、「例え議席少数であり通る見込みがなかったとしても、護憲派野党の独自案を提出して与党にぶつける」という、与党案に正面から野党案をぶつけるというアジェンダセッティングだったのではないでしょうか。
与党案という目眩ましの「偽の」改正案に対して賛成か・反対かという誤った世論誘導に対抗するという姿勢を示すためには、このような場面こそ真に「批判より対案」という態度が、野党にも、そして支持者にも求められていたように思います。
最後に
「野党と市民の共闘」というのが2010年代以降の護憲運動のテーマでありましたが、今回は自民党の投げ込んだ与党案という変化球によって、見事なまでに歩調の乱れが浮き彫りになった、と言わざるを得ないのではないかと思います。
これに関してはSNS上での条文レベルでの正確な情報共有の軽視、あるいは自民党側の世論誘導に対抗するような野党側の策の不足が原因となったように感じます。
