百貨店はなぜ“特別な場所”ではなくなったのか──閉店のニュースを見て、私が考えたこと【N+マーケット】
最近、百貨店閉店のニュースが続いています。
山形県では唯一の百貨店だった大沼が閉店し、その後も徳島、島根、岐阜など「百貨店のない県」が増えました。
東京でも変化が起きています。
渋谷では西武百貨店が閉店予定となり、すでに東急百貨店も姿を消しました。
一方で大阪・梅田では、阪急うめだ本店が今なお多くの人を集めています。
今回の記事では、
百貨店は単なる商業施設ではなく、多様な人が集まる「街の公共空間」だった
という視点から、その価値を問い直していました。
私はこの記事を読みながら、
少し違うことを考えていました。
百貨店が消えたのではない
私が子供の頃。
日曜日になると親に連れられて百貨店へ行くのが楽しみでした。
最上階のレストランでお子様ランチを食べる。
おもちゃ売り場でプラモデルを見る。
母親は洋服売り場を見ている。
父親はどこかで待っている。
何気ない時間です。
でも今でも鮮明に覚えています。
なぜなら百貨店は、
商品を売る場所ではなく、家族の思い出を作る場所だったからです。
いつから変わったのだろう
昔の百貨店には、
レストランがあり、
屋上があり、
催事場があり、
おもちゃ売り場がありました。
子供から高齢者まで楽しめた。
ところが時代が進むにつれて、
百貨店の主役はファッションになり、
さらに化粧品、
ブランド品、
宝飾品へと変わっていきます。
そしてインバウンド時代が訪れます。
高級時計。
ブランドバッグ。
化粧品。
百貨店は大きな利益を手にしました。
もちろん企業としては正しい判断です。
しかし私はその頃から、
百貨店が少しずつ違う場所になっていったような気がしています。
本当に大衆は百貨店を捨てたのか
よく言われます。
「若者が来なくなった」
「家族連れが減った」
と。
でも私は逆ではないかと思っています。
百貨店が大衆を手放したのです。
利益率の低い売場は減り、
利益率の高い売場が増えた。
結果として、
家族の休日を支えていた空間も少しずつ姿を消していった。
家族の時間を引き継いだのは誰か
その役割を引き継いだのは、
アウトレットであり、
大型ショッピングモールでした。
フードコートがある。
イベントがある。
公園がある。
子供の遊び場がある。
家族で一日過ごせる。
実は今の大型モールの方が、
昔の百貨店が持っていた役割に近いのかもしれません。
百貨店に今求めるもの
私は今でも百貨店へ行きます。
ただ目的は変わりました。
少し贅沢な海苔弁。
季節限定の催事。
大切な人への贈り物。
つまり百貨店は、
日常の買い物の場所ではなく、
人生の節目に寄り添う場所になったのだと思います。
街づくりと利益の間で
最近、百貨店各社は「街づくり」や「ライフスタイル提案」を語ります。
その考え自体は素晴らしいと思います。
しかし私は時々考えます。
本当に街づくりを目指しているのか。
それとも富裕層ビジネスを伸ばしたいのか。
もちろん企業ですから利益は必要です。
ですが、一度インバウンドによる高収益を経験した企業ほど、その成功体験から抜け出せない部分もあるのではないでしょうか。
阪急が支持される理由
そんな中で阪急うめだ本店が支持される理由は分かる気がします。
高級ブランドもある。
富裕層もいる。
しかし同時に、
祝祭広場がある。
英国フェアがある。
北海道展がある。
何も買わなくても楽しめる。
つまり、
「誰でも来られる理由」を残している。
そこに百貨店本来の魅力が残っているように感じます。
私はこの記事を読んでこう思った
この記事は、
「百貨店は街の公共空間だった」
と語っていました。
私はそれを読んで、
百貨店が街から消えることよりも、
百貨店自身がかつて持っていた価値を忘れてしまったことの方が大きな問題なのではないかと思いました。
私が覚えているのは、
高級ブランドではありません。
外商でもありません。
お子様ランチです。
プラモデル売り場です。
家族で過ごした休日です。
街の価値とは、
売上高ではなく、
そこで生まれた記憶なのかもしれません。
結び
百貨店は商品を売っていたのではない。
家族の休日を売っていた。
もし百貨店が本当に生まれ変わるのなら、
もう一度「何を売るのか」を考える必要があるのでしょう。
それはブランド品でも化粧品でもなく、
また行きたくなる思い出そのものなのかもしれません。
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