なぜアメリカへの80兆円投資には静かで、国民への食品減税には大騒ぎするのか【n+マーケット】

政府は、2027年4月から2年間、食料品にかかる消費税率を現在の8%から1%へ引き下げる方針を決めた。
さらに、残る1%分についても、中低所得者への給付によって負担を補う。
事実上、食料品の消費税を2年間ほぼゼロにする政策である。
減税規模は年間約5兆円。
物価高に苦しむ国民にとっては、ようやく実感できる負担軽減策になる。
ところが、この政策が決まった途端、新聞、野党、自民党内の一部から、
「財源はどうするのか」
「国債市場の信認を失う」
「一度下げた税率を元に戻せるのか」
「将来世代への負担になる」
という批判が一斉に噴き出した。
もちろん、年間5兆円の財源をどう確保するのかは重要である。
しかし、どうしても不思議に思う。
少し前、日本はアメリカに対し、最大5500億ドル、日本円で約80兆円規模の投資を約束した。
この枠組みは、単純に80兆円の現金をアメリカへ渡すものではない。政府系金融機関や民間金融機関による出資、融資、融資保証などを組み合わせ、アメリカのエネルギー、半導体、造船、重要鉱物などへ資金を供給する仕組みである。
それでも、日本政府や政府系機関が大きな信用リスクを背負う国家的な投資であることに変わりはない。
それほど巨大な対米投資を決めたとき、新聞も野党も自民党内も、今回の食品減税ほど激しく騒いだだろうか。
「失敗したら誰が負担するのか」
「日本国内への投資を先にすべきではないのか」
「本当に利益は日本へ戻るのか」
「アメリカ側に有利すぎないのか」
「政府保証の最終責任は国民ではないのか」
こうした問題を、連日大きく取り上げただろうか。
少なくとも、食品減税に対する批判の熱量と比べれば、あまりに静かだったように見える。
対米投資は「投資」、国民への減税は「財源不足」
両者は、もちろん同じものではない。
対米投資は、出資や融資を通じて資金が将来戻ってくる可能性がある。
食品減税は、国が受け取る税収を直接減らす政策である。
したがって、金額だけを見て、
「80兆円は出せるのだから、5兆円も簡単に出せる」
と単純に比較するのは正確ではない。
しかし、問題は政治や報道の扱い方である。
アメリカへの資金提供は、
「安全保障のため」
「関税引き下げのため」
「日本企業を守るため」
「将来の成長投資」
と説明される。
一方、国民への減税は、
「バラマキ」
「人気取り」
「財源なき減税」
「市場の信認を損なう」
と批判される。
海外や企業へ向かうお金は「投資」と呼ばれ、国民の負担を軽くするお金は「損失」と呼ばれる。
この扱いの違いに、多くの国民が違和感を持つのは当然だと思う。
なぜ消費税減税だけが、これほど恐れられるのか
その最大の理由は、今回の政策が単なる5兆円の減税ではなく、消費税制度の前例を変えるからだろう。
日本では1989年に消費税が導入されて以来、税率は上がり続けてきた。
3%から5%へ。
5%から8%へ。
そして10%へ。
しかし、全国的に税率を引き下げたことは一度もない。
今回実施されれば、日本で初めての本格的な消費税減税になる。
一度でも下げれば、国民は気づく。
消費税は絶対に動かせない税金ではなかった。
不況、物価高、震災、感染症、戦争などの国家的危機が起きたときには、政治判断で下げられる税金だった。
そうなれば、次の危機でも国民は求める。
「前回は下げたのだから、今回も下げてほしい」
この前例ができることを、財務省や財政規律を重視する政治家は警戒しているのではないか。
彼らが恐れているのは、2年間で10兆円の財源だけではない。
30年以上続いてきた、
「消費税だけは下げられない」
という政治的な常識が崩れることである。
外交政策は批判しにくく、国内減税は批判しやすい
対米投資には、日米同盟や関税交渉、安全保障が関係している。
日本は対米投資を進める代わりに、米国側から自動車などへの関税を引き下げてもらうという関係にある。
このため、対米投資を強く批判すると、
「日米関係を壊すのか」
「日本企業の輸出を守らなくてよいのか」
「中国やロシアを利するのではないか」
という反論を受けやすい。
野党も新聞も、全面的には反対しにくい。
ところが、食品減税は国内政策である。
どれだけ批判しても、アメリカとの関係は悪化しない。
企業や金融市場から一定の支持を得ながら、政府を批判する材料にもできる。
つまり、対外政策よりも、国民向けの減税の方が政治的に攻撃しやすいのである。
減税されると、既存の予算を削らなければならない
もう一つ重要なのは、食品減税に5兆円を使えば、既存の予算配分を見直さなければならなくなることだ。
政府には、数多くの基金、補助金、委託事業、業界支援、独立行政法人への支出がある。
国民へ直接5兆円を返すとなれば、
「この基金は本当に必要なのか」
「この補助金は誰のためなのか」
「使い残した予算を返せないのか」
「天下り先や外郭団体への支出を減らせないのか」
という議論が起きる。
当然、これまで国から予算を受け取ってきた組織や業界は困る。
対米投資の場合は、金融機関、商社、エネルギー企業、建設会社、メーカーなど、事業に参加する組織が増える。
ところが減税は、行政や業界を経由せず、買い物をする国民へ直接届く。
そのため、既存の予算配分に関わる側から見れば、減税の方が厄介なのである。
それでも財源の議論は必要である
だからといって、「財源など考えなくてよい」と言うつもりはない。
食料品減税には年間約5兆円が必要であり、政府は赤字国債に頼らず、税外収入や予算の見直しで財源を確保する方針を示している。
外為特会には、米国債などの運用益や為替差益から生まれた剰余金がある。
ただし、為替介入で得た円をそのまま自由に使えるわけではない。
外為特会の剰余金は、一部を特会に残し、残りを一般会計へ繰り入れる仕組みであり、すでに使途が決まっている部分も多い。
したがって、外為特会だけで毎年5兆円を賄うのは難しい。
現実的には、
税収の上振れ、外為特会の剰余金、不要な基金の返納、補助金の整理、歳出改革などを組み合わせる必要がある。
ただし今回は、永遠に続ける減税ではない。
2年間限定である。
恒久政策と同じように、最初から永久的な財源をすべて用意しなければ実施できないという議論も、少し極端ではないだろうか。
物価高や円安で家計が傷んでいる時期に限り、一時的な財源を組み合わせて国民生活を支える。
それは財政の無責任ではなく、政府が危機に対応するための財政政策である。
減税だけを「バラマキ」と呼ぶ不思議
国はこれまで、企業への補助金、海外への投資、基金の積み増し、防衛装備、エネルギー対策などに、何兆円、何十兆円という予算を投じてきた。
そこには必要なものも多い。
しかし、なぜ国民の食費負担を2年間軽くする政策だけが、これほど激しく「バラマキ」と呼ばれるのか。
食品は、富裕層だけが買うものではない。
子育て家庭も、高齢者も、低所得者も、毎日必要とする。
食料品の消費税を下げれば、所得にかかわらず日々の買い物で効果を感じられる。
もちろん、高所得者にも恩恵が及ぶため、残る1%分を中低所得者へ所得に応じて給付する設計には合理性がある。
減税は、国民にお金を配るだけの政策ではない。
家計に残るお金が増えれば、消費が下支えされる。
企業の売上が増え、賃金や税収に戻る可能性もある。
それも立派な国内投資である。
アメリカの工場や発電所に資金を出すことを「成長投資」と呼ぶなら、日本の家庭と消費を守ることも「国内への成長投資」と呼ぶべきではないだろうか。
本当に問うべきこと
今回、新聞や野党が問うべきなのは、
「減税するな」
ではない。
「どうすれば国民生活を守りながら、無駄な支出を削減できるのか」
である。
自民党内で問うべきなのも、
「財源がないから無理だ」
ではない。
「対米投資には大きな枠を用意できたのに、なぜ国民の食費負担を軽くする5兆円は用意できないのか」
ということである。
対米投資と食品減税は、会計上の性格が違う。
しかし、国家の優先順位を比較する材料にはなる。
海外には大胆に資金を動かす。
企業には将来への投資として支援する。
ところが、国民に直接返す段階になると、突然「財源」「市場の信認」「将来世代」が持ち出される。
この構造こそ、国民が政治を信用できなくなる理由ではないだろうか。
2年間の減税には、もっと大きな意味がある
今回の食品減税が重要なのは、家計負担が減ることだけではない。
政府が初めて、
「経済状況によっては消費税を下げる」
という前例をつくることである。
これまで日本では、どれほど不況になっても、どれほど物価が上がっても、消費税だけは触れてはならないもののように扱われてきた。
しかし、税金は国民生活を支えるための制度である。
制度を守るために国民が苦しむのでは、本末転倒である。
必要なときには上げる。
危機のときには下げる。
景気が回復すれば元に戻す。
本来、税制とはそのように柔軟であるべきだ。
今回の2年間の食品減税は、日本の財政を壊すための政策ではない。
消費税を初めて「動かせる税金」に変える政策である。
アメリカへの約80兆円規模の投資を国家戦略として決断できたのなら、物価高に苦しむ日本国民のために、2年間で年間5兆円を使う決断もできるはずだ。
海外への投資だけが未来への投資ではない。
国民が毎日安心して食事を買える社会を守ることも、日本の未来への投資である。
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