万博の「1,000万円水増し」だけを見てはいけない――建築業界に潜む「仕様書一行」の巨大な利権【n+マーケット】

2025年の大阪・関西万博を巡る工事で、竹中工務店の元現場責任者が背任容疑で逮捕された。
報道によれば、下請け業者と共謀して工事代金を水増しし、竹中工務店に約1,000万円を余分に支払わせた疑いが持たれている。さらに同様の水増しがほかにもあり、総額は数千万円に達する可能性があるという。
竹中工務店を中心としたJVは、大屋根リング約2kmのうち約700mを担当した主要施工者の一つだった。
もちろん現時点では容疑の段階であり、事実関係は今後の捜査を待つ必要がある。
しかし建築という世界を長く見てきた人間からすると、このニュースを見て、
「そんなことが建築業界で起きるのか」
とは、なかなか思わない。
むしろ、
「今回は表に出たのか」
という感覚に近い人もいるのではないだろうか。
私は今回の事件で、本当に考えるべき問題は「1,000万円」という金額ではないと思う。
もっと深いところにある。
それは、
建築という産業そのものが、非常に大きなお金を、非常に少数の人間の判断によって動かす構造になっていることだ。
建築の世界では「物を選ぶ人」が、実は巨大な権力を持っている
建物を造るとき、当然ながら何千、何万という部材や製品を使う。
照明。
タイル。
石。
水栓。
衛生器具。
家具。
塗料。
ガラス。
金物。
空調機器。
厨房機器。
サイン。
什器。
そして、それぞれにメーカーが存在する。
メーカー側からすれば、自社の商品を設計者に採用してもらうことは極めて重要だ。
なぜなら設計図や仕様書に、
「○○社製」
と一行入れば、それだけで何百万円、案件によっては何千万円、何億円という売上につながる可能性があるからだ。
ここで考えてみると、少し不思議な構造である。
設計者自身がお金を出しているわけではない。
しかし、
他人のお金で、どこの会社の商品を買うのかを決めることができる。
普通のサラリーマンであっても、設計という仕事をしているだけで、場合によっては年間何億円もの購買決定に影響を与える。
これは非常に大きな権力である。
私は、
「設計指定権とは、見えにくい購買権である」
と考えている。
だからメーカーは営業する
当然メーカーは設計者に営業する。
新商品を説明する。
サンプルを持ってくる。
ショールームへ案内する。
技術資料を届ける。
これは普通の営業活動であり、何も問題はない。
しかし問題は、ここからだ。
「いつもありがとうございます」
から始まり、
食事をご馳走する。
高級店に連れていく。
ゴルフへ行く。
贈答品を渡す。
高級なバッグを渡す。
旅行を提供する。
個人的な家の工事を安くする。
そして最後には現金が動く。
もちろん、すべてのメーカー、設計者、建設会社がそんなことをしているという意味ではない。
多くの人は真面目に仕事をしている。
しかし、
営業と利益供与との境界線が非常に曖昧になりやすい産業
であることも事実だと思う。
「100万円を110万円にする」
もっと分かりやすい世界もある。
例えば下請け工事が本来100万円だったとする。
元請け側の担当者が言う。
「110万円で請求して」
会社には110万円を払わせる。
下請けには110万円が振り込まれる。
そして後日、
差額の10万円を現金で担当者へ戻す。
帳簿だけを見ると、
工事費110万円。
何もおかしくない。
しかも建築には定価がない。
同じ工事でも、
夜間工事だった。
短納期だった。
職人を増員した。
材料が値上がりした。
現場条件が悪かった。
追加養生が必要だった。
と言えば、100万円が110万円になっても、一見不自然ではない。
だからこそ非常に見つけにくい。
今回報じられている万博工事の事件も、疑われている構図が事実なら、この「見積金額を利用した利益移転」の延長線上にある。
さらに厄介なのが「現金ではない利益」だ
現金ならまだ分かりやすい。
しかし実際には、
「自宅のリフォームを安くやります」
「この家具、うちで用意しますよ」
「車のことなら知り合いを紹介します」
「旅行代はこちらで」
「今回はサービス工事にします」
「次の仕事を紹介します」
といった形になることも考えられる。
こうなると突然、証明するのが難しくなる。
本人は言える。
「友人だから」
「昔からの付き合いだから」
「会社同士の営業活動だ」
「商品が良かったから指定した」
すべて説明がついてしまう。
だから私は、建築業界でよく言われる「グレー」というものの中には、
法律がグレーなのではなく、証明が難しいだけ
というものが相当含まれているのではないかと思っている。
一番怖いのは、本人が悪いことをしている感覚すら薄れていくことだ
最初から100万円の現金を受け取れば、本人も悪いことだと分かる。
しかし、
最初は昼食。
次は夕食。
その次はゴルフ。
次にちょっとした贈答品。
その次に高級品。
そして個人的な便宜。
少しずつ進んでいく。
一つ一つを見ると、
「業界では普通だよ」
で済んでしまう。
ところが10年、20年積み上げると、とんでもない関係になっていることがある。
つまり不正とは、ある日突然始まるものではない。
小さな「まあいいか」の積み重ねによって、正常と異常の境界線が消えていく。
私はここが、この問題で最も怖いところだと思う。
なぜ60歳を過ぎても仕事を手放さない人がいるのか
設計会社にも、不思議な人がいる。
会社員なのに、いつまでも自分だけで特定メーカーとの関係を握る。
若い社員に仕事を引き継がない。
メーカー担当者との打ち合わせも自分。
商品選定も自分。
仕様決定も自分。
発注ルートも自分。
なぜそこまで手放さないのか。
もちろん、
「仕事が好きだから」
かもしれない。
長年の経験が必要だからかもしれない。
これだけで不正を疑うことはできない。
資産が多いからといって、それだけで利益供与を受けていると決めつけることもできない。
相続もある。
投資もある。
家族資産もある。
副収入もある。
しかし本当に企業が見るべきなのは、その人の高級車でも家でもない。
見るべきなのは、
「なぜその人に購買決定権が集中し続けているのか」
である。
10年も20年も同じ人が、
同じメーカーを指定し、
同じ業者に仕事を出し、
同じ営業担当者と付き合い、
その関係を誰にも引き継がない。
こちらのほうが、組織としてはよほど重要な警告信号だと思う。
会社も気づいている。しかし動かない
さらに難しい問題がある。
会社側も、
「何かおかしい」
と薄々気づいている場合がある。
しかし証拠がない。
本人は仕事ができる。
取引先との人脈を持っている。
客からの信頼もある。
売上にも貢献している。
そこで会社は考える。
「あまり深く追及しないほうがいいのではないか」
こうして見て見ぬふりが始まる。
そしてさらに悪いことに、その人物を切れば、
取引先そのものまで失う可能性がある。
そうなると、個人の問題ではなくなる。
会社自身がその人物の人脈に依存してしまうからだ。
ここまで来ると、
会社
↓
社員
↓
メーカー
↓
下請け
という関係全体で、黙認の構造が出来上がる。
誰も明確に「不正をやろう」と言っていない。
しかし誰も止めない。
私はこういう状態こそ、一番危ないと思う。
土木になると、さらに政治が入ってくる
そしてこの構造をさらに大きくすると、地方の公共工事の世界につながっていく。
仕事が少ない地域ほど、一件の公共工事が地元企業に与える影響は大きい。
道路。
河川。
上下水道。
橋梁。
公共施設。
造成。
当然、必要な工事はたくさんある。
したがって、
「田舎の公共工事は全部無駄」
などという話ではない。
しかし公共工事には昔から、政治家、自治体、地元建設会社、業界団体などとの距離の近さが問題になる場面があった。
だからこそ日本には官製談合防止法があり、公正取引委員会も公共工事で企業同士が受注企業や価格を事前に決める入札談合を禁止している。
制度が存在するということは、
それだけ長い間、この誘惑が存在してきたということでもある。
なぜ建築・土木ではこの問題が起きやすいのか
私は理由は大きく5つあると思う。
1.価格の正解がない
テレビなら同じ型番なら価格比較できる。
しかし建築工事は一品生産である。
現場条件が全部違う。
だから110万円が高いのか適正なのかを外部の人間が判断しにくい。
2.発注金額が巨大
一人の担当者が何億円、何十億円という工事に関わる。
わずか1%でも巨大な金額になる。
3.同じ業者と何十年も付き合う
建築では信頼関係が重要だ。
しかし信頼が強くなりすぎると、チェック機能を失う。
4.追加・変更工事が多い
設計変更は日常茶飯事である。
ここが金額調整の入り口になりやすい。
5.決定権と情報が一人に集中する
「この人に聞かないと分からない」
という社員が生まれる。
これは会社にとって非常に危険だ。
万博事件で本当に調べるべきこと
だから私は今回の事件で、
「1,000万円水増ししたらしい」
だけで終わってほしくない。
調べるべきなのは、その前後だと思う。
誰が業者を選んだのか。
誰が見積書を査定したのか。
誰が工事金額を承認したのか。
誰が出来高を確認したのか。
なぜ会社のチェックを通過したのか。
同じ業者との取引は何年間続いていたのか。
万博以外の工事でも同じことがなかったのか。
そして、
なぜその人物一人に、それだけの権限が集中していたのか。
竹中工務店JVが担当した大屋根リング西工区だけでも約700mという巨大工事だった。
巨大プロジェクトだからこそ、
「数十万円」
「数百万円」
「1,000万円」
という数字が、大きな工事費の中に埋もれてしまう。
問題は金額ではない。
仕組みである。
不正をなくすには「社員を信じる」だけでは足りない
多くの企業は不祥事が起きると、
「コンプライアンス教育を徹底します」
と言う。
私は、それだけでは無理だと思う。
人間に何億円もの裁量を与えて、
「悪いことをするな」
と言うだけでは不十分だ。
必要なのは、
悪いことをしようとしても一人ではできない仕組み
である。
メーカー指定者と購買承認者を分ける。
長期間同じメーカーを指定する場合には理由を記録する。
追加工事は別担当者が査定する。
高額な接待・贈答を登録する。
協力会社との取引を定期的に入れ替えてチェックする。
社員本人や家族・関係者への工事提供を禁止または申告制にする。
そして何より、
「あの人しか分からない」を会社からなくす。
これが一番重要なのではないだろうか。
「仕様書の一行」から、お金は動き始めている
建築の不正というと、
現場で現金を渡す場面を想像する。
しかし、本当はもっと前から始まっている。
設計者が図面にメーカー名を書く。
営業がその設計者に近づく。
現場責任者が業者を選ぶ。
見積書が作られる。
追加工事が発生する。
請求書が出る。
会社が支払う。
そして、そのお金の一部が別の方向へ流れる。
つまり、
建築のお金は、請求書から流れ始めるのではない。
仕様書の一行から流れ始めている。
私は今回の万博事件を、一人の元現場責任者の不祥事だけで終わらせてはいけないと思う。
建築・土木という産業には、
非常に大きなお金を動かす人間がいる。
ところが、その人たちは必ずしも経営者ではない。
普通の会社員だったりする。
設計者だったりする。
現場所長だったりする。
購買担当者だったりする。
そこへメーカー、下請け、営業、経営者、場合によっては政治までがつながっていく。
そして長い付き合いの中で、
営業と接待、
接待と利益供与、
利益供与とキックバック、
その境界線が少しずつ消えていく。
だからこそ今回問われているのは、
「悪い社員がいたのか」ではない。
本当に問われるべきなのは、
なぜ悪いことをしようと思った人間が、一人の裁量と長年の人間関係だけで、それを実行できてしまうのか。
ということではないだろうか。
建築業界に必要なのは、
「信用することをやめる」ことではない。
むしろ逆だ。
信用を守るために、信用だけに頼らない仕組みを作ること。
それがなければ、どれほど立派な建物を造っても、その裏側に流れるお金まで健全なものにはならない。
そして万博という、日本を代表する巨大プロジェクトで今回の事件が表面化したことには、大きな意味がある。
大屋根リングの美しさだけではなく、
その巨大建築を支えたお金が、誰によって、どのように決められ、どこへ流れていったのか。
そこまで検証して初めて、この事件から日本の建設業界が学んだと言えるのだと思う。
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