自分でやればやるほど、一人を感じていた
今まで何でも自分でやってきた。
電球の取り換えから、保育園時代から続く息子たちの送迎、お金のことまで。
「為せば成る」
わたしの心の真ん中にある巻物だ。
だけど、なぜだろう。
自分でやればやるほど、わたしは一人だと感じていた。
頼れなかった。

頼ろうとして傷つき、
断られて悲しかった過去は、
少しずつ時間をかけて固い「意地」に変わっていったように思う。
「ソッチがそんな態度なんやったら、わたしだって自分で出来るもん」
不器用なわたしは、そうやってその言葉を、
頼れる杖にして進んできたのかもしれない。
杖は、確かにわたしを前に進ませてくれた。
だけど、気づけば、必要な手も借りず、
歩くための道具になっていたのかもしれない。
だけど、そんなとき、「ぽきっと」は、なんの前触れもなくやって来た。
「あぁ、もう無理」
で頭は埋め尽くされ、何にもがんばれなくなる。
がんばる意味さえ分からなくなる。
全部、投げ出したかった。
わたしは、深呼吸した。
しっかりと空気を吸い込んで、吐き出した。
自分の中の空気を入れ替えると、
自然と頭も切り替えられた。
ぽきっと、折れてからしか気づけないこともある。
そして、折れてしまったら、そこからやり直していくしかない。
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