「百本の矢」|受け取りすぎて苦しかったね
「変なこと言ってないかな」
「嫌な気持ちにさせてないやろうか」
「反応したくないのに」
感受性が強い。
自他ともに認めている。
子どもの頃から、それが苦しかった。
泣きたくない場面で涙が出る。
後から後悔するのに、怒ってしまう。
嬉しい時は、喜びすぎる。
感情がダダ漏れになる。
周りからは、
「考えすぎ」
「考えないようにしたら?」
だと言われた。
それでも、感じてしまう心を止めることはできない。
息を止められないのと同じように。
空気。
声色。
表情。
ちょっとした違和感。
探っていないのに、入ってきてしまう。
怒っている人の空気が、勝手に心に流れてきて、ずうぅんと重くなることもある。

ある時、ふと思った。
わたしの心の中には、百本の矢がある。
わたしの意識の中では、そのほとんどが、
内側を向いていた。
自分自身の方に。
大丈夫?
変じゃない?
嫌われてない?
そんなふうに、受け取る方ばかりに集中していた気がする。
それは、きっと、悪いことじゃない。
そうやって自分を守りながら、育ってきたのだと思う。
だけど、ある人に言われた。
「感受性って、受け取るだけじゃないねんで。周りにも与える力が強いんやで」
と。
はっとした。
今まで考えたこともなかった。
わたしはどこかで、
自分が人に影響を与えるなんて、
「そんなそんな」
と思っていた。
受け取る側の苦しさばかり見ていたのだ。
だけど、張りつめた空気や不安は、
知らないうちに周りにも伝わっていたのかもしれない。
確かに、受け取っては「漏らして」た。
「感情失禁」と言われたこともあった。
そう言えば、
いつも場を明るくしてくれるあの人は、
落ち込んでいる時に寄り添ってくれる、
内側に向く気持ちが分かる人。
外にイヤな空気をまき散らす人だって、
自分に向けられたメッセージや出来事を、
受け取りすぎてしまっているのかもしれない。
感受性が強いことを、ずっと弱さだと思ってきた。
でも、もしかしたら。
内側の矢ばかり気になっていたけれど、
外側にだって矢を向けられるのかもしれない。
そう考えると、少しだけワクワクした。
そうやって、少しずつ矢の方向が変わり始めた。
90本が内側、10本外側に向いていた矢。
それが、80本、70本……
静かに心を眺めていると、ある事に気づいた。
「あの人、今どんな気持ち?」
「この場の雰囲気、変えたいな」
「どうしたら、もう少し安心できるかな」
わたしはもともと、そんなふうに感じられてたんだ。
ただ、自分に許可を出しただけ。
「もっと外の世界に感覚を開いていいよ」
って。
外側の矢に意識が向くと、なぜか強張りがほどけた。
無意識だったけれど、ずっと自分の内側を見つめ続けるのは、苦しい。
だけど、全部外側を向けばいいわけでも、ない。
内側を見る時間も大切。
バランスが大事なんだ。
ちょうどいいのがちょうどいい。
だけど今は、
内側にばかり向いてた意識を、
外にふぁぁっと広げていける感覚が、
なんだか心地いい。

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