【一年後エッセイ】名前も知らない、ベンツのあなた
探しています。
いや、探してまではないんだけど。
かれこれ、もう一年ほどになる。
ずっと心に残っている人がいる。
その人の名前は知らない。
顔だってちゃんと覚えているわけじゃない。
ただ、その場所ですれ違っただけだから。

わたしは、ある夏の日、
スーパーの駐車場から右折して一般道へ出ようとしていた。
車の往来がやむ、チャンスを待っていたのだ。
そこは、いつも渋滞する場所で、
右見て、左見て、右見ては、
「あぁ、また行かれん……」
そんなことを繰り返す道である。
タイミングを見ながら車を発車させるのって、わたしにとってはちょっとストレスがかかることだ。
そのスーパーに行くとそうなることは、
始めから分かっちゃいる。
けれど、家計を託された者としては、
お安い食材を求めて、つい利用してしまうのだ。
その日も、なかなか出られなかった。
深く長い息を吐いてみる。
ふぅぅぅ。
落ち着けぇぇぇ。
すると、道を挟んだ向こう側の薬局に、一台の真っ赤なベンツが止まっていた。
左折して一般道に出ようとしている。
存在感がすごい。
思わず、「どんな方が運転してるんやろ?」
と運転席を見た。
すると、サングラスをした50代後半くらいの女性だった。
女性の姿を確認するのとほぼ同時に、チャンスが来た。
車の往来が途絶えたのだ。
もちろん左折する車が優先である。
ベンツが先に道に出るだろう。
そう何気なく前方を眺めていると、
ベンツの女性はわたしに向かって大きく手をふった。
「はよ、いき!」
ダッシュボードに身を乗り出して、何度も手を振ってくれた。
「は よ、い き」
口パクまでちゃんと分かった。
正直、高級車に乗る人の洗練されたソレではなかった。
完全に近所のおばちゃんだった。
カッコよかった。
わたしは、ぺこりと頭を下げて、右折した。
それが?
そう思われてもおかしくはない。
それくらい小さなことだ。
だけど、わたしは一瞬で憧れた。
お互いに、目と目が合ったのはほんの数秒だったと思う。
一般道に出てからも、1分くらいわたしはベンツの前を走った。
両手は確かにハンドルを握っていた。
けれど、心の中では合掌していた。
口もパクパク動いていたことだろう。
「あ り が と う」
わたしは、そのスーパーを利用する度、
女性のことを思い出す。
案外、受けたご恩はぎゅっと胸に抱えてしまうタイプらしい。
また、どこかで、会えると いいなぁ。
Maluhia|Kindle作家|疲れた心に、小さな灯を。さんの記事を読んで、この出来事を書いてみたくなりました。
Maluhiaさん、書くきっかけをくださり、ありがとうございました✨

いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは、創作活動に使わせていただいております。
その活動をまたnoteにも還元しています。
いつも温かい応援をありがとうございます🤗