【日常エッセイ】選ばれたことが大事
ぎりぎりだった。
危なかった。
わたしは、ほっと胸をなでおろした。
だけど、次男が見ていたのは、「結果」だった。

今年度初めて、中学生バスケの公式戦トーナメントが今月から開催されます。
次男のクラブチームは発足2年目ということで、初めての出場です。
チームの選手は20名エントリーできるものの、ベンチに入れるのは15名。
2週間ほど前から次男は、
「俺、選ばれるんやろうか…」
何度もそう言って、ソワソワしていました。
順当に行けば3年生は2人しかおらず、2年生の次男も大丈夫そうです。
だけど、学年や経験なんて関係ないのがスポーツ。
わが家にとっては、非情にも感じる結果になるかもしれない。
そんな覚悟をわたしはしていました。
そして、先日とうとう、そのメンバーが発表されたのです。
LINEで。
結果は、何とか選んでもらえていました。
だけど、その15分前にコーチが間違って出したメンバー表に、次男の名前はありませんでした。
はじめに送られてきた方には、
実は、欠席予定の選手が誤って載せられていたのです。
コーチはそれに気付き、慌てて訂正。
あらためて正式なメンバー表を送信してくれました。
そこに、次男はなんとか名前を載せてもらえたのです。
文字通り、補欠です。
それでも、わたしは嬉しかった。
そしてホッとしました。
一旦は。
だけど、安堵の時間は一瞬でした。
「危なかった、ぎりぎりやった、やばかったなぁ~」
そんな、言葉が口をついて出ました。
わたしはしばらく経っても興奮が収まらず、
「ほんまに危なかったなぁ」
そうつぶやいていると、次男はわたしに言いました。
「俺はめっちゃご機嫌やねん。
危なかったとかいらん。選ばれたことが大事」
と。
わたしは、親ばかです。
良いように見すぎかもしれません。
だけど、その瞬間、
次男の心の強さを感じたのです。
わたしが次男だったら、
「どうせ補欠やし」
「ぎりぎりって恥ずかしい」
そんなふうに感じていたかもしれません。
それは、
「結果より過程が大事」
という言葉を大事にしてきたからかもしれません。
だけど、次男は違いました。
「選ばれた」
ただ、その結果を喜んでいたのです。
危なかったとか、ぎりぎりだったとか。
そんな意味づけをしたのは、わたしでした。
結果を、ただ喜ぶ日があってもいい。
「過程より結果が大事」な日があってもいい。
結果だけにスポットライトを当ててみる。
ご飯が作れた。
仕事に行けた。
人に会えた。
ただ、できたことだけ認める。
それだけで、ハナマルです。
過程より結果。
その言葉は、
わたしの上半期流行語大賞にノミネートされました。

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