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褒められるのが怖かったわたしの見方

*この記事の文字数:約2200文字*

「いやいや、普通ですよ」
「なんか、気を使わせてごめんね」

褒められて、わたしが感じてきた気持ち。

自己啓発の本を読み漁り、わたしは自分を卑下する言葉を口にしないように努めてきた。

「私なんて」
「私なんかが」
を絶対に使わない。
もっと、自分を大切にしたい。

‥つもりだった。

全然、足りていなかった。

「もっと受け取って良い」
「受け取れる自分になりたい」
そう改めて認識したことがあった。

それは1週間前に投稿した、
「Kindle出版をします」というわたしの記事。

なんと、39名の方が温かい励ましのコメントをくださった。

まさか、こんなにたくさんのメッセージをいただけるなんて。

幸せすぎる。
ただただ、感謝しかなかった。

コメントを開くたびに、緊張した。
恐る恐る読ませてもらった。

コメントから書いてくれた人の熱が伝わった。

わたしを応援してくださる方が、こんなにこんなにたくさんいてくれたんだ、と初めて実感した。

これまでも、寄り添った言葉や、エールをもらうことはたくさんあった。

その度に、
優しくしてくれてありがとう。
丸ごと受け止めてくれてありがとう。
そう、思っていた。

それ自体は悪いことじゃない。

だけど、そこには、「こんなわたしを」
が確かに含んでいた。

謙虚でいること。
出る杭にならないこと。
学生のころから、気をつけながら過ごしていた。
同時に、「わたしなんか」を使わない、と決めていた。

だけど、言葉を変えることと、受け取れることは別だった。

振り返ると。
人からのいただき物もどこか苦手。
すぐにお返ししなきゃ、とあせる。

食事をご馳走になると、どこか落ち着かず、なんだか味がわからなくなってしまう。

もしかしたら。
わたしは、人からの優しい「愛」を受け取るのが、下手くそなのかもしれない。

わたしの心の部屋には、掛け軸がかかっている。
「下手くそは、練習するべし」

褒めてもらった時には
「そうなんや、ありがとう」
と言ってみよう。

「でも」と言いたくなったら、そこで止めよう。

「受け取ります」と心の中で唱えてみよう。
そんな練習を思いつく。

でも、少し物足りなかった。

マッチ一本でお湯を沸かそうとする感じ。
それ無理じゃない?
ってなんとなくわかった。


受け取るのが怖い理由を、もう少しだけ、見つめてみたら。

わたしはあることに気が付いてしまった。

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