「ありがとう」と、「なんてことすんねん」
樹にとまって鳴くセミに、
「元気だなぁ」
「がんばって生きてるんだなぁ」
「ありがとう」
そんなふうに感じた。
その翌日。
歩いていると、
急に木の枝からセミが飛び立って、
わたしの頬にぶつかった。
「うゃあ”ぁぁぁぁ”!!」
なんとも言えない声が思わず出た。
声にならない声の中には、
「ほんまにやめてよ!」
「なんてことすんねん!!」
ゾッ……
しかなかった。
「ありがとう」
もへったくれもない。
わたしは偽善者なんだろうか。
もしかしたら、そんな一面もあるのかもしれない。
だけど、
善い人ぶりたくて「ありがとう」と言ったわけじゃない。
そのとき、確かに「ありがとう」を感じたのだ。
だけど、「なんてことすんねん」と感じたのも、またわたしだった。
どちらも本当のわたし。
人間て、どちらか一つで成り立っているわけじゃないから。
「ありがとう」と思いながらも、
「なんてことすんねん」は、
同時に存在する。
矛盾がある。
だけど、どちらか一方に決めなくてもいい。
人は、グラデーションだから。
一つの面だけで判断するのは、
する側も、
される側も苦しい。
夕焼けがきれいだなって感じるのは、
昼でも、夜でもない、
その間だからじゃないのかな。
セミにびっくりさせられて、
目が三角になった。
そのおかげで、
矛盾する自分でもいいやん。
そう思えた午後だった。

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