ショートショート「だれかの仕事を」
年末になると、よしおさん(仮名)のことを思い出す。白髪混じりの油っぽいぺったんこの髪。スーツケースを引きながら、ボーダーの丈夫なビニールバッグを肩に提げ、もう片手にはビニール袋。ニカッと片目をつぶって笑う。そんな姿。
そう、いわゆるホームレスだ。
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当時、ぼくは人材雇用や企業からのアウトソーシングを受注する会社に勤めていた。業務の巻き取り。効率化して、手順を整え、人を入れる。困りごとや手間がかかるところには、だいたいこういう仕事がある。
しかし、圧倒的に買い手市場で、慢性的に人手不足だった。どこもかしこも人が足りない。足りないから、今度は人を入れる仕事が増える。誰かの穴埋め、代打の数珠つなぎ。夜寝ると、チェーンのない自転車を延々漕いで坂を登る夢をよく見ていた。
ちょうどそのあたり、会社は雇用の源泉確保と、社会的意義も込めて、就労支援をしている団体と連携して人を雇用する試みをはじめた。思うところはたくさんあったけど、まあ別にって感じ。外面っぽい感は否めないし。でも、意味がないとは言えないし。
ふつうだと、住所がなかったり身元がはっきりしない場合に雇用はむずかしい。そのあたりを団体が保障して、会社は働く先を用意する。就業のトレーニングをして(ここは特別じゃなくて、いつも通りの研修するだけ)働いてもらう。一定期間問題なければ、契約社員として直接雇用を結ぶ。そんな感じ。ぼくは直接携わってなかったけれど、後方支援の事務作業を受け持っていた。
意義があっても、仕事になるかは別だ。正直、そういう人は急にいなくなってしまうことがとても多い。まあ、別に通常の入社でも、連絡が取れなくなったり消えてしまうことはある。自社雇用なら、結局のところ必要な手続きを経て処理される。決まった手続き通り。でも、複数の会社や団体が関わると処理がめんどうだし、そういうことが続くと現場からの風当たりも強くなる。あたり前だ。あてが外れ続ければ、あてにされなくなるのだ。
いくつかの団体と連携していたけれど、ぼくがやり取りしていた団体の担当は並木さん(仮名)といって、平たく言えばすごく苦手だった。
お世話になっております。
年始の件ですが〜、
文言は丁寧だけど、とにかく書類にうるさい。メールを打つ指も、心なしか重くなる。だって、細かいところを何度も確認してくるし、そんなのちょっと汲んでよ……みたいな直しもいちいち返してくる。まあ、いろんな申請に必要なんだろうし、ミスはミスだけど、こっちだって兼任でやってるんよ?ふつうに担当の仕事もあるし。なんて思ってしまう。めんどくささが勝ってしまう。もちろん相手には関係ない事情だし、態度には出さないけれど。
「ちょっといいか。お前さ、年末○○のところ視察にいってきてくれ。」
上司に呼び出され、そんな指示を受けたのが12月のはじめ。正直めちゃくちゃ気乗りしない。寒いし、並木さんに会うの億劫だし、地味に遠いし。そんなの結局のところ会社のアピールでしょって気がするし。たまたまぼくが今担当しているクライアントが年末年始がお休み、そこで白羽の矢ってだけだろうし。でも、断る理由も見つからない。
「わかりました。」
そこから毎日、憂鬱の積み重ねだった。幸か不幸か、特にイレギュラーな仕事も入らず、予定通り電車を乗り継いで郊外の駅に向かった。
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「遠いところをありがとうございます。」
12/31。完全に年の瀬。片づけ忘れてるのか、クリスマスイルミネーションがそのままのロータリー。
駅で出迎えてくれた並木さんは、メールの印象とは全然違ってやわらかい人だった。名刺交換を済ませる。カジュアルなジャケットにこざっぱりしたスーツ、スニーカー。寒いけど、今日はお天気もいい。気持ちのいい日だ。
「ちょっと歩きますけど、いいですか?」
「はい。大丈夫です。よろしくお願いいたします。」
駅前からコンコースを抜けて30分くらい。さっそく白髪混じりのこざっぱりしたおじさんに挨拶される。並木さんは、ちょっとこの辺では有名人みたいだ。一人ひとりに笑顔で挨拶して、しゃがんで顔を見て、お話して、手を振って別れる。ぼくはといえば、なんとなく居心地が悪くて少し後ろで突っ立っている。笑顔が張り付いてるのがわかった。
「にいちゃん、いつもあんがとな!」
「え、ええ……。」
違うんだけどな、と思いつつ、うまく答えられなかった。そんな感じにしばらく歩いて、目的の施設に着く。会議室に通される。建付けは古いけど整理整頓されてて、うちのオフィスより綺麗だった。
一通りの挨拶と、事業説明。やることはやってしまった。あとは、どうしよう。現場視察の名目で、オフィスの端に座る。並木さんがコーヒーを淹れてくれた。大晦日だ。ここも出勤する人は限られているらしい。席はまだらに空いていた。
「年末は、どんなことをされるんですか?」
「そうですねぇ。」
だいたいの企業は年末年始休む。うちみたいに休むところを受け持つような業種もあるけれど、雇用関係とかは年明けに繰り越すことが多い。今年はもう新規での受け入れもないし、最近どうですか?くらいの世間話のつもりだった。
「ホテルの予約をしたりですかね。」
「えっ、ホテルですか?」
「ええ。急なキャンセルとか、空いてる部屋があれば、ホテル側と交渉して安く借上げたり。人って、寒いと死んじゃうんですよ。」
寒いと死んじゃうんですよ、耳から入った言葉がうまく飲み込めなくて、そのまま口から出ていった。並木さんは少しバツが悪そうに笑って、「すみません、びっくりしちゃいますよね。」と謝った。年末は支援施設も閉まってしまうんですよ。当たり前だ。施設の人だって、休むんだから。だから、年末こそ家がない、帰る場所がない人が増えるそうだ。寒さに耐えられず、留置場に入るために犯罪を犯してしまう人もいるらしい。
「全員は無理でも、できるだけ場所、用意したいの。」
毎年毎年、どうしても部屋は足りなくなるらしい。地域のホテルと提携したり、いろいろ手は打ってるんですけど……と、並木さんは漏らした。足りない。足りなくなる。それで、足りなかった人はどうなるんだろう。それって、どうやって優先順位をつけるんだろう。言葉が出てこなくて口ごもっていると、見透かしたように並木さんは教えてくれた。
「そうですね。どうしても、就労できるか。それに近い人を優先してますかね。身なりのこともあるし、年明けを踏まえて。そういうのって、むずかしいところです。」
むずかしいところです、か。それでも誰かが決めなくちゃならないし、決めてる。だから私、ホテルの予約とか値引き交渉得意なんですよと、両手でカップを抱えて並木さんはまた笑った。
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「そうだ、さっき駅前で会ったよしおさん。来年はじめに〇〇商事へ紹介予定だったんですけど。」
〇〇商事は、簡単な軽作業からユーザー対応の窓口業務まで幅広く受注がある。クライアント側の理解もあり、事業所自体が大きいのでつぶしが利くし、中でキャリアも積めるので継続的に紹介を行っているところだ。ぼくが後方支援で事務処理をしていた先のひとつでもある。
「ああ、あの方だったんですね。」
「はい。ここらへんだと長いというかちょっと有名な方で。お年もお年だしそろそろって思って、ずっとお話してたんです。やっと本人もやる気になって準備してたんですけど。」
この感じ、あんまりいい話じゃなさそうだな。でも、ちゃんと辞退って伝えてくれるだけありがたい。当日来ないとか、急にいなくなるなんてよくある話だから。
「駅前に大きいビジネスホテル、あったでしょう?あそこにも毎年お部屋を借りてるんですけど。昨日よしおさん、あそこに泊ってたんです。そしたら。」
並木さんが言いにくそうにして、コーヒーを一口飲んだ。人には事情がある。しかたない。
「ちょうど今日待ち合わせしたあたりかな。駅のロータリーのとこ。昨日の晩、ホテルの窓から見たらスーツの人が一人、座ってたらしくて。」
「……はい?」
たまたまだ。会社が倒産した。頼れる親戚がいなかった。家が更新できなかった。年末で公的機関がやってなかった。そんな、たまたまが重なってしまう。スマホの充電も切れる。どうすればいいかわからない。そんなことってあるのかってのが、現実にある。あった。
「よしおさん、窓からその人を見つけて。夜になっても動かない。電車もなくなって、お店も閉まって、深夜になって、それでも動かないってんで、ついつい声掛けたらしくて。おい、元気か。なんだ腹減ってんのかって。」
そのままホテルで一晩過ごして、今朝二人で事務所を訪ねてきて。ホテル側にはめちゃくちゃ怒られましたけど。まあ事情も事情だし、わかってくれてたんじゃないかな。そうそう、さっきお会いする前に謝罪にいってきたんですよ。
それからよしおさん、「こいつ、俺より若けえし役に立つぞ。代わってくれ!」って聞かなくて。
「なので、大変申し訳ないんですけど、紹介者の変更って間に合いますか?」
「それは、はい。大丈夫だと思いますけど。」
いつもあんがとな!よしおさん。ぼくのことわかってて、声掛けてくれたのか。
「あの、よしおさんは……?」
「ああ。そうですね。俺はもう慣れてっから。気にすんなよベテランよぉって、すぐ出て行っちゃいました。駅前にいたし、年始はコンコースか、駅の反対のアンダーパスのところにいると思いますよ。」「……そうですか。」
「すみません。いつもお願いばかりで。私、すっごい細かいでしょう?」
「えっと、そんなことは……。」
いえいえわかってます、と並木さんは笑う。でも。
「あと100円足りなくて、もう一部屋借りられなかったらくやしいじゃないですか。できるだけ、郵便とか紙とか無駄にしたくなくて。」
公的書類は枚数が多い。しかも、まだまだ紙で申請しなくちゃいけないものが多い。郵送にも、印刷するだけでも、けっこうなコストがかかる。そして、とにかく厳格だ。少しのミスで差し戻しされてしまう。
ちょっと考えればわかる。なのに、全然わかってなかった。知らん顔だった。
ぼくは、自分の両手がいっぱいのときに、誰かに声をかけられるだろうか。書類一枚の確認も、メールひとつも、めんどくさいと思ってしまうのに。
なんだか急に口が渇いて、耳まで熱くなった。申し訳なさが胸に沈む。そんなぼくを察してか、知らずか。並木さんはもう一口コーヒーを飲んで、やっぱり笑って言った。
「さて、と。いつもありがとうございます。来年も、よろしくお願いいたしますね。」
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よしおさんの代わりに来た石崎さんは、すごく優秀だった。飲み込みも早いし、ひたむきな姿勢がクライアントにも好評で、すぐに管理職に昇格。そして、しばらく働いたあとに転職していった。それでいいんだと思う。
「ほんとうに助けられました。みなさまのおかげです。ありがとうございます。」
辞めるとき。去るとき。心からおめでとうとか、ありがとうを贈れるってすごい。贈られるってすごい。それって、その人を表す一番の功績だ。穴埋め、代打、誰かの代わり。誰かの仕事。痛手だけど、ふしぎと苦じゃない。
ぼくはというと、やってる仕事はあい変わらずだ。担当業務と兼任して、事務処理をやってる。大変だけど、相手を想像してちょっと手を入れる。先に確認する。しておく。それだけ。それだけだ。
だけど、そのちょっとの想像があるとないでは全然違う、のかもしれない。
いつもありがとうございます。
年末の件ですが~、
並木さんとのメールは、だいぶ減った。
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待てうかつに近づくなエッセイにされるぞ
あ、ああ……あー!ありがとうございます!!