【ただの自分語り】母という存在と、私という選択
毒親――と言っていいのか、今でも迷う。
母は、母にも女にもなりきれなかった人だった。
男に頼らないと生きていけない人。
田舎の島の出身で、中学を出てすぐに家を飛び出したらしい。
その後は、知らない男を頼りにして、夜の仕事で生きたという。
そして、私を産んだ。
父とはすぐに離婚したらしい。
■「あんたはあの人にそっくり」
母はいつも、そう言って私を責めた。
その「あの人」とは、私の実の父親。
母は彼のことを「犯罪者」「人でなし」と罵りながら、
それでも私に「そっくりだ」と繰り返した。
何度も再婚を繰り返した母。
でもどの再婚も、私を育てるためにお金が必要だったからだという。
「好きでもないけど、あんたのために結婚した」
そんなこと、子どもに言う必要があったのだろうか。
私はずっと思っていた。
母の人生を狂わせたのは、私なんじゃないか、と。
■ボロアパートと、逃げ場のない家
母の離婚が決まるたび、生活は荒れた。
男が家に出入りし、時には外で腕を組んで歩く姿も見た。
家は狭く、プライベートなんてなかった。
だから私は、ネカフェや友人の家で夜を過ごすことが多かった。
大学を卒業して、ようやく家を出た。
その後、母から何度か連絡が来たが、会うたびに心が離れていった。
■分籍という、静かな絶縁
数年前、パスポートを取るために戸籍謄本を取りに行った。
そこで初めて知った。
母は、私と分籍していた。
おそらく、最後に会ったその日か翌日に申請したのだと思う。
ああ、いつの間にかこの人とは他人になったんだなと理解した。
■母という鏡
母は機嫌の浮き沈みが激しく、記憶の改ざんや思い込みも多かった。
異常なほど、姓や戸籍にこだわる人だった。
私の姓は3人目の父親のもの。
母はそれが気に入らず、1人目の父親の姓に戻していた。
でも、母にはいいところもある。
人を信じやすい。信じた相手には全力で尽くす。
ただ、盲目的に信じすぎる。
そして、見返りがないと理不尽に恨む。
そんな人だった。
■学んだこと
私は、母からたくさんのことを反面教師として学んだ。
一番強く刻まれたのは――
「自分を救えるのは、自分だけ」 ということ。
人に依存するのは、たしかに心地いい。
でも、他人に自分の幸せを預けた瞬間、それはもう他人のものになる。
同じ環境で生きてきても、
幸福か不幸かを決めるのは「その人自身」だ。
私は今日も、
“自分で自分を生きる”という選択をしている。
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