【ゴシックの歴史】大聖堂からゴスロリへ。「野蛮」と呼ばれた建築がダークな「カワイイ」に進化するまで【大人の教養】
黒を基調としたフリルやレースのドレスに、十字架のアクセサリー。
日本の原宿などを中心に発展し、今や世界中に愛好家がいる「ゴスロリ(ゴシック・アンド・ロリータ)」というファッションがあります。
こんにちは、小説家Fです。
文学や歴史、そして日本の文化にひそむ面白さを、なるべくやさしい言葉でひもといています。
現代の日本では、「ゴシック」という言葉を聞くと、吸血鬼やコウモリ、黒魔術といった「ダークで、不気味で、耽美なもの」を連想する人がほとんどだと思います。
しかし、歴史をさかのぼってみると、そもそも「ゴシック」という言葉は、ファッションとも、ましてや「暗闇」ともまったく関係のない言葉でした。
古代ヨーロッパの部族名から始まり、なぜか現代の日本の少女たちの「カワイイ」に行き着いてしまった。
今回は、「ゴシック」という一つの言葉が歩んだ、壮大で数奇な歴史の旅路をご紹介します。
1. 始まりは「野蛮なやつら」という悪口だった

「ゴシック(Gothic)」という言葉のルーツは、今から1500年以上前のヨーロッパに存在した「ゴート族(Goths)」というゲルマン系の部族の名前にあります。
時代が下り、15世紀のイタリアで「ルネサンス(古代ローマやギリシャの美しい文化の復興)」が起こると、当時のイタリアの知識人たちは、自分たちより少し前にヨーロッパ北部で流行していた建築スタイルを鼻で笑いました。 「あんな尖った尖塔ばかりの建築は、古代ローマの美しさを理解していない、ゴート族のように野蛮で洗練されていないデザインだ」
つまり、「ゴシック」という言葉はもともと、「ゴート族風の=野蛮で悪趣味な」という意味の悪口(蔑称)として使われ始めたのです。
2. ゴシック建築の本当の姿は「光あふれる空間」
では、その「野蛮だ」とバカにされた建築とは、実際にはどのようなものだったのでしょうか。 代表的なものに、フランスの「ノートルダム大聖堂」や、ドイツの「ケルン大聖堂」などがあります。

驚くべきことに、これらのゴシック建築は、現代人がイメージするような「ダークで不気味なもの」ではありませんでした。むしろその真逆で、「光にあふれた、神々しい空間」を作ることが最大の目的でした。

ゴシック建築の特徴は、「尖塔アーチ(先が尖ったアーチ)」や「フライング・バットレス(飛び梁)」という当時最新の建築技術にあります。 この技術のおかげで、分厚い壁で建物を支える必要がなくなり、壁に巨大な窓をくり抜くことができるようになりました。そこに色鮮やかな「ステンドグラス」をはめ込み、天高く伸びる天井から、神の光(太陽の光)を堂内いっぱいに取り込んだのです。
本来のゴシックとは、暗闇ではなく「天国への憧れと、まばゆい光」を表現した最先端の芸術でした。
3. なぜ「ゴシック=不気味」になったのか?
光あふれる大聖堂であったはずのゴシックが、なぜ現在のような「暗くて不気味」なイメージに変わってしまったのでしょうか。
その原因は、18世紀後半のイギリスで大流行した「ゴシック・ロマンス(ゴシック小説)」にあります。 当時、イギリスにはかつて建てられたゴシック建築の修道院や古城が、廃墟となってあちこちに残っていました。ツタが絡まり、薄暗くそびえ立つ尖塔の廃墟は、なんとも不気味でミステリアスな雰囲気を漂わせていました。

作家たちは、その廃墟を舞台にして、幽霊や呪い、狂気などを描いたホラー小説を次々と発表します。(のちの『フランケンシュタイン』や『吸血鬼ドラキュラ』もこの系譜です)。 これらの怪奇小説が「ゴシック小説」と呼ばれたことで、人々の頭の中で「ゴシック=中世の廃墟、吸血鬼、ダークでミステリアスなもの」というイメージが完全に定着してしまったのです。
4. 音楽からファッション、そして日本の「ゴスロリ」へ
1970年代から80年代にかけて、この「暗くて耽美な世界観」は、イギリスのロック音楽(ポスト・パンク)と結びつきます。
黒ずくめの服に真っ白な肌、退廃的な死を歌う彼らのスタイルは「ゴス(Goth)」と呼ばれ、若者のサブカルチャーとして世界中に広がりました。
そして1990年代、この波が日本へ到達します。 日本の「ヴィジュアル系バンド」たちが、ヨーロッパのゴシック(黒、十字架、死の匂い)の世界観を衣装に取り入れました。
さらに、日本独自の文化の融合(習合)がここで起こります。 西洋のダークで退廃的な「ゴシック」に、おとぎ話のお姫様のようなフリルやレースを愛する「ロリータ(少女的)」な要素を掛け合わせたのです。
相反する要素を混ぜ合わせ、「ゴシック・アンド・ロリータ(ゴスロリ)」という、日本にしかないまったく新しいファッションジャンルが誕生しました。
結び:言葉の壮大な旅路
「ローマの文化を理解しない野蛮なやつらだ」
15世紀の知識人が放ったそんな悪口が、光あふれる大聖堂の名前となり、ミステリアスな廃墟のホラー小説となり、やがて海を越えて、日本の少女たちの精神を守る美しいドレスへと姿を変えました。
「ゴシック」という一つの言葉の背景には、これほどまでに壮大な歴史の連鎖と、勘違い?と、再編集が折り重なっています。
今度、街で黒いレースとフリルをまとったゴスロリの少女を見かけたら、ヨーロッパの空にそびえ立つ大聖堂の尖塔を思い出してください。遠い場所からやってきたもんだと、感慨深いですね。
本日のまとめ
ゴシックの語源: 古代ヨーロッパの「ゴート族」が由来。ルネサンス期に「野蛮で悪趣味」という悪口として使われた。
ゴシック建築: ノートルダム大聖堂などに代表される、ステンドグラスを用いて「光」をふんだんに取り込んだ神々しい建築。
イメージの逆転: イギリスで、ゴシック建築の「廃墟」を舞台にした怪奇小説(ゴシック小説)が流行し、「暗くて不気味」なイメージが定着した。
日本のゴスロリ: ダークで退廃的な「ゴシック」と、少女的で純真な「ロリータ」を日本独自に融合させたファッション。
今回の一節
「美といふものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを餘儀なくされた私たちの祖先は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的を添ふやうに陰翳を利用するに至つた。」
日本の耽美派を代表する作家・谷崎潤一郎の随筆からの引用です。 明るい照明ですべてを白日の下にさらす西洋の文化に対し、日本人は古くから、薄暗い部屋の「陰翳(影やほの暗さ)」の中にこそ、奥ゆかしい美しさを見出してきました。 ゴシック建築が本来目指した「光」ではなく、それが廃墟となった後の「暗闇」のほうに惹かれ、それを美しいファッションにまで昇華させてしまった日本のゴスロリ文化。そこには、光よりも影を愛し、暗闇の中にこそ美を発見する、日本人特有の「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」の感性に通ずるものがありますね。
いいなと思ったら応援しよう!
最後までお読みくださり本当に感謝します。
皆様の温かな応援が私の執筆の励みです。