「手」
いつの間にか二月が終わって、三月。
啓蟄を過ぎて、河原で土筆を見つけた。
明日は3.11 あの震災があった日。
そして「お彼岸」
3.16は母の命日だ。何回忌だろうか。二十七??
亡くなってもなお、親不孝なぼくは何度目の命日かわからない。
そして毎年、春のお彼岸が近づくと、生前の母のこの言葉をなぜか思い出す。
「おばあちゃんの手になっちゃったよ」
母が夜、家事を終えてニベアを手にすり込んでいるのをじっと見ていたとき、
ぼくの視線に気づいて、言った、母の言葉だった。
ぼくは母をずっと「おかあちゃん」と呼んでいた。
父を「パパ」と呼んでいた。(なんでやねん!)
おかあちゃんが、自分の手をシワシワになっちゃったよって言った時、
ぼくはただ、微笑んだだけだった気がする。
女優の手じゃないし、おかあちゃんの「手」だし、あたりまえやんかって。
お彼岸が近づくと毎年思う。ぼくはそのシワシワの手が好きだった。
家族の「生」を支え続けた手。
握ればいつも温かく、ときに固いゲンコツになった。
いつもいつも、ぼくを支えることだけだった「おかあちゃんの手」
「おばあちゃんの手になっちゃったよ」
そう言った母の年齢くらいの女性が言う。
自分の手はきらいだと。シワシワで、ごつくて、と。
女性はいつも、美しくありたいと思うだろう。
でもね、家庭を守り抜いてきたその手の力強さ、その固さは
この世のどんな石よりも堅い。
そのシワシワの手は、なにより優しい母親の笑顔に見える。
この世のどんな美しい貴金属より、何億倍も輝いている。
ぼくはどうしようもなく、その手が好きだ。
今年の彼岸は ぼくもニベアを塗ってみようか
おかあちゃんと同じシワシワになった ぼくの手に
