賠償という力学【226】基礎収入の決まり方
逸失利益の計算書には、最初に一つの金額が置かれる。
基礎収入。
その横に年額が書かれ、労働能力喪失率と期間に対応する係数が続く。
式だけを見れば、基礎収入はすでに決まった数字に見える。
事故前の年収を入れただけ。
前年の源泉徴収票を見ただけ。
確定申告書に書かれた所得を使っただけ。
そう見えることがある。
けれど、同じ人の収入を示す書類は、一枚とは限らない。
源泉徴収票。
給与明細。
所得証明書。
確定申告書。
課税証明書。
雇用契約書。
事業の帳簿。
事故前数年間の収入記録。
どの書面の、どの期間の、どの数字を使うかによって、計算の起点は変わる。
前話では、逸失利益が、事故前の生活から将来への影響を組み立てる工程であることを見た。
今回は、その最初に置かれる一年分へ戻る。
基礎収入は、書類から数字を写すだけの項目ではない。
その人の事故前の働き方を、将来計算の土台としてどの数字へ置き換えるかという選択である。
一番新しい収入が、その人を最も正しく表すとは限らない
事故が起きた前年の源泉徴収票がある。
年収が書かれている。
給与所得者であれば、その数字が基礎収入の入口になることは分かりやすい。
会社から継続的に給与を受け取り、勤務形態にも大きな変化がなく、事故前の収入が安定していた。
その場合、直近の年収は、事故前の生活を比較的つかみやすい数字になる。
だが、事故前年が、いつもの一年だったとは限らない。
転職したばかりだった。
年度の途中で就職した。
育児や介護のため、一時的に勤務時間を減らしていた。
病気ではない別の事情で休職していた。
事故の少し前に昇給した。
昇進が決まっていた。
残業が一時的に少ない年だった。
反対に、特別な繁忙によって、その年だけ残業代が大きかった。
前年の数字は事実である。
しかし、その一年だけを切り取ることで、その人の通常の働き方から離れることもある。
書類に数字があることと、その数字が将来計算の土台として最も適切であることは同じではない。
ここで必要になるのは、一番高い数字を探すことではない。
一番低い数字を受け入れることでもない。
その数字が、どのような一年を表しているかを確かめることである。
勤務期間は一年を通していたか。
雇用形態は変わっていないか。
一時的な増減がなかったか。
事故時点の働き方へ、どの程度つながっているか。
前年収入が採用されているなら、前年である理由を見る。
複数年の平均が採用されているなら、平均にした理由を見る。
別の統計上の数字が置かれているなら、実収入では足りないと判断された理由を見る。
基礎収入で問われるのは、どの数字が大きいかではない。
どの数字が、事故がなければ続いた可能性のある働き方を最もよく表しているかである。
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給与所得者の場合、収入は比較的見えやすい。
毎月の給与がある。
賞与がある。
源泉徴収票がある。
勤務先がある。
そのため、基礎収入も簡単に決まるように見える。
だが、給与明細に書かれたすべての金額が、同じ性質を持つわけではない。
基本給。
役職手当。
資格手当。
残業代。
通勤手当。
賞与。
一時的な手当。
毎月継続するものもあれば、その時だけ支払われるものもある。
事故前の年収を確認する時には、合計額だけでなく、その内側に何が入っているかを見ることがある。
さらに、事故後も同じ給与が支払われている場合、基礎収入の問題と、労働能力への影響の問題が混ざりやすい。
事故前の収入はいくらだったのか。
事故後、実際の給与はどうなったのか。
仕事の内容は変わったのか。
会社の配慮によって収入が維持されているのか。
これは一つの問いではない。
基礎収入は、事故前の土台を決める。
事故後の減収や働き方の変化は、その土台に対してどの程度の影響が生じたかを見る。
二つを一緒にすると、
「今も同じ給料だから、事故前の年収を確認する意味はない」
という話になりやすい。
だが、同じ給料が続いていても、将来計算の出発点には事故前の収入が必要になる。
反対に、事故後に給料が下がっていても、その下がった金額をそのまま基礎収入に置くわけではない。
基礎収入は、事故後に残った収入ではない。
事故がなければ、将来計算の出発点として続いたと考える収入である。
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自営業者になると、数字の入口はさらに複雑になる。
売上がある。
経費がある。
所得がある。
事業用の資産がある。
従業員や家族の働きがある。
事故後も、本人以外の力によって事業が続いていることがある。
売上だけを見れば、事故前と変わっていない。
しかし、本人ができなくなった仕事を、家族や従業員が補っている。
外注費が増えている。
営業時間を短くしている。
受けられる仕事を減らしている。
将来の受注を断っている。
売上が維持されているからといって、本人の働く力への影響がないとは限らない。
一方で、売上が下がっていても、その減少がすべて事故によるものとは限らない。
景気が変わった。
取引先が減った。
原材料費が上がった。
季節による変動があった。
事業内容そのものを変更した。
自営業では、事業全体の動きと、本人の労働による収入を分けて見る必要がある。
確定申告書の売上欄を使うのか。
所得欄を使うのか。
複数年の平均を見るのか。
事故前の申告額と、実際の事業実態に差がないか。
計算書に基礎収入が置かれていても、どの数字を使ったのかは確認しなければ分からない。
たとえば、
「確定申告書のどの欄を基礎収入として採用していますか」
「売上ではなく所得を用いていますか」
「事故前数年間の変動は検討されていますか」
「事故前年だけを採用した理由は何ですか」
「本人以外が補った労働や増加した外注費は、どこで見られていますか」
と分けて聞く。
自営業者の収入は、一枚の申告書に書かれた数字だけでは、働き方まで見えない。
申告書は重要な書面である。
しかし、数字の意味を読むには、事業の動きへ戻る必要がある。
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会社役員の場合も、役員報酬の全額が、そのまま本人の労働の対価として扱われるとは限らない。
役員報酬には、実際の仕事に対する部分だけでなく、会社内での地位や利益配分に近い性質が含まれていると見られることがある。
肩書は役員でも、毎日現場で働いている人がいる。
営業をしている。
顧客対応をしている。
技術業務を担っている。
従業員と同じように勤務している。
一方で、実務への関与が限定され、会社の利益や地位を背景に報酬を受けている人もいる。
同じ「役員報酬」という名目でも、中身は同じではない。
事故後も報酬額が変わっていなければ、損失がないように見えることもある。
だが、会社が従来どおり支払っているだけかもしれない。
ほかの役員や従業員が業務を引き受けているかもしれない。
本人が無理をして同じ報酬を維持しているかもしれない。
ここでも、書類の名目だけでは足りない。
どのような業務をしていたのか。
勤務実態はどうだったのか。
会社の規模はどの程度か。
本人の働きが会社の収益へどう接続していたのか。
報酬のうち、労働の対価として見られる部分はどこか。
基礎収入は、肩書から自動的に決まらない。
名目が収入を決めるのではない。
その数字が、どの働き方によって生まれていたかが問われる。
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家事従事者には、給与明細がない。
家事をしても、月末に賃金が振り込まれるわけではない。
食事を作る。
掃除をする。
洗濯をする。
買い物へ行く。
子どもを送迎する。
家族の予定を調整する。
高齢の家族を支える。
生活を止めないための仕事が、毎日積み重なっている。
事故後、その家事が難しくなっても、「事故前の年収はいくらでしたか」という問いには、給与額で答えられない。
だからといって、基礎収入がゼロになると考えれば、家事労働の経済的な価値が計算から消える。
そこで、家事従事者については、賃金に関する統計などを参照し、家事労働を一定の金額へ置き換える入口が用いられることがある。
ただし、統計上の数字が置かれれば、その家庭の生活が完全に表現されるわけではない。
幼い子どもがいる。
介護が必要な家族がいる。
家事を分担できる人がいる。
一人で多くを担っている。
住居や移動環境が違う。
家庭ごとの負担は同じではない。
制度は、それぞれの家庭の家事を一分単位で測り、個別に価格を付けることはできない。
そのため、共通の基準を使って、給与のない家事労働を計算へ入れる。
この標準化によって、見えなかった労働が数字になる。
同時に、家庭ごとの差は、その数字の外へ残る。
給与が支払われていないことと、基礎となる価値がないことは同じではない。

家事従事者の基礎収入を読む時には、
どの統計が使われているか。
年齢による区分はどうなっているか。
事故前に家事へ従事していた実態が、どのように確認されているか。
家事以外の収入がある場合、どのように整理されているか。
そこを見る必要がある。
「主婦だから、この金額」
「主夫だから、この金額」
と名目だけで閉じない。
その人が事故前に、家庭の中で何を担っていたかへ戻る。
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学生や若年者では、事故前の収入がまだ定まっていないことがある。
学生だった。
アルバイトだけをしていた。
就職前だった。
資格取得を目指していた。
進学する予定だった。
内定を得ていた。
将来の職業が決まる前だった。
事故前の実収入だけを使えば、アルバイト代や無収入が基礎になる。
だが、その数字が、事故がなければ続いた将来の収入を表すとは限らない。
一方で、本人が望んでいた職業の最高水準を、そのまま将来収入として置けるわけでもない。
まだ確定していない未来を扱うためには、現在残っている条件から、計算の土台を作る必要がある。
年齢。
学歴。
進学状況。
内定。
取得していた資格。
就職の可能性。
賃金に関する統計。
事故前の生活に残された資料を通して、将来の入口を組み立てる。
若年者の基礎収入には、実際に得ていた収入と、将来得る可能性のあった収入の間に距離がある。
その距離が大きいほど、どの数字を採用するかの意味も大きくなる。
収入実績がないことと、将来収入の可能性がなかったことは同じではない。
だが、可能性という言葉だけでは計算にならない。
何を学んでいたのか。
どの段階まで進んでいたのか。
どのような進路が具体化していたのか。
どの資料が残っているのか。
可能性を、制度が扱える条件へ変える工程が必要になる。
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失業中だった場合も、事故時点で収入がないという一事だけで、すべてが決まるわけではない。
退職した直後だった。
次の就職先を探していた。
内定が決まっていた。
職業訓練を受けていた。
一時的に働いていなかった。
長期間、就労から離れていた。
同じ無収入でも、背景は異なる。
事故がなければ働く可能性が具体的にあったのか。
その可能性を示す資料があるのか。
事故前の職歴はどうだったのか。
求職活動をしていたのか。
雇用契約や内定に近いものがあったのか。
無収入という数字だけでは、その人が将来どの位置にいたかは分からない。
一方で、働くつもりだったという気持ちだけで、基礎収入が自動的に決まるわけでもない。
ここでも、生活上の事情を、資料と工程へ戻す必要がある。
制度は、現在の空白だけを見るのではない。
その空白の前後に、どのような働き方があったかを確認しなければ、将来の入口は作れない。
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基礎収入について違和感がある時、当事者が最初に言いたくなるのは、
「この年収は低すぎます」
という言葉かもしれない。
その感覚は自然である。
しかし、確認を進めるには、低いという評価を、数字が選ばれた工程へ分ける必要がある。
どの資料が使われたのか。
なぜその年度なのか。
事故時点の勤務形態と一致しているか。
一時的な減収は入っていないか。
一時的な増収は入っていないか。
賞与や手当はどう扱われているか。
自営業なら、売上と所得のどちらを見ているか。
家事従事者なら、どの統計を使っているか。
若年者なら、実収入と将来可能性をどう分けているか。
役員なら、報酬のうち労働対価部分をどう見ているか。
問いを分ければ、違いの場所が見える。
たとえば、
「基礎収入として採用した金額の根拠資料を示してください」
「事故前年のみを採用した理由を確認できますか」
「事故前数年間の収入推移は検討されていますか」
「事故時点の昇給や雇用条件の変更は反映されていますか」
「給与収入と事業所得のどちらを基礎にしていますか」
「統計上の賃金を使用した理由と区分を確認できますか」
「基礎収入に含めた手当と、含めていない手当を示してください」
と聞くことができる。
違和感は、金額の大小として現れる。
確認は、書面、年度、職業、名目、実態へ戻す。
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基礎収入を確認することは、自分の人生に高い値段を付けるためではない。
反対に、低い数字へ自分を合わせるためでもない。
逸失利益では、基礎収入に割合と期間が接続される。
最初の数字が少し違えば、その差は一年だけで終わらない。
複数年へ広がる。
だから、計算の起点が重要になる。
だが、基礎収入が高ければ、必ず最終額も高くなると単純に考えることもできない。
労働能力喪失率。
喪失期間。
仕事への具体的影響。
過失割合。
既払金。
ほかの条件も入る。
基礎収入は、逸失利益全体の答えではない。
あくまで最初の土台である。
しかし、土台が何から作られているかが分からなければ、その上に置かれた計算も読めない。
基礎収入は、その人の価値を表す数字ではない。
収入が高い人の人生が重く、低い人の人生が軽いという意味ではない。
家事をしていた人に価値がなかったという意味でもない。
学生に未来がなかったという意味でもない。
基礎収入は、将来の経済的損失を計算するために、事故前の働き方を金額へ変換した起点である。
制度が見ているのは、人格の価値ではない。
事故がなければ、どのような経済的利益が続いたと考えるか。
その計算上の土台である。
それでも当事者にとっては、その数字が、自分の働いてきた時間への評価のように見えることがある。
長く働いてきた。
家族を支えてきた。
給与にならない仕事を続けてきた。
これから働くはずだった。
その生活が、一つの年額に置き換えられる。
だから数字が低いと、自分の生活まで低く見られた感覚が生まれる。
しかし、計算上の数字と、人間の価値を同じものとして受け取らない方がよい。
疑問があるなら、自分を責めるのではなく、数字が選ばれた工程へ戻る。
どの書面か。
どの年度か。
どの収入区分か。
どの働き方か。
何が含まれ、何が除かれたか。
そこを確認する。
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賠償という力学【226】で見たかったのは、職業ごとの正解表ではない。
給与所得者なら、この書類。
自営業者なら、この数字。
家事従事者なら、この金額。
学生なら、この統計。
そう並べるだけでは、基礎収入が決まる工程は見えない。
重要なのは、書面に数字が存在する前に、その数字を採用する判断があることである。
前年収入を使う。
複数年を見る。
所得を使う。
統計へ置き換える。
労働対価部分を分ける。
将来可能性を資料から組み立てる。
その選択によって、同じ生活から異なる基礎収入が置かれることがある。
基礎収入は、見つける数字ではない。
事故前の働き方を、将来計算の起点として選び取った数字である。
だから、計算書に年額が一つだけ書かれていても、その数字だけで理解したことにはならない。
数字の後ろにある書面を見る。
書面が切り取った期間を見る。
期間の中にあった働き方を見る。
働き方と数字が一致しているかを見る。
その工程を通って、初めて逸失利益の入口が見える。
しかし、基礎収入が決まっても、将来の損失額はまだ確定しない。
次に置かれるのは、その人の働く力が、後遺障害によってどの程度影響を受けたと見るかという割合である。
等級に対応する数字。
実際の仕事への影響。
収入が維持されている場合の見方。
同じ等級でも、職業によって異なる負担。
次話では、障害と仕事の間に置かれる割合へ進む。
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【次話予告】
賠償という力学【227】休業損害との整合
治療中の収入減少を扱う休業損害と、症状固定後の将来を扱う逸失利益。
生活は連続しているのに、制度は二つの項目へ分ける。
基礎となる収入は同じなのか。
どの時点で休業損害が終わり、逸失利益が始まるのか。
同じ減収が重複せず、反対に空白にもならないためには、何を確認するのか。
次話では、治療中と認定後をつなぐ境界へ戻る。
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©2026 Nasu Takako
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▼ 自動車保険という構造|現場で起きていることの記録
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