非遅刻劇場
遅刻の理由ってのはだいたい寝坊だ。
でも言い方ひとつで、寝坊は詩になり得る。
遅刻の言い訳を集めている。
自分が使うためではない。
ただ、面白いからだ。
あわよくば、誰かの救いになるかもしれない。
「じっくり向かわさせていただいております」
「もう到着してるけど、いま高めてる」
「虹が消えるまで見ていたいから遅刻します」
「自分のことを薔薇だと勘違いしてしまって咲いておりました」
「時間が私を置いていきました」
「物語的に、まだ登場のタイミングではないようです」
「人格を持った最寄り駅と口論になり改札を通してもらえません」
「高齢老婆転倒救助痴漢逃走捕獲抱歉遅到」
「じゃがりこにお湯を注いだ瞬間すべての記憶を失いました、どなたですか?」
「物理的には遅れてますが、精神的には先に着いていますよ。カフェであなたの席も確保している。ったく、いまどの辺?」
「一度、待ち合わせ時間そのものを疑ってみませんか?」
笑って許してもらえない場合、待ち合わせ時間という概念を一緒に疑ってみるのもいい。
遅刻っていったい何?と相手が錯乱状態に陥ったところでそっと肩を抱き寄せましょう。
遅刻は、失敗というより、
ちょっとした物語の演出だと思っている。
電車の中に、ズボンのチャックが全開のサラリーマンがいたら、あなたならどうする?
教えてあげるべきじゃない?
社会の一員として。
ファスナー共同体の一員として。
でも、教えたあとのあの時間が苦手。
「あ、ありがとうございます……」
その瞬間、
私は“正しい人”になってしまう。
嫌だ、なりたくない。
正しさには、ちょっとした高さがある。
身長が2センチくらい伸びる感じ。
本人は気づいていないけど、確実に伸びている。
私は考えに考えぬいた結果、いったん自分のチャックも全開にしてから声をかけるという結論に至った。
「開いてますよ」
(でも安心して……私も開いてますから)
ただ、風通しのいい二人になる。
海外では、「8時集合」の場合、
8時にシャワーを浴び始めるそうだ。
日本で8時集合は、7時55分集合を意味する。
伝説の超人気バラエティ『8時だョ!全員集合』(夜の8時から生放送)なんて、リハーサルのため当日の昼過ぎにはメンバーが会場入りしていたという。つまり、とっくに全員集合していたのだ。
日本人は時間を守るのではない、
先回りをする。
時間は、日本人に先回りされている。
たった五分で、人はほんの少しだけ“正しい側”に立ててしまう。
待ち合わせ場所には、家を出た時より少しだけ背が高くなった人が立っている、2センチくらい。
ほんの少しだけ、空気を上から吸っている。
正しさには、わずかな段差がある。
踏み外すほどではないけれど、確実に、靴底が変わる。
私はあれが落ち着かない。
だから私は、勝手にしゃがむ。
ときには、相手のファスナーの高さに合わせる。
私なら相手が遅刻した場合、
「じつは私も遅刻してます」
「大丈夫、私もいま着いたとこ」
と嘘を言う。
あるいは、
「おかげさまで、人体瞬間移動マジックの練習に励めます。やっと上半身だけ飛ばせるようになりました。いま到着されても下半身だけでご挨拶する羽目になってしまうので、どうぞごゆっくり」と。
責めたりはしない。
待たせた人・待たされた人の関係がしんどいから。
時間を守った人は、
なぜか少しだけ背が高くなる。
だから私は、
相手と同じ高さまでしゃがむ。
物理的には遅れることがある。
精神的には、
だいたい先に着いている。
怒りは、少し遅れて来てもいい。
