夫との距離感と、愛猫と、私のお肌。
わたしの夫は、いわゆる“攻撃型”ではありません。
怒鳴るわけでもないし、暴力もない。
どちらかというと、ASD(アスペルガー)的な特性が強い、とてもマイペースな人です。
だから最初は、自分が苦しい理由がわかりませんでした。
話が噛み合わない。
こちらの気持ちを説明しても伝わらない。
困っていることを訴えても、「で?」「何が問題なの?」という反応。
悪気がないからこそ、余計につらいのです。
でも、長年一緒に暮らしてわかったのは、
こちらがどれだけ疲弊しても、相手にはその疲弊が見えていない、ということでした。
「着いたよ」と言う夫と、空っぽになった私
ある休日のことです。
私が何気なく、「美味しい食パンが食べたいな」と言いました。
すると夫が、その言葉を覚えていて、少し遠くの人気店まで連れて行ってくれることになったのです。
そこだけ切り取れば、優しい夫です。
でも、その道中が毎回しんどい。
「こっちが近道」と言いながら細い道へ入っていき、行き止まり。
Uターンできずに右往左往。
時間だけがどんどん過ぎていく。
私は助手席で、だんだん無口になります。
「だから最初の道を曲がればよかったのに」
そう言いたくても、言えば機嫌が悪くなる。
あるいは全く話が通じない。
結局、私は黙るしかない。
やっとお店に到着した頃には、私はぐったり疲れています。
でも夫は達成感いっぱいの顔で、
「ほら、着いただろ?」
「いい店じゃない?」
と満足そう。
私の疲労も、イライラも、道中ずっと張り詰めていた神経も、存在していないかのようでした。
「わかってほしい」を諦めたら、楽になった
でも実際は、私が自分の感情を飲み込み、空よ気を壊さないように気を張り続けることで成り立っていた関係でした。
私は長い間、「夫にわかってほしい」と思っていました。
普通に会話したい。
少しでいいから共感してほしい。
こちらの疲れに気づいてほしい。
でも、その願いは少しずつ諦めに変わりました。
この人を変えることは難しい。
そう気づいてから、逆に私は少し楽になったのです。
今の私の望みは、とてもシンプル。
「平穏に暮らしたい」
それだけです。

疲れた日は、
「今日はご飯作れない」
と普通に言います。
昔の私は、それすら言えませんでした。
妻なのだから。
ちゃんとしなければ。
機嫌を悪くさせないようにしなければ。
ずっとそう思って生きてきたからです。
でも今は違います。
朝、夫を送り出して仕事へ行き、帰宅したあとは私の時間。
夕食の準備を終えたら、愛猫とまったり過ごす。
誰にも気を遣わず、静かな部屋で好きなことをする。
その時間が、今の私にとって何より幸せなのです。
60歳を過ぎて、もう一度「綺麗になりたい」
そして最近、もう一つ楽しみが増えました。
「自分のお肌を慈しむこと」です。
60歳を過ぎて、自分のお肌にお金をかけてみようと思いました。
実は、2度目の大病――甲状腺がんのあと、私は本当に疲れ切っていました。
顔が下がり、表情も沈み、今では仲良しになった友人から後になって、
「あの頃、ずいぶん顔が下がった人だなぁと思ってた(笑)」と言われたほどです。
その言葉はちょっとショックでしたが、「やっぱりそう見えていたんだ」と妙に納得もしました。
長年、私はずっと消耗していたのだと思います。
病気だけではなく、家庭の中でも。
だからこそ今は、“自分を回復させること”を大切にしています。
スキンケアをして、眉を描いて、鏡を見る。
「綺麗になりたい」
心の中で、何度もそう唱えます。
その気持ちが戻ってきたことが、私はとても嬉しいのです。
家庭という小さなコミュニティの中で、最低限の役割は果たす。
でも、それ以上に、自分の心を守る。
これからの人生は、
「我慢して誰かに合わせる時間」より、
「自分が心地よくいられる時間」を増やしていきたい。
今日これからの私は、
そんなふうに、静かに、自分を取り戻しながら生きています。
