清川だし——悪風と呼ばれる風のそばで
「日本三大悪風」というものがあると知ったとき、まず思ったのは風に善悪があるのか、ということだった。
風は風だろう。強いか弱いか、冷たいか温かいか、それだけの話じゃないのか。でも調べてみると、「悪風」と名指しされている風が確かにある。正確には「日本三大局地風」と呼ぶらしいが、土地の人からは昔から「悪風」とも呼ばれてきたという。山形県の清川だし、岡山県の広戸風、そして愛媛県のやまじ風。どれも特定の土地で吹く局地風で、その土地の人たちの暮らしに深く、ときに荒々しく関わってきた風だという。
清川だし(きよかわだし)は、山形県庄内地方の清川という場所で吹く強い局地風のことだ。最上川が庄内平野に出るあたり、山と山の間の狭い谷間を風が駆け抜ける。山から平野に向かって一気に吹き下ろすので、風速が増幅される。地形がまるで漏斗のようになっていて、そこを空気が押し込まれるように通り抜けるらしい。
「だし」というのは、山から海に向かって吹き出す風のことだそうだ。出す、押し出す、の「出し」だろうか。清川という地名がついて「清川だし」になった。名前だけ聞くと涼やかな響きだけど、平均で毎秒8〜12メートル、強いときには20メートルを超えることもある強風だという。しかも梅雨から夏にかけて、稲が穂を出す大事な時期に集中して吹く。
私は清川に行ったことがない。だからこの風を肌で知っているわけじゃない。でも、風速20メートルと聞けば想像くらいはできる。傘を差せば一瞬で壊れるし、歩くのも難しい。それが台風のように一過性のものではなく、その土地では梅雨時から夏にかけて繰り返し吹くのだとしたら、暮らしへの影響は相当なものだろう。ちょうど田んぼの稲が出穂を迎える頃、強風にあおられて穂が傷み、白穂と呼ばれる実らない状態になる。そういう被害が昔から繰り返されてきたらしい。
そういう風を「悪風」と呼ぶ気持ちはわかる。農作物が倒れる、屋根が傷む、外に出られない。生活を脅かすものを「悪い」と呼ぶのは自然なことだ。
でも、最近になって清川だしを利用した風力発電が行われているという話を読んだ。あの厄介な風を電気に変えている。悪風がエネルギーになっている。考えてみれば、風そのものは善でも悪でもない。ただの空気の移動だ。それを悪と呼ぶのは、人間の都合だ。被害を受ける側から見れば悪風だけど、風力タービンから見れば恵みの風だ。
こういう局地風に名前がついていること自体が、その風との付き合いの長さを物語っているんだと思う。名前のない風は、ただの強風で片づけられる。でも「清川だし」という固有名詞がつくということは、何世代にもわたって同じ風に吹かれ続けてきた人たちがいるということだ。名前をつけるというのは、ある意味で共存の証なのかもしれない。嫌だけど、ここにいる。逃げるわけにもいかないから、名前をつけて、付き合い方を考える。
台風には番号がつく。それは一過性のものだからだ。でも清川だしには名前がある。それは繰り返し来るものだからだ。一度きりの相手に名前はいらないけど、何度も向き合う相手には名前が必要になる。そのほうが覚悟を決めやすいんだろうな。
いつか庄内平野を訪れて、清川だしを実際に浴びてみたいという気持ちが少しある。悪風と呼ばれる風がどんな音を立てるのか、肌にどう当たるのか、自分の体で知ってみたい。そうしたら、「悪い風」というのが何を意味するのか、もう少しわかるようになるかもしれない。
出典
「清川だし(きよかわだし)」——山形県庄内地方の清川付近で吹く強い局地風(偏東風)。やまじ風・広戸風と並び「日本三大局地風」に数えられ、俗に「日本三大悪風」とも呼ばれる。主に6月を中心とした春から秋(4〜10月)に吹き、梅雨期にオホーツク海高気圧が優勢なときに顕著となる。オホーツク海方面からの気流が奥羽山脈の鞍部から最上盆地に流れ込み、古口〜清川間の最上川峡谷を溢流して庄内平野へ吹き下ろす地形性の風。平均風速は8〜12m/s、強いときには20m/sを超えることもあり、出穂期の稲に白穂現象などの被害をもたらす一方、近年は庄内町(旧立川町)で風力発電にも活用されている。
