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テキサスの攻防 前編

🌸 『第1話』
「……るい、まだ本当は怖いよね。ごめんね、あたしがもっとしっかりしてれば、レイプなんかに……」
隣町へのお使いの途中。ちまは、るいの身に起きた(と思い込んでいる)「事件」を反芻しては、暗い表情で地面を見つめていた。
そんな時、ふと顔を上げると、見覚えのある女性が立っていた。
「……あら! あなた、あの時の……ぷっ、くくっ!」
あの日、レディースクリニックで対応してくれた看護師さんだった。彼女はちまの顔を見るなり、あの日診察室のトレイに響いた「カラリ」という音を思い出したのか、吹き出してしまった。
「……えっ? 何、笑ってるんですか……?」
ちまは鋭い視線で看護師を睨みつけた。
「……親友があんな目に遭って、まだ犯人は捕まってないのに。……何がおかしいんですか!」
ちまのあまりに必死で純粋な怒りに、看護師は慌てて笑いを収め、居住まいを正した。
「……あっ! ごめんなさい、本当に……。そうよね、何も知らないあなただけが、そんな『目に見えない犯人』に怯え続けるのも、可哀想だわ……」
バスが停留所に止まり、二人は一緒に降りる。
並んで歩きながら、看護師は少し複雑な表情で、隣の「小さな正義の味方」を見つめた。
「ねえ、後藤さんだったかしら。……あの日のこと、本当のことを教えてあげましょうか? あなたの親友が、必死に隠そうとしている『真実』を」

🌸 『第2話』
「……いい? 彼女には黙っててね。あの『レイプ事件』は……狂言なのよ」
看護師の言葉に、ちまの思考はフリーズした。
「……え? でも、るいは部屋で、男に襲われて……」
「ううん。あなたに『見られた』のが、一番のパニックだったのよ。ぷっ、くくっ! ごめんなさいね……でも、彼女だってもうお年頃だもの。ひとりの時くらい、『自慰』くらい普通にするわよ」
「……えっ、じ、じい……?」
世間知らずなちまのために、看護師はスマホの画面を見せた。そこに並ぶ説明を読み進めるうちに、ちまの顔は茹でダコのように真っ赤に染まっていく。
「じゃ……あるいは……あの時、部屋で……」
「そうよ。大丈夫、ボールペンのキャップもそんなに深くには入り込んでなかったし。……あっ! しまった!」
看護師が口を押さえたが、もう遅かった。
「……えっ? キャップ……? ボールペンの、キャップ……?」
パズルのピースが、音を立てて繋がっていく。
あの日、診察室から出てきた看護師が震えながら渡してきた、あのプラスチックの塊。
自分が「犯人の証拠品」だと思い込み、涙ながらに受け取った、あの忌々しいキャップ……。
「……デリケートな問題だから、彼女には話しちゃダメよ? 約束してね」
看護師と別れ、一人バス停に残されたちま。
真っ赤な顔のまま、怒りか、恥ずかしさか、あるいは脱力感か……こみ上げる感情で肩が小刻みに震えだす。
(……るいめ〜〜〜っ!!! あんなに、あたしを泣かせておいて……!!)
「犯人を殺してやる」とまで意気込み、防犯対策に明け暮れ、毎日るいを気遣っていた日々が、巨大なコントのように思えてくる。
でも同時に、親友が「本当は傷ついていなかった」という事実に、心の底でほんの少しだけ、ホッとしてしまう自分もいるのだった。

🌸 『第3話』
「あ、ちま。いらっしゃい……」
トイレからお腹を押さえて出てきたるいは、少し気だるげな表情。
「生理でさ……。ちょっと重いけど、お薬飲んだから大丈夫。部屋に行こう?」
るいの後ろをついて歩きながら、ちまは彼女の背中をじっと見つめる。
部屋に入り、ベッドに腰掛ける二人。
「……無事にきて、よかったね」
ちまが努めて穏やかに、優しく声をかける。
「うん、まあね。クリニックでちゃんと処置してもらったし、そのおかげかな」
るいは、自分でも驚くほど自然に「嘘」を重ねる。あのボールペンのキャップが、まさか親友にバレているとも知らずに。
「そっかぁ……。うん、うん。処置、してもらったもんね」
ちまは深く、深く頷く。
(……あの『処置(キャップ除去)』のおかげだもんね。看護師さん、笑ってたもんね)
心の中では嵐のようなツッコミが渦巻いているけれど、ちまはそれを表には出さない。
「……るい、本当にお疲れ様。もう、大丈夫だよ」
ちまは、るいの手をそっと握る。
その握りこぶしには、真実を知ってしまった「重み」と、それでも親友を守り抜こうとする「覚悟」が、いつになくギュッと込められていた。

🌸 『第4話』
「るい、なんか落ちてるよ。……あっ、ボールペンの赤いキャップだね」
ちまがそれを指先でつまみ上げた瞬間、るいの顔から血の気が引いた。
(えっ……!? 嘘、なんで!? まさか、あの時の……!?)
「ほら、これ。……ちゃんと戻しなよ」
「あ……う、うん。なんでこんなところに落ちてたんだろ……。あはは……」
震える手でキャップを受け取るるい。その様子を、ちまは逃さず観察している。
(……そんなに動揺しちゃって。もう、るいったら……)
「るい、生理なら大変だね。今日はもう帰ろうかな?」
「だ、大丈夫だよ! 気にしないで!」
必死に引き止めるるいを見て、ちまは少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。
「そう? ……私にうつったりしてね」
「ははっ、そ、そうだね……」
「……実は私もそろそろなんだよね。最近、この辺がさ」
そう言って、ちまは自分の股のあたりを指差した。
るいの目が点になる。
(……え? ちま、今どこ指した? なんでそこ指したの!? まさか、何か知ってるの……!?)
ちまの瞳は、どこまでも澄んでいて、それでいてすべてを見透かしているような深淵を湛えていた。
るいは、冷や汗が背中を伝うのを感じながら、ただただ、赤いキャップを握りしめることしかできなかった。

🌸 『第5話』
「ねえ、るい。私、最近するんだよ。……自慰」
ちまの爆弾発言に、るいは心臓が止まるかと思った。
(えええっ!? あの、ピュアの塊みたいなちまが!?)
「るいは? するの?」
「う〜ん、そりゃたまにはね。あはは……」
(してるも何も、あんたに見られたし、病院まで行ったじゃない!)
るいの冷や汗に気づかないふりをして、ちまはカバンから**「赤いボールペン」**をスッと取り出した。
「ボールペン使うといいんだよ。ほら、これ」
「……えっ!? ちま、それ使ってるの……?」
「うん。でもね、最近ネットで怖い記事見たんだ。……中でキャップが取れなくなって、病院で処置してもらった子がいたんだって。大変だよねぇ」
ちまは、るいの目をじーっと見つめて、一瞬だけニヤリと笑った。
「私も気をつけよっと! あ、用事思い出しちゃった。帰るね! ……るいも、**『キャップ』**には気をつけてね?」
嵐のように去っていくちま。
残されたるいは、部屋の中で一人、金縛りにあったように固まっていた。
(……知ってる。あの子、絶対に全部知ってる……!!!)
顔面蒼白で、握りしめた赤いキャップを見つめるるい。
【続く】

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