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「ちゃんとした母親」をやめてみた

「ちゃんとした母親でいなきゃ」
子育てをしてきた中で、私はずっとこの言葉に縛られていました。

でも、ある時から少しずつ「ちゃんと」を手放してみたら、親子ともに、ずっと楽になったのです。

今日は、その話をします。


■ 「いいお母さん」と思われたくて、ママ友作りを頑張った

娘たちが保育園時代、私は「ママ友を作らなきゃ」と必死でした。
そもそも人見知りだし、会社や家のことで忙しい。
それなのに、家族ぐるみで休日も一緒に過ごす仲良しママグループを見ては、焦っていました。

「私も頑張らないと、子どもが仲間外れにされてしまう……」

今思えば、完全に思い込みでした(笑)。
無理して仲良くしようとするのは、やっぱり続かないんですよね。
でも肩の力を抜いた頃には、自然と声をかけてくれる数人のママ友ができていて、今でも時々交流しています。
頑張らなくても、ご縁は自然に残るものでした。


■ ピアノに、口出ししすぎた話

これは、私の子育ての中でも一番の学びになった出来事です。
実は私の母は、ピアノの先生でした。
私自身は、母に習うのが嫌で(親子だと遠慮なく怒られて、すぐ嫌いになるんです・笑)、ピアノを習っていませんでした。
でも中学生になって、友人が弾く姿に憧れて、別の先生のもとで5年弱習いました。
スタートは遅くて、そんなに上達はしなかったけれど、好きな曲が弾けるようになるのが、本当に楽しかった。

だから長女が「ピアノを習いたい」と言い出したときは、心から嬉しかったんです。
当時の住まいは4人家族なのに1LDKという狭さ。
それでも大画面テレビを小さいものに買い替えて、電子ピアノを置きました。
「毎日の練習が何より大事」と知っていたので、必ず練習させました。
最初は順調でした。
周りの子より明らかに上達し、コンクールにも出場するように。
でも、ある時から娘にとってピアノが「義務」になってしまったのです。
指は正確に動く。でも、感情を込めた演奏ができなくなった。
当時の先生からは、「お手上げです」と言われてしまいました。


■ 「口出し」をやめたら、娘が変わった

そこで、思い切って別の教室に変わりました。
新しい先生は、娘の演奏を褒めてくれました。
機械的なところには目をつぶって、いいところを伸ばしてくれたのです。
そして私も、練習に口出しするのをやめました。

ちょうど同じ頃、娘は学校の合唱で伴奏者に選ばれました。
一生懸命練習して、音楽の先生に褒められたことが、大きな自信につながった。
そこから少しずつ、娘はまたピアノを楽しめるようになりました。
今でも、楽しそうに弾き続けています。
私が「ちゃんとさせよう」と力を入れていたときより、手を放したときのほうが、娘はずっと伸びたのです。


■ お弁当も食事も、もう手放しました

ちなみに、手作りの食事やお弁当へのこだわりは、もうすっかり手放しました(笑)。
お弁当は長女に「バイト」としてお願いしているし、夕食もお惣菜で十分。
(あ、気が向いたときは頑張って作りますよ・笑)
それでも、家族はちゃんと元気に育っています。


■ 「ちゃんとした母親」より「ご機嫌な母親」

子育てをしてきて、つくづく思います。
完璧な母親である必要なんて、なかった。
ママ友がいなくても、子どもは育つ。
親が口出ししすぎないほうが、子どもは伸びる。
手の込んだ食事じゃなくても、家族は幸せ。

大切なのは、「ちゃんとしている」ことより、お母さんが笑っていること
「ちゃんとした母親」をやめてみたら、私も娘たちも、ずっと自由になれました。


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