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63.あの頃と同じように落ちているのに、何かが違いました

以前より生きやすくなった私ですが、実は2月と3月は、なかなか大変な思いをしていました。

もしかしてまた受診が必要なんだろうか?
とさえ考えたのですが、かつて抗うつ剤を服用していた頃とは、圧倒的に違う点がありました。

今回、体調とメンタルの大きな落ち込みを体験したことで実感した、昔の私との違いについて書いてみます。

2月と3月の状態

1月からかすかに感じていた疲労感

2月、3月は久しぶりにいくつものことが重なり、出かける機会も多くなって大きな神経疲労に。

いったい何年ぶりかと思うような、連日の無気力感と、メンタルの落ち込み

朝から体がつらい。
起き上がりたくない。
ひとりで家にいると、勝手にが出る。

消えてしまいたい気持ち。
自分の無価値感の再燃

これはうつの再発かもしれない、と疑いました。

でも、クリニックを探す気力もありません。

どうして今頃またこんなことに?
いくら考えても答えは出てきません。
もちろん、疲労が引き金にはなっていますが、もう何年もこんな状態にはなっていません。

救いは、やたらと眠れたこと。
昼寝をしても、夜もしっかり眠れていました。

だけど、何かが違う

何年もうつで通院していた経験のある私自身が、感じていました。

何かが違う

あの頃との違いはなんだろう。

私を見ている私がいる

このどうしようもなく苦しい状況を、ただ静かに見つめている私がいるんです。

随分つらくなっているな。
あの頃に近い状態だと感じているんだな。
何もやりたくないんだな。
無価値だと感じているんだな。

そんなふうに、ただ眺めている。

内容は書き出すとキリがないので、このくらいにしておきますね。

とにかく、私が私を見ているんです。

上からなのか横からなのか、ただ見ている感覚。

その存在のせいで、かつてのような暗い穴に落ちていかない

どこか落ち込みきれず、どこかネガティブに振り切れない。
不思議な感覚でした。


時々、別の私がこんなことを言います。

無価値でもいいよね。
子どものころから、そう感じながら生きてきたんだもん。

無気力でも仕方ないよね。
無理に何かしようとしなくていい。

そんなふうに、どっぷり沈みきらないまま、ゆっくり過ごしていました。


「こんなに休んでいたら怒られそう」

そんな思いも出てきます。

でも、怒る人なんて誰もいません
むしろ無理に動こうとすると、夫に止められます。

そのうち、動けない自分に対してイライラすることもありました。

ああ、動きたい気持ちもあるんだな。

そんなふうに、また私を見ている私がいます。

回復へ

そんな日々を過ごすうちに、少しずつ変化が出てきました。

昼寝をしなくてもよくなり、
遅れていた作業を少しずつ再開。

読書をしたり、日記を書いたり。

そのうち、仕事もはかどり出し、
好きなものを作ることも少しずつ再開

以前、夫に言われたことを、自然と守っている自分もいました。

動き始めるなら、好きなことから
疲れる前に切り上げる。
頑張らない

あらためて感じたこと

ふと、思いました。

何十年も抱えてきたものを、もう一度なぞっているような感覚だったなと。

でも、決定的に違ったのは、

落ち込んでいる私を、ただ見ている私がいたこと。

その視点があることで、
かつてのような深い落ち込みにはならなかった

むしろ、疲れている自分を、ちゃんと休ませていたようにも感じます。


こういう変化は、続けてきた「観察」と、つながっているように感じています。

無理にやろうとしていたわけではなく、
気がついたら、自然とそうなっていました。


今はもう、
どうしてあんなにネガティブに傾いていたのか、よくわからないくらい、
いつもの状態に戻っています。



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