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34.選択の結果は自分に返ってくると、自覚しておく

人生は選択の連続とよく聞きますが、実際その通りだなと思うんです。

今日着る服、夕飯に何を食べるのか、仕事を辞めるのか続けるのか等々、小さなことから大きなことまで常に選択の連続です。

その選択の結果は、自分に返ってくるのだと自覚するようになった話しです。

そもそも全てが自分の選択

何をどう選択するか、そこに絶対的な正しさはないと、私は思っています。

周囲のほとんどの人が反対していることを自分はそれがいいからと、選択するのも正解。

自分にとっては思いもよらなかったことでも、尊敬する人がくれたアドバイスに従うという選択をするのも正解。

自分がそうしたいからするのも、誰かに言われて嫌々選ぶのも、全て自分がそうすると決めて選んだことなんですよね。この意識が、過去の私にはありませんでした。

だから以前も、こんな記事を投稿していました。

もう少し突っ込んで書くと、私はこういうことを選択していたと言えます。

  • 私には選択肢がないという状況を選択していた。

  • 恐れから、自分では選ばないということを選択していた。

  • 私には選択肢がないけれど本当は自分で選びたいと嘆くことを、選択していた。

(こんなこと、当時の私に伝えたらかなり混乱すると思いますが)

師が教えてくれたこと

師がもうだいぶ前に教えてくれました。

全て自分が選択したことで、その結果はただただ受けとめるだけ。結果に良いも悪いもない。そこから学んで活かしていくだけ。
選択した自分を責める必要はない。人生は日々練習だから。

そういう内容の話しを聴いて、当時の私はハッとしました。

言われたとおりにするしかないと思い込み、そうしてきたことも全て、結果は私に返ってきていると、ようやく自覚したからです。

結果は、私が苦しくなり、私がうつ病になり…

自分のことなのだから結果が自分に返ってくるなんて、当然のことですよね。それを自覚できないほど当時の私は、恐れや不安から様々な思い込みに強くとらわれていたということです。

同時に、私にはいくつもの選択肢があったのだということも、理解したのでした。

全て自分の選択だったと気づいた私のその後

実は、すごく気持ちが軽くなりました。

多分、いつもいつも誰かのせいにしている自分を責めていたからだと思います。人を責める必要がないとわかったのでしょうね。

だからといって、それまでの自分の選択を否定する気はありませんでした。

うつ病も、苦しいと思いながら過ごしていた長い年月も、長年付き合ってきた体調不良も、今の私にとっては、とても大切な経験となっているからです。そこから多くの気づきがあって、学びがあって、私を成長させてくれました。そして今があります。

全てが自分の選択だと腑に落ちてしばらくは、迷うことがあるとこう感じました。
なんだか、自転車に乗る練習を始めた子どもの頃のようだなと。

フラフラ危なっかしいし、ちょっと自信なさげ。でも、自転車に乗る練習は、楽しかった。転ぶと痛かったし転ぶのは怖いと思ったけれど、夢中でやっていたし少しずつ進歩している手ごたえを感じるのは、嬉しかった。充実した時間だった。

そんな子どもの頃の体験を思い出したら、「そうか、選択もこういうことでいいんだな」と思えて、力が抜けていったのでした。

今となっては懐かしい話しでした。


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