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さわげ、かいじ“ゆう”のうた(2025/9/14 ukka 10th Anniversary Live vol.5 第2部 宮沢友プロデュースワンマンライブ ~ #ナナイロのアーチ ~)

ライブを見終えて、宮沢友は欲張りだなと感じた。

(※以下、敬称略で失礼します。また、ライブの内容や引用したメンバーの配信内容、そこからの解釈については記憶に基づく部分も多く、実際と異なる点があるかもしれません。ご容赦ください)

テーマは”なにかを彩る”

2025年、ukkaはデビュー10周年を迎え、7人それぞれがプロデュースを担当する定期ワンマンシリーズを展開している。これまで4回を終え、迎えたこの日が5回目。
今回プロデューサーを務めたのは宮沢友だった。
この企画を初めて聞き、前4回を演者としてステージに立った若干16歳の高校2年生は、自身のプロデュース公演ということに少なからずプレッシャーを感じたらしい。

この定期ワンマンライブが決まってメンバーが1公演ずつプロデュースしますと伝えられた時はもう不安しかなかったの、🥲

まだukkaになって2年も経ってない自分にプロデュースする資格があるのか、ファンの皆さんの気持ちを多分まだ分かりきれてない部分もありすぎて最高のライブができるのか、、、、

4月、5月、6月、7月と全ての公演が大好評だったからこその自分的にプレッシャーもあって、、、

ukka公式ブログ「ゆうのきょーゆうタイム」

『ナナイロのアーチ』――今回のライブタイトルは、前回7月のワンマンライブのラストで正式に発表されたものだ。
観客がその言葉を初めて耳にした時点では、すでに宮沢友の頭の中にはぼんやりとした構想があったはずだ。

けれど、そのコンセプトにたどり着くまでには、意外な助走があったそうだ。
後日の振り返り配信によれば、さかのぼること4月、宮沢友の父が「勝手に/先んじて」ライブコンセプト案をまとめたファイルを家族LINEに送りつけてきたという。
タイトルは「宮沢友プロデュースワンマン提案」。

商談資料のように整えられたというその中には、「ピクニック」というような複数のコンセプトに混じって「光彩」とメモされた項目があり、宮沢友はそれを見て、「ライブに色を添えられたらいいな」「7人だから虹がかかる演出を入れたいな」と感じたそうだ。
そこから発想が広がり、モノクロの世界が少しずつ色づき、最後に虹が架かる物語へと最終的にライブは形作られることになる。

ちなみに、タイトルが決まった経緯もユニークだ。
宮沢友はChatGPTに「ライブタイトルを20案考えて」と投げかけ、そのリストの中から「ナナイロのアーチ」を選んだのだという。
父の企画書を出発点にしながら、AIの力まで借りてしまう――そういうところが、いかにも今どきで、そして彼女のなんでも取り入れてやろうとする少し“欲張り”な側面が垣間見えた。

つまりこの公演は、父から娘へと差し出された小さな“いたずら”のようなファイルが出発点となり、生まれたステージでもあった。

duoに巣食う怪獣を見ながら

この日の自分は、一連の定期ワンマンの中で一番と言っていいほど、特段の気負いがなかった。
1部のfishbowlとの対バンが熱気と多幸感にあふれていて、それを堪能したあとの整理番号は300番台。もしかすると1部でかなり満足し切ったというのもあるかもしれない。
いずれにせよ、ファンクラブ先行なのにこの数字なら、前方を狙うのは早々に諦めがつく。
「まあ後ろでいいか」と思いながら、開演ギリギリに渋谷duoのフロアに入った。

その時点でもちろん前方はすでに埋まっていて、自分が立ったのは最後方センター。
duoには、視界を遮る太い柱がフロアの中央に2本そびえていて、ステージ全体を見ようとすれば、後方にも林立している柱に体を預けるがごとく滑り込むくらいしかない。
後方に段差があることもあって、この会場ではいつも、前と後ろに、左と右とに線を引かれてしまったような感覚がある。
まるでゴジラの太い足にしがみつくかのように、視界をどうにか確保しようと首をこまめに動かしながら、ライブを待つ。

ステージを一瞥して抱いた感想は、「うん、いつものukkaのワンマンだな」。
ステージ上に凝ったセットが設けられているわけでも、明らかにそれとわかる特効が仕掛けられているわけでもない。
事前にタイトルしか知らされておらず、そこからはコンセプトを想像することもできないまま、ただ開演を待っていた。

君らしく行け

会場に入ったとき、ちょうど流れていたのは私立恵比寿中学の『YELL』だった。
開演直前に入場したこともあり、流れている曲をひとつひとつ確かめる余裕もないまま、「今なにがかかってるんだろう」と意識が向いたときには、同じエビ中の『COLOR』に切り替わっていた。
「エビ中曲やけに多いな」――その程度の感想をぼんやり抱いたところで、場内が暗転し、ライブが始まった。
あとで配信を見返して、この開演前SEにもきちんと意味があったと知るのだが、それは巻末にまとめておくことにする。

セットリスト

M0. We are...
M1. 急なロマンティック
M2. コズミック・フロート
M3. オスグッド・コミュニケーション
M4. アフタヌーン・グラフィティ
M5. AM0805の交差点
M6. WINGS
M7. 透明
M8. リボンのひみつ
M9. ウノ-ウノ
M10. グラジェネ
M11. ねぇ、ローファー。
M12. まわるまわるまわる
M13. Viva La Vida
M14. Rising dream
M15. Aonity
M16. エビ・バディ・ワナ・ビー
M17. ラブパレード
M18. Overnight Rainbow
M19. Re:RAY

ENCORE
EN1. タリルリラ
EN2. それは月曜日の9時のように
EN3. リンドバーグ

1曲目が「急なロマンティック」だった衝撃

暗転と同時に、スクリーンに映し出されたのは都会の喧騒だった。
東京の遠景を、引きの映像で数十秒。テロップもナレーションもなく、ただ無機質に流れていく。
その意図はわからなかった。正直なところ、ふわっとした気持ちに戸惑いまじりで、始まりを待つ。

映像が途切れると、聞き慣れたoverture『We are...』が鳴りはじめた。
その音とともにメンバーが一人ずつ登場してくる。
身にまとっていたのは、7人体制になって初めてのお披露目衣装。シルエットの統一感と、少しの懐かしさを湛えた姿だった。

やがて音が切れ、ほんの一瞬の無音が訪れる。
メンバーがそれぞれの立ち位置に散らばり、張りつめた空気が会場を覆った。

『急なロマンティック』の一声目が、会場を震わせる。
その意外な選曲に、ちょっと身体が後ろのめりになったのを覚えている。
“ロマンティック”というタイトルに、少し前時代的なディスコ的なサウンドは、7年前、前身の桜エビ〜ず時代の楽曲で、ここ一年ほどはライブでもご無沙汰だった。

村星「レコーディングのときに特に言われたのは「音程よりニュアンス」だよね」
芹澤もあ「言われた!!」
村星「でもニュアンスが難しくて、要望に応えられないことは多かった気がする……」
茜空「私はニュアンスのほうが得意かも……」
村星「そう、人によって違う」
水春「そもそもディスコ、知らないしね。画面で見る世界だから」
茜「部屋を真っ暗にして、音楽だけ聴いて、目をつぶって想像しました」

2018.3.22 STARDUST WEB インタビュー記事
「桜エビ~ずとは”熟年夫婦”である」より

間奏のソロダンスを、センターで”キメキメ”に踊る芹澤もあ。
ふと、キネマ倶楽部の生誕ソロライブで、「Disco!」のブレイク音とともに『LOVEマシーン』をひとりで歌い踊る姿を思い出した。
あまり普段言われることはないけれど、芹澤もあの曲ごとに瞬発力を持って表現できる”ニュアンス”は、自分は大好きだ。

@moa_serizawa

みんなが好きなモーニング娘さんの曲はー?もあはDo it!Now!!#sjk #jk2 #06 #fyp #おすすめ #モーニング娘 さん #loveマシーン

♬ LOVEマシーン(updated) - モーニング娘。

数日後に、宮沢友の振り返り配信を見てようやく気づく。
この冒頭からが芹澤もあを主役に据えたブロックの幕開けで、間奏のダンスもアレンジされ、彼女が会場を操るように動く姿を際立たせる仕掛けだったのだ。

16歳のプロデューサーのねらい

宮沢友は、この公演で「自分が主役になるのではなく、一人ひとりを浮き上がらせたかった」と語っていた。
そのため、まず全メンバーの印象を紙に書き出すことから始めたという。
「りじゅちゃんは女神、少し天然」「もあちゃんは思いついたら即行動、ギャルマインド」――そんな言葉を並べながら、どうすれば各メンバーの“最強なところ”をステージで輝かせられるかを考えた。

彼女はそれを「フィーチャー(feature)」ではなく、「フューチャー(future)」と呼んでいた。
単なる言い間違いなのだけれど、不思議としっくりきてしまう。そこには「未来につながるように」というニュアンスまで勝手に含まれてしまうからだ。
そういう“言葉の欲張り方”も、宮沢友らしい。

だからこそ歌割りの大幅な変更だけでなく、曲間のちょっとした仕掛けやソロダンスなど、メンバーの個性を浮き彫りにするための工夫が散りばめられていた。
冒頭の芹澤もあブロックは、その最初の実践例だった。

芹澤もあ――黄色から始まる虹の7色

『急なロマンティック』の余韻を残したまま、『コズミック・フロート』〜『オスグッド・コミュニケーション』へとつながる流れは、ライブ開始から予想を裏切られる流れだった。

その場ではぼんやりと「芹澤もあが引っ張る時間なんだな」と思っただけだったが、振り返り配信で全貌を知る。
ここぞの場面では、照明が(芹澤もあのペンライトカラーの)黄色に統一され、ダンスの振りも意図的に組み替えられていたのだ。
明るさとリズム感を“これでもか”と押し出すことで、彼女が持つエネルギーを最初に爆発させる狙いがあった――宮沢友がそう語るのを聞いて、ようやく自分が体感した空気の正体を理解した。

茜空――音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。

続く『アフタヌーン・グラフィティ』で、少し雰囲気が変わった。ukkaに改名後の「青春小節」路線の楽曲には、やはりライブでの”お馴染み”感がある。
続く『AM0805の交差点』では、間奏で茜空のソロダンスが披露された。あとで配信で披露されたところによると、この間奏でのダンスは、茜空自身が振付を考えたという。
ライブでかすかに記憶に残っているのは、ステージ中央に立つ彼女の輪郭が、照明に切り取られて揺れる、いつもの指先にまで集中力がみなぎっている、彼女らしい動きだった。
ただ「らしいな」と思うだけだったが、あとで配信を見て、あれが宮沢友の“長年の夢”だったと知る。いつか空に振り付けをしてほしい――そんな願いが、この一瞬で叶っていたのだ。

村星りじゅ――10年を背負う女神

その後の空気を引き継いだのが、村星りじゅだった。
『WINGS』では、村星りじゅの声では聞きなれない「一つまた一つこの翼を染めていく」のフレーズが、『透明』では終盤のパートの殆どが彼女に割り振られていた。

この2曲が終わり、一瞬の間があった時に、たまたま横にいた古くからの村星りじゅ推しに思わず言ったひとこと。
「今日やけにりじゅパート多くありません?」

この時点でも全く、宮沢友の狙いがブロックごとにメンバーをフィーチャーするというところには気づいていなかった。
ごくごく正直なところを言うと、
「え? これは村星りじゅ卒業公演ってこと?」
そんなことまで思ったほど、とにかく、この2曲の村星りじゅの声の芯の強さ、言葉を文字どおり“翼”に変える力は素晴らしかった。

宮沢友があとで語っていたのは、りじゅを「女神」と表現していたことだ。10年という歩みの重さを、その歌声に託したかったと。
ライブのねらいまで把握できなかった自分にとっても、その思いはきちんと伝わっていた。

このブロックの終わりに、スクリーンには“街が少しずつ緑に彩られていく映像”が映し出された。
虹へと至る長い道のりの、まだ半ば。
色のグラデーションが、次の展開を予告していた。

葵るり――帰ってきた”ukkawaii”

思わせぶりな街の映像の余韻をぶち壊すかのように、スクリーンに現れたのが、葵るりの静止画なのに”圧が強めの”告知だった。

前回7月の定期ワンマン”ukkawaii world?!”の続編がいきなり始まったかと感じるくらいには、一気に彼女が場の空気を持って行った。

ここからは皆さんお待ちかねの撮可タイムです。
でも、るりちゃんが「いいよー」って言うまでは撮らないでくださいね。
みんな、ukkaのこと、るりちゃんのこと、可愛く撮ってね〜

人工甘味料の甘さに、2ヶ月ぶりの胸焼けと懐かしさが同居する。
この時点での最新曲『リボンのひみつ』は、個人的にはいまのところ「とても変な曲」という印象を持っている。

真顔と、どこかしら作ったようにも感じられる笑顔が交差しながら「リボンでギュッとしたい」と連呼する歌詞に、えもいわれぬ軽いサイコパス感を受け取ってしまうのは自分だけだろうか? 強靭な意思を持ったマリオネットというか…
(いや、今のところですよ…)

マイクにつけられていたリボンは、あとで知ったことだが、友の母親の手作りだったという。
舞台裏の細やかな愛情が、ステージにそっと忍ばされていた。

続く『ウノ-ウノ』では、ukkawaiiが遊び心と結びつく。
間奏で“スーパーるりちゃんタイム”と呼ばれるパートが挟まれ、葵るりの仕草やポーズがクローズアップされる構成になっていた。大げさに盛り上げるというより、葵るりのらしさをそのまま浮き上がらせるような仕掛けだった。

若菜こはる――学生時代のあの頃

嵐のような甘ったるい時間は過ぎ去って、雰囲気はガラッとかわり、『グラジェネ』のイントロが流れた。

「グラデーション ジェネレーション ゆるやかなカーヴ」の茜空パートに、浮遊感が漂う。

短い間奏ののち、いつの間にか、ukkaのメンバーはピンクのポンポンを掲げていた。
芹澤もあの提案だったと後で配信で聞いて知ったが、ステージがひとつの「ピンク色の塊」となって、虹の中にukkaという存在がしっかり位置づけられていた。
たぶん、このときの感情は、今後のどのライブでも味わえないかもしれない不思議なものだった。

『ねぇ、ローファー。』へ続く。
この歌の冒頭パートは、ずっと茜空が担ってきた。
そのパートを歌い始めたのは、若菜こはるだった。そして、若菜こはるはAメロをすべて歌い切った。

まだ大人ではないのです

ukka『ねぇ、ローファー』

素晴らしかったな。
この日一番印象に残った一瞬をあげろと言われたら、この曲の若菜こはるのこの歌唱をあげたいと思うほど。
やわらかな歌声と、丁寧かつ正確なピッチ。

続く『まわるまわるまわる』までが、若菜こはるフィーチャー曲だったという。
「楽しみすぎる日、その前夜みたい、ずっと続けばいいなって」
をこはるがソロで担い、その直後に疾走していく「わかるよわかるよ」以下のパートを茜空とのデュエットで歌う。
ふたりの声が重なった瞬間、確かに“絆”という言葉が浮かんできた。

結城りな――情熱のロンダート

『Viva La Vida』からが結城りなのパートだったという。

かつて小学生の頃、「なんの役に立つんだろう?」と思いながら覚えさせられた「セキトウオウリョクセイランシ」の呪文。虹の7色の順番で、真っ先に出てくる色が「赤」だった。

結城りなには、やはり「赤」が似合う。
ちょうどひと月前、応援席が赤色に染まった今年のSASUKE予選。競技の合間合間に、丁寧に笑顔を振りまく姿がまだ記憶に新しい。緊張感に包まれた会場の空気を一瞬で和ませるその「赤」は、単なる色彩ではなく、彼女が持つ人懐っこさと情熱の象徴でもあった。

その彼女が、ステージ上で“赤”を背負った瞬間、場内の空気は一変した。
『Rising dream』のイントロから観客を煽り、会場の熱気を一段と引き上げる。声の張り方、手の振り方、そのひとつひとつが炎のように客席へと伝播していく。「情」と「熱」という二文字がこれほど似合う存在は、やはりメンバー随一だ。

そして間奏。
結城りなはアクロバット――片手ロンダートを繰り出した。
重力をものともしないようなその動きに、客席から大きな歓声が沸き起こる。
あとで配信を見て知ったことだが、あのアクロバットは宮沢友の「どうしても見たい」というリクエストに応えてのものだったという。リハーサルでその姿を初めて見た宮沢友は「恋した。普通に恋した」と言葉を失ったと話していた。プロデューサーとしての計算を超えて、一人の人間として衝動に打ちのめされる――その一瞬を、結城りなが生み出したのだ。

結城りなには、やはり主人公の立ち回りが似合う。
彼女が“赤”を背負ってフロアを掌握した時間は、今日の虹のスペクトラムの中でも最も眩しく、熱を帯びた輝きだった。

宮沢友――絵の具で塗りつぶした一面のオレンジに

その熱気を赤からオレンジに引き継いだのが、『Aonity』だった。ここからいよいよ宮沢友自身の“フューチャー”ブロックが始まる。

当初、彼女は自分をどう扱うかで迷っていた。
「自分が主役になるべきなのか、それとも裏方に徹するべきなのか」。
リハーサル段階では特に演出のアイデアがなかったという。
その葛藤に対し、ダンスの先生から「もっと目立ちなよ」と背中を押され、落ちサビでお立ち台に立つことを決めた。
さらにメンバーから「こはるのパートも歌ってみたら?」と薦められ、若菜こはるの歌パートを引き受けることになった。
「言ってくれてありがとう」と、あとで彼女は語っている。
先生と仲間に背中を押される形で、自分のブロックがようやく輪郭を持ったのだ。

落ちサビでお立ち台に立ち、声を響かせた瞬間、Duoのフロアは一面のオレンジ色に染まった。

青くて 何が悪いんだ
紺碧の空 思わず仰いだ

ukka『Aonity』

宮沢友がリスペクトしているアイドルグループのひとつに、yosugalaがある。パフォーマンスの端々に彼女たちの表現を取り入れたいと語る彼女が作り出した、このオレンジの景色には、音と色を結びつけるような力が宿っていた。
ふと、yosugalaの『canvas』で汐見まといが独唱パートを担う瞬間を思い出す。色彩と声がひとつになるようなその歌声と、このステージに重なるものが確かにあった。

後方から眺めても、その光景は鮮烈で、巨大なキャンバスに一気に絵の具を塗り込めたようだった。

しかもこの時、振付のフォーメーション上、他のメンバーは後ろを向いていた。観客を見渡せたのは宮沢友ひとり。
彼女が「あの景色は独り占めだった」と語ったのはそのためだ。
けれど同時に、「GoProで撮ってみんなと共有したい」とも話していた。独占と共有、その両方を欲張るあり方こそ、宮沢友らしい。

照明のオレンジと観客のペンライトのオレンジが重なり合う中で、彼女は確かにひとりの主役であり、同時に6人を背負った仲間でもあった。

続く『エビ・バディ・ワナ・ビー』
7人が揃い、色とりどりのペンライトが客席に広がる。
赤からオレンジへ、そして虹色へ。ライブが完全に彩られたことを告げるような時間だった。

週末雨上がって 虹が空で曲がってる

オープニングから連なってきた都会の喧騒の映像は、雨上がりとともに虹に彩られた風景へと変わって短く差し込まれた。

『ラブパレード』で、一度袖に引っ込んだメンバーが、それぞれのカラーのペンライトを手にステージに飛び出してくる。
色とりどりの光が揺れながら一箇所に集まっていくように見えた。まるで虹の根本が少しずつ形を取り始めるようで、ステージ照明を絞り込むことでペンライトの美しさがより際立った。

そしてこの公演のエンディングテーマとして選ばれたのが『Overnight Rainbow』。
この楽曲は7人体制としての初の新曲であり、披露されるのも久しぶりだった。
しかも、この日にまとっていたのは、7人体制になってから最初に仕立てられた衣装。宮沢友にとっては、ukka加入後に初めて与えられた「新しい衣装」でもある。
だからこそ彼女は「この衣装で『Overnight Rainbow』を聴いてほしい」と願っていた。
この曲をこの衣装でまだ見ていない人が置いてけぼりにならないように――そんな配慮が込められていた。

演出は緻密だった。メンバー全員が一度ペンライトを消し、やがて――もあ、空、りじゅ、るり、こはる、りな、そして友の順に一本ずつ光を灯していく。
後方から見ていても、その7本がつながり、大きな虹が架かるのが鮮やかにわかった。
配信で知ったことだが、この順番は各フューチャーブロックの流れに対応していて、全員で何度もカウント練習を重ねて臨んだという。

虹は偶然ではなく、綿密な設計とメンバーの献身によって完成したのだった。



そしてラスト、初披露となった新曲『Re:RAY』。
(※この新曲『Re:RAY』については、前エントリーで綴った。ここでは多くを語らず、この日を閉じる最後のピースとだけ記しておく。)

未来への確かな約束を告げるこの曲で、公演は一本の物語として締めくくられた。

だから、宮沢友が言い間違えた「フィーチャー」ではなく「フューチャー」――未来につなげるという意味にこそ、この夜が回収される。
一人ひとりの光を浮かび上がらせ、それを束ねて虹に変え、未来へ手渡していく。
この“欲張りなステージ”は、確かに「フューチャー(未来)」の名にふさわしいものだった。

アンコール――お前が一番

アンコールを求める手拍子が鳴り響き、ステージに再び7人が戻ってくる。

最初に届けられたのは「タリルリラ」だった。
普段ならこの曲のイントロでマイクを握るのは茜空の役目だが、この日は宮沢友が観客に話しかける。
「聴いてください、タリルリラ〜」
会場は解放的なムードに包まれ、輪が広がっていく。

そして、2番に差しかかる前。
この曲ではいつも、ソロパートを担う若菜こはるに合わせて、ここで客席から「お前が一番、こはるー!」というコールがかかるのが恒例だった。
だが、この日のこはるはマイクを握りしめ、少し溜めてから口を開いた。

「今日はあ、私の同期をっ!」

その言葉に呼応するように、会場全体から怒号にも似た声が轟いた。
「ゆうちゃーんっ!」

同期からのバトンを受けた一言に、フロアは一斉に反応した。
それは単なる掛け声ではなく、今日という日に“プロデューサー”としてステージを作り上げた宮沢友に、観客が全身で贈る祝福だった。

「お前が一番」という言葉の本来の使い方を超えて、その瞬間だけは、宮沢友がまさしく“お前が一番”の存在としてフロアに刻みつけられていた。

続く『それは月曜日の9時のように』では、客席にサインボールが投げ込まれる。
観客の距離を一気に縮める演出で、ボールを追いかける視線が交錯し、前も後ろも関係なく笑顔が混ざり合う。
配信で宮沢友が「あのときは愛をぶつけ合ってる感じだった」と振り返っていたが、その表現がぴたりと当てはまる。

そして、アンコールラストの曲は「リンドバーグ」。
イントロが流れた瞬間、場内の熱気は最高潮に達した。
宮沢友にとって「リンドバーグ」は特別な曲だった。ukkaとして初めて立ったワンマンライブのとき、彼女は「とにかく名前を呼んでほしい」と願ってこの曲に挑んだという。
あの日と同じように、いや、それ以上に、この夜はいちばん多くの「ゆうちゃーん!」の声がステージに飛んでいた。

あとがき

渋谷duoのフロアは、いつも柱が前後左右を分断している。
今回のコンセプトの出発点も、世代の違う父親からの「勝手な」企画書だった。
あるいは宮沢友自身が「まだ加入して1年ちょっとの自分に、大役が務まるのか?」という不安があったこと。
このライブには、もともと“分かたれる要素”がいくつも散らばっていた。

けれど宮沢友は、それらを一つの物語にまとめあげた。
その象徴のひとつが、ステージ上(真ん中と両端)に設置され3つのお立ち台だった。それは演出のためだけでなく、柱で視界が遮られる後方の観客にも「見える」ようにする工夫だったという。

分断をただ避けるのではなく、むしろ工夫を重ねて“特別な体験”に変える――その“欲張り”なやり方は、だからこそ強烈に印象に残る。
柱の向こうも、世代の差も、自身の不安も、最後には虹の中に抱き込む。
その“欲張り”なやり方は、だからこそ強烈に印象に残る。

今年に入り、16歳の誕生日を迎えた直後のリリイベ(2025/3/2)では、特別企画としてソロでカバー曲を一曲だけ披露する場面が設けられた。
そのとき宮沢友が選んだのは、Vaundy『怪獣の花唄』だった。
宮沢友がこの曲を選んだ気持ちは、推しはかりようがない。
けれど、この歌が描くのは、過去の自分と未来の自分、そのはざまで足を止めた主人公が、もう一度“まっすぐに夢を語る姿”を取り戻そうとする物語だ。

落ちてく過去は鮮明で
見せたい未来は繊細で
すぎてく日々には鈍感な君へ
ねぇ、もっと 騒げ 怪獣の歌

Vaundy『怪獣の花唄』

失われていくものを悔やみながらも、未来への憧れに震える。
そのせめぎ合いの中で、衝動を爆発させる“怪獣”のような自分を肯定する歌。

ティーンエイジャーをひた走っている宮沢友の姿と、この歌詞が響き合っているように思えた。
彼女の内にある“怪獣性”――無邪気さ、衝動、そして貪欲さ――が、あの夜「ナナイロのアーチ」という虹を架けさせたのだ。

父からのアイデアを出発点に、彼女は虹をかけた。
不安を抱えながらも、自分以外の6人の推しを預かり、仲間を輝かせ、最後には虹を描く。
その姿はまるで、『怪獣の花唄』が象徴する「無邪気な夢の衝動」をその場で取り戻しているようだった。

「ドヤ顔してください」

あの虹を前にして、宮沢友の“欲張り”を賞賛せずにはいられない。
そしてその欲張りにつきあうように、このnoteもここで締めずに終わらせたい。
宮沢友が配信やブログで語っていたことのうち、本編には収めきれなかった細部を、巻末付録としてまとめておく。
そこまで含めて今回の「ナナイロのアーチ」だと思うからだ。

素敵なライブをありがとうございました。


【巻末付録】「ナナイロのアーチ」のひみつ

(後日、追記します)

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