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ひとりでいてもいいと自分に許可を出していく/桝元つづりさんの数秘7の解説より

昨日はなんとなくThreadsを眺めていると桝元つづりさんの数秘の話が目に入りました。僕は基本的にら占い全般に関心があります。

それは自分自身って何者なんだ?
どんな人間なんだ?

ということを探求したいという好奇心から占いや心理について関心があるのだと思います。

数秘も桝元さんの数秘では

LP(考え方の癖)
D(行動の癖)
S(言動の最終目的/心の元氣)
P(周りからの印象)
M(30代後半から追加される特性)
B(考え方の補助/お助けキャラ)


この6つの要素に分けられるそうです。
僕はLPとSが『7』でした。
7の解説を読んでいると、説明を読む前からこれは自分だ〜と思えることがたくさん書かれていましたが、読んでいるとハッとする一文に出会いました。

それは数秘7が生きやすくなるポイントという項目のところでした。
以下、引用します(引用元はこちら

本質は優しいため気は使おうとしますが、数秘7が無理に人に気を使うと逆に変な空気が漂ってしまったり、毒舌をやめようと思うと妙にねちっこい言い回しになってしまったりすることも多いです。

「わかってもらえる人だけわかってくれれば良い」で良いのです。わかってくれる人がいなければひとりで居てもいい。その勇気が持てるようになると自分の追求したいことに没頭できる時間も増え、そんな生き方をしている数秘7が良い、という人たちが集まってきて、本当に関わりたい人とだけ関わっていけるようになり、生きやすくなることが増えてきます。

マンガ数秘らぼ 数秘7の特徴や性格、あるあるを徹底解説/桝元つづり

こちらの文章に丸ごと当てはまっておりまして、まず僕は結構、氣を遣う方なんですが、悲しきかな氣を遣ってしたことはあまり感謝されない(期待されていなかったり、何なら迷惑な)ことが多く、逆に氣を遣わずになんの氣なしにとった行動や言動が感謝されることが多かったです。

この感謝されるというのも不思議でして本人が忘れている頃だったり、あるいは忘れていることを「実はあの時こうでああで⚪︎⚪︎⚪︎」と話されるので僕としては忘れていたり、覚えていなかったりで「あぁ……そうですか〜」と他人事のような感じになってしまうのです。

感謝されているので嬉しいはずなのですが、全くそれが自分とは思えないので、誰か他の人がしたことのような氣もちになるのです。

順序が逆になるのですが笑、
今回いちばん話したかったのは、

分かってくれる人がいなければひとりで居てもいい。

この言葉です。
理解してもらうことを諦めることにも聞こえて、ネガティヴな意味にも取れそうですが、僕はこの言葉にとても勇氣づけられました。

「そうか、ひとりで居てもいいんだな。無理に理解してもらおうとする必要って無かったんだな。自分自身にもっと集中すれば良いんだな」

そう思いました。

思い返すとパートナーさんが心屋に魔法の言葉で解放されても『ひとりになってもいい』という言葉でした。

僕の中で何故この言葉が響いたのか?定まっていませんが、きっと、

人に分かってもらえない自分=自分は愛されない人=分かってもらえる人だけが愛される人。

という書き出してみると謎の構図が自分の中では真実として成立していたのだと思います。

だから、みんなに分かってほしかったし、ひとりになることが怖かった。そんな自分の姿が見えてきたように思います。

この文章を読んでから、不思議と積極的にひとりになっていいんだと思える自分がいます。

今まで分かって欲しくてたまらなかったのに真逆のことを受け入れて始めている自分がいることに驚いています。

翌る日はまた受け入れて欲しがる自分が顔を出すのかも知れませんが、この感覚を大切にしたいと感じています。

p.s.
この毒舌の話も当たっています笑
結構、辛口な自分がいて、それを隠そうと表現するとかえって、ねちっこい表現をしてしまうとはまさに私のことです笑

このねちっこさと言うのは、きっと僕の文章を読んでくださっている方は無意識に感じとっておられると思うので、これからは隠さず毒舌な自分(ハッキリと主張すべきと感じたときは言う)を出していきます笑

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