追い付けず追い越せず
編み掛けのセーター
何年もパーツのまま
片袖編めば
後は接(は)ぐだけなのに
縫い掛けの裾
まつり縫いの長い旅路
黒い制服
黒い糸の暗闇道中
老眼鏡を友として
やっと終わってホッとする
ビーズ細工のお姫様
ワイヤーの細さ
ビーズの細かさ
あの頃の視力
come back
眉間の縦皺
深くなる夜
こんなにも
手芸が好きなのは
母の影響
生きている内に
何一つ母の完成度に
敵うものは出来なかった
編み物の完成の早さに
挑んだこともあったな
それも遠い昔に
とうとう勝てなかった
編み図に頼らず
洋裁を応用して
感覚で編み進み
後ろ身頃でたった一目の
編み違いが
どうしても許せないからと
すでに完成したセーター
にも関わらず
跡形もなく
ほどいてしまい
私が会社から帰ったら
次の新作じゃなく
振り出しに戻って
いくつかの
毛糸だまになっていて
ぶったまげた Σヽ(゚Д゚; )ノ
その頑固職人みたいな
あの気質には
強烈な拘りがあった
祖父のことは詳しく知る前に
他界したので
定かではないのだが
母は祖父に
とても良く似ていると聞いている
祖父は祖母の煮物の味が
「薄い」と言い
「煮直せ」と言ったそうだ
明治時代の男性は
そんな感じだったみたいだ
祖母は
「作って文句言われるのは、
割に合わないから作らない」
そう言って作らなくなったという
祖父はお祭りの料理を
任される役目に
付いていたらしく
それだけに味にうるさい人
だったのだ
母がネギぬたを作って
祖父に食べて貰ったとき
「辛子が利いてねぇな」と言われ
母は
「私の亭主が旨いって
言ってるんだから、
それで良いんだ!」
とそのまま直さずに置いた
そういうところ
ホントに良く似ている
そして
母曰く
祖母は決して料理が
下手な訳ではなかったという
なのに何でそういうのかな?
と素朴な疑問がわく
いつの世も理不尽なことはある
家族には厳しい人もいる
そう言っても許されるという
甘えも有ったのかも
受け止める側は
なかなかしんどいものだけど
それでも祖父母の仲は
良かったと思う
私が小学1年の秋に
祖母は他界しているが
祖父は母に
こうこぼしたという
「俺は、おっ母の後手を食った」と
妻に先立たれてしまった
喩えにそう言ったのだろう
そんなものなのかもしれない
祖父は祖母の居ない寂しさを
野菜作りや筍掘って孫達(私達)に
背負って歩いて届けてくれたりして
紛らせていた
晩年
じゃがいもを畑に
這ってやっと植えたと
言っていたのを思い出した
「そこまでしなくても、
買えば良いよ」
母はそう言ったそうだが
多分
そういうことでは
なかったのだろう
祖父が受けた人生最大の
精神的ダメージがあったとき
憔悴しきって
「俺は気が変になりそうだ」と
こぼしたら
祖母は
「父ちゃんが今、
しっかりしないで、
どうするんだいっ!」
と一喝したという
それで目が覚めたんだと聞いた
いざとなれば
祖母の支えがどれだけ強いものか
私も半世紀以上生きて
そういう夫婦の在り方が
分かるようになってきた
一昨日は母の日で
何故か記事を書きながら
母と母方の祖父母を
思い出したから
近々 祖父母の墓参に
行って来ようと思う
🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶
今回のヘッダー画像は
123ribbonさんの
素敵な手編みのセーターの
写真を拝借させて頂きました✨
ありがとうございます🍀
🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶🧶
血脈の
たしなみいつか
色褪せる
でも温もりは
今此処に在る
私とは
幾千の時
さかのぼり
見たこともない
先祖(だれか)の鏡
