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スパゲッティと、カオスのこと

スパゲッティは、ただのパスタではない。 ITの現場では忌み嫌われ、人生の比喩としては妙にしっくりくる。
秩序と混沌のあいだで揺れ動く僕たちの世界は、気づけばいつもスパゲッティのように絡み合っている。そんな「カオスへの愛着」についての話。


日本という国の食卓に、いつの間にか当たり前のように居座るようになった細長い紐状のパスタ。
僕たちはそれをスパゲッティと呼ぶ。
冷凍庫の隅にストックがあれば少しだけ心が安らぐし、何よりどんなソースとも折り合いをつけてしまうその柔軟性は、どこか炊きたての白いごはんに似た包容力を感じさせる。

語源を辿れば、イタリア語で「紐」を意味するスパーゴ(spago)に行き着く。そこに「小さい」を意味する接辞が加わってスパゲット(spaghetto)になり、僕たちが口にするあの一皿は、その複数形であるスパゲッティ(spaghetti)として存在している。
つまり、僕たちがフォークで巻き取っているのは、厳密には「小さな紐たちの集まり」なのだ。

ITの現場における「スパゲッティ」

しかし、この愛すべき細い紐は、ITという無機質な業界において、時として厄介な比喩として扱われることがある。
「スパゲッティプログラム」あるいは「スパゲッティコード」。
それは、命令の実行順が複雑に入り組み、遠く離れた無関係そうなコード同士が密かに手を取り合っているような、見通しの悪い状態を指す。

そして「配線スパゲッティ」。
デスクの裏側やサーバーラックの奥で、LANケーブルや電源コードが愛憎半ばするドラマのように絡まり合い、もはやどれがどの命綱なのか判別できなくなった状態のことだ。
エンジニアたちはそれを忌み嫌い、断線やバグの温床として、まるで不治の病のように扱う。

僕もそんな体験を多くしてきた。
サーバをラックに収め、ケーブルを一本ずつ這わせていき、ラックの中に“秩序”が立ち上がっていく瞬間が好きだった。
しかし、昨日まで垂直に並んでいたはずの青いLANケーブルの列を、出所不明の黄色いコードが斜めに切り裂いている。それは、誰かが深夜に放った、必死で無作法な救済の跡だ。
それは仕方のないことと半ばあきらめていた。
動いている機器の一次停止、再接続は、時間という現実が、いつも僕のシャツをつかんでいた。

プログラムだってそうだ。最初は単純なプログラムだった。
ディスクにデータを書き込み、データベースを利用する。
そんな単純な処理の積み重ねだったはずなのに、次第に利用者の要望に合わせて改修が行われ、気づけば、誰が書いたのか分からない関数が、誰も知らない場所から呼ばれていた。

そしてこれもまた半ばあきらめの境地で、動いてくれさえすれば、それで良かった。


もちろん、それは解決されるべき問題なのだろう。
現代における「モダナイゼーション」という作業は、その絡まり合った紐を一本ずつ根気強くほどき、整列させ、再構築していく作業に他ならない。

人間の温度が宿る混沌

けれど、僕はそんなスパゲッティ状態が、実を言うと嫌いではない。
完璧に設計され、AIによって冷徹に構築された冷たくクリーンな構造体よりも、そこには確かな「人間の温度」のようなものが宿っている気がするからだ。

誰かが急ぎ足で修正を加え、また別の誰かがその場しのぎの配線を足した。 そんな継ぎ接ぎだらけの営みが、冷たいサーバー室の片隅で、有機的な混沌として呼吸している。

たとえすべての紐が綺麗に分割され、美しく並べ替えられたとしても、その根本にある複雑さが消えてなくなるわけではない。
物理的な紐の本数が同じである限り、そこにある本質的な重みは変わらない。

すべての物事の始まりには、未来にカオスを引き起こすための小さな種が、あらかじめ静かに埋め込まれている。

それは、スパゲット(spaghetto)がスパゲッティ(spaghetti)になった瞬間から始まっている。

そしてそんな世界で生きている僕たちは、完全な秩序よりも、少し乱れた世界のほうが安心できる。
乱れの中にこそ、人間の痕跡がある。
人はカオスを容認できるのだ。

それはカオスの中で生きているから。
それでもカオスの中で足掻いているから。
結局のところ、人生もまた茹で過ぎのスパゲッティのようなものだ。
理想的なアルデンテではないかもしれないが、その分、他人の身勝手や想定外のトラブルといった「ソース」をたっぷりと吸い込み、重たく、けれど滋味深くなっている。


僕は今日も、絡まり合った青と黄色のコードを眺め、その不格好な複雑さを少しだけ愛おしく思う。

このカオスこそが、僕たちがここで生きた証なのだから。




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