あと少しだけ、この群れの中で
季節の境目にあたるこの時期、朝の通勤電車は少しばかり落ち着きがない。 冬の暖房が持つ控えめなぬくもりとは違い、冷房はどうにも不器用で、出番を確かめるようにオンとオフを繰り返す。
うなり声を上げるたび、車内の空気がわずかに揺れ、季節の継ぎ目がふと姿を見せる。
袖をまくっては下ろす。
その小さな往復運動が、冷たい風の気まぐれに合わせて揺れる。
露出した肌を刺すような冷気は、こちらの都合などお構いなしで、まるで「まだ真夏じゃない」と言い張っているようだった。
それでも、人間の適応能力をあらためて思う。
強い香水の匂いも、新聞を広げる音も、しばらくすれば背景に溶けていく。 誰もが自分だけの小さな世界へ潜り込み、
この四角い箱を静かにやり過ごす。
暗黙の立ち位置で、辛いと思っていた通勤さえも、いつもの事だと慣れてしまう。
通勤電車とは、そんな“忍耐のプロフェッショナル”たちが集う場所だ。
けれど今朝の僕は、その完璧なシステムの外側に立っているような気がした。
冷房の不器用なオンオフが、どこか自分の立ち位置と重なって見えたのだ。 長い年月を揺られ続けてきたこの小さな世界から、 僕という部品が静かにはじき出されつつある――そんな予感が、ふと胸をよぎる。
それでも、このわずかな浮遊感は悪くない。
冷房が思い出したようにうなるたび、その音に耳を澄ませ、 冷えた腕をさすりながら、季節の移ろいをひっそりと味わう。
システムの外側に立った者にだけ見える風景が、確かにそこにある。
でも本当は、そこにあるだけの朝の当たり前の風景に、
もう少しだけ、 混ざっていたいのかもしれない。
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