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光なき時代を超えてー私の過去が語るもの

アルバイトからキャリアへ:警備会社での成長物語

高校を卒業した後、私はガソリンスタンドでアルバイトを始めました。それはあくまで就職までのつなぎで、特に目標もなく、ただ目の前の仕事をこなすだけの毎日でした。しかし、警備会社への就職が決まったことで、私は本格的に新しい環境での生活をスタートさせました。

最初のうちは右も左も分からず、先輩たちの指導を受けながら必死に仕事を覚えていました。経験豊富で頼りがいのある先輩たちの姿は、私にとって憧れそのものでした。「いつか自分もあんな風になりたい」と自然に思うようになり、それが私の成長への原動力となっていきました。

仕事を続ける中で、私は「先輩たちを超えたい」という新たな目標を抱くようになりました。自分自身で現場を引っ張り、チームを支える存在になりたいと思うようになったのです。そのためには、より多くの知識とスキルが必要だと感じ、資格取得を目指して取り組み始めました。

仕事の合間や休日を利用してコツコツと勉強を続け、資格をひとつずつ手にしていきました。その努力は徐々に成果を上げ、業務にも反映されるようになりました。やがて周囲からの信頼を得られるようになり、最終的にはチームリーダーという役職を任されるまでに成長しました。

こうして振り返ってみると、あの時の努力と、先輩たちからの支えがあったからこそ、ここまで来られたのだと思います。警備会社での経験が、私の人生において大きな転機となりました。




頼られる喜びと満身創痍の先に

チームリーダーに任命されたとき、私は誇らしい気持ちと少しの不安を抱えていました。しかし、いざ役職についてみると、自分でも驚くほど順調に仕事を進めることができました。これまで努力して身につけたスキルや知識が次々と実を結び、職場の仲間たちからも自然と頼りにされるようになりました。

「カイトさんがいれば大丈夫!」
そんな言葉をかけられるたびに、心の中で小さな達成感を味わっていました。それどころか、他社の警備会社やクライアントからも指名が入るようになり、現場での私の存在感は日増しに大きくなっていきました。

いつの間にか、「自分はコミュニケーション能力に優れた鉄人だ」という自信が心の奥底から湧き上がり、気づけばそれが私の中で当たり前の感覚になっていました。誰とでも良好な関係を築き、どんな状況でも的確に指示を出せる!

そんな自分を誇らしく感じていたのです。

しかし、振り返るとその「鉄人」のような姿勢が、どこか無理をしていた部分もあったのかもしれません。相手に頼られる喜びや期待に応えたいという思いが膨らむ一方で、自分自身の負担にも気づかぬふりをして突き進んでいたのです。満身創痍だったと気づくのは、少し後のことでした。

それでもその時の私は、前だけを見つめていました。チームリーダーとしての役割に自信を持ち、まだ見ぬ未来に向かってひたすら進む鉄人であると信じていました。



過信と慢心が引き起こした天狗の道

警備会社を転々と転職していく中で、私のキャリアは順調に進んでいきました。どの職場でもマネジメントを任されるようになり、その都度新たなチームを引っ張る役割が回ってきました。私は常に成果を出し、職場では信頼される存在になり、同僚たちからの期待に応え続けていました。

自分のコミュニケーション能力に対して、次第に自信を深めていくと同時に、どこかで「自分は特別だ」と感じるようになっていました。周囲の評価が高くなればなるほど、自分の実力を過信するようになり、次第にそれが慢心へと変わっていったのです。自分のスキルに対する疑いの余地などなく、どんな現場でも対応できると信じていました。

自分に与えられる役職がどんどんと上がっていく中で、私は次第に「自分はこの業界で唯一無二の存在だ」とさえ思うようになりました。上司からも同僚からも、私は一目置かれ、常に高い評価を受けていたため、まるで誰もが自分に従うべきだと考えるようになったのです。

そうなると、少しのことでイライラするようになり、周囲に対する態度も厳しくなりました。現場での指示ややり方が気に入らないと、すぐに自分の意見を押し通そうとしました。他の人がやっていることを「なぜ自分と同じやり方をしないのか」と思うようになり、周囲の意見を軽視するようになりました。まさに、天狗になっていたのです。

慢心はどんどん加速し、私は自分の力を過信し続けました。しかし、どこかでこの方向性が本当に正しいのか、少しずつ疑問を抱きながらも、その疑問に目を背けて進み続けました。

そして、それが大きな落とし穴になるのです。


地獄の始まり―全てが崩れ去った瞬間

ある日、私は一通のスカウトの連絡を受け取りました。そこは名のある警備会社で、転職のチャンスを逃す手はないと感じ、私はその会社に入社を決めました。入社早々、私はチームリーダーとして任命され、マネジメント業務を任されることになりました。自信に満ちていた私は、これがまた一歩キャリアを進めるチャンスだと思っていました。

しかし、そこで私を待っていたのは、想像を絶する地獄のような状況でした。チームのメンバーは皆、私よりも経験豊富な先輩たちばかり。自分がリーダーとして指示を出すことに、彼らはどうしても納得できない様子でした。最初は些細な反発だろうと思っていましたが、次第にその反応はエスカレートし、チーム全員が私の指示に従わなくなっていったのです。

私は必死でチームをまとめようとしましたが、全く効果はありませんでした。全員がそれぞれ違う方向を向いていて、まるでバラバラのピースのように感じました。自分一人でどうにかできる問題ではないと気づき、上司に相談を持ちかけましたが、その反応は冷たく、結局私が抱えている問題を外に向けられる始末。何も解決しないまま、私はさらに孤独感に苛まれていきました。

そのうち、私の心の中に膨らんでいったのは、裏切られたという感情でした。自分がどれだけ努力しても、周囲は自分を認めてくれない。私の指導が間違っているのだろうか? それとも自分がリーダーとしてふさわしくないのだろうか? その疑念がどんどん膨らんでいき、ついには心身共に追い込まれてしまいました。

そして、私はうつ病にかかっていました。

毎日が辛く、仕事に行くことすら恐怖でした。チームがバラバラで、上司にすら理解されない。そんな中で、自分を支えてくれるものは何もなく、ただただ自分が壊れていくのを感じていました。

かつての自信はどこへやら、私は完全に踏みつぶされ、心身ともに限界に達していました。あのときの自分は、どんなに頑張っても、どんなに努力しても、結局は誰にも認めてもらえないんじゃないかと、深い絶望に陥っていたのです。


全てを失って初めて分かった自分の過ち

私はその警備会社を辞めざるを得ませんでした。うつ病に陥り、全てに対する気力を失っていたからです。仕事に行くことはおろか、日常の些細なことさえも手につかない日々が続きました。その時、初めて気づかされたのです。私は一つの小さな世界に囚われていて、その外側に広がる大きな世界を全く見ていなかったのだと。

無気力な生活が始まりました。それは1年半もの長い間、終わることのない暗闇の中をさまようような時間でした。その間に膨らんでいく借金、働けない自分のせいで妻にかける迷惑…。何をしても申し訳なさばかりが心を支配し、罪悪感という重い鎖が私の心に絡みついて離れませんでした。

その罪悪感から逃れるために、何度も「自分が消えれば全てが楽になるのではないか」と考えました。実際に何度も命を絶とうとしました。誰にも話せない孤独と絶望の中で、「このまま消えたほうが妻のためになる」と何度も思ったのです。しかし、そのたびに、涙を流しながら目を覚ます自分がいました。

私が勝手に傷つき、勝手に罪悪感に押しつぶされ、勝手に消えようとしていた。それなのに、妻は何も言わずにそばにいてくれました。無言の支えが、どれほどの重みを持っていたのか、今でも言葉にするのは難しいです。

毎日が地獄でした。誰かに助けを求めることすらできない、光の見えない長いトンネルの中を歩き続ける日々。あのとき、私は何を信じればいいのか、何を希望にすればいいのか、何も分からなくなっていました。


届くたびに変わる心:自己改革の記録

地獄のような日々を過ごしていた私ですが、ある日、心の奥に小さな変化が生まれました。このままではいけない。このままでは何も変わらない。そんな思いが頭の中をぐるぐると巡り始めたのです。

少しずつですが、メンタルは回復していました。そして、自分のこれまでの過ちと向き合う覚悟を決めました。自分のやり方に固執し、周囲の声に耳を傾けなかった――それがすべての原因だと気づいたのです。では、本当の意味での「コミュニケーション」とは何なのか? 私はそれを知りたい、学びたいという強い衝動に駆られました。

しかし、どこから手をつければいいのか分からない私は、とにかく情報を集めることにしました。インターネットで調べるうちに、関連書籍が数多く存在していることを知り、「まずは本を読んでみよう」と思いました。そこで、私はAmazonで数冊の本を購入することにしました。レビューを読みながら慎重に選び、心理学、傾聴術、コミュニケーションの基礎が学べる本を次々と注文しました。家に届く段ボールの山が、私の新たな挑戦の第一歩でした。

毎日届く本を開き、一つずつ読み解いていきました。内容が難しくて何度も同じページを読み返すこともありましたが、それでも私は諦めませんでした。ノートを手に取り、気になる部分を書き出し、自分の言葉で理解できるまで繰り返しました。

これまでの私は、自分が「コミュニケーション能力が高い」と思い込んでいました。でも、本を読んで学ぶうちに、私が持っていたのはただの「話す力」であり、「聴く力」や「相手を理解する力」には欠けていたのだと気づかされました。言語化の難しさや、傾聴の持つ力の大きさ――これらを学ぶことで、私の中にあった慢心が少しずつ剥がれ落ちていくようでした。

学ぶ過程は決して楽なものではありませんでした。疲れて途中で投げ出したくなることもありましたが、Amazonから届く新しい本が次のステップを教えてくれるような気がして、手を止めることができませんでした。その努力を通じて、私は少しずつ「変わることの意味」を実感し始めたのです。

机に積まれた本の山、書き込みで埋まったノート、繰り返し確認したメモ――それらはすべて、私にとっての新しい武器となっていました。そして、これらの武器が、また一歩ずつ私を前に進ませてくれると信じていました。


私が学んだ本の一部

転機となる出会い

本を読み、学び続ける日々を送っていた私でしたが、ひとつの大きな問題に直面していました。それは就職という現実の壁。

1年半も仕事から離れ、何もできずにいた私を、どの企業が受け入れてくれるというのでしょうか。しかも、私は精神疾患というリスクを抱えています。その事実が頭をよぎるたび、再び自分の無力さに押しつぶされそうになりました。

「このままではまた元に戻ってしまう……」

そんな不安と恐怖が私を支配していました。しかし、その時、私の中にひとつの答えが浮かび上がったのです。

「自分で道を切り開くしかない」

就職が無理ならば、個人でビジネスを始めるしかない。そう腹を括った私は、まず何を学ぶべきか模索し始めました。その中で、偶然出会ったのが、私の「師匠」となる人物です。

その方は心理カウンセラーをしており、私と同じような過去を持つ人でした。過去の挫折、孤独、失敗――それを乗り越えて今輝いているその姿に、私は自然と引き寄せられました。そして、初めて師匠と顔を合わせたとき、彼が私にかけてくれた言葉が、私の心を突き動かしたのです。

「今までよく頑張ってきたね。偉いね。そんな自分を褒めてあげようよ。」

その言葉を聞いた瞬間、私は崩れ落ちるように涙を流しました。これまでどんなに努力しても、誰も私を認めてくれることはありませんでした。むしろ失敗を責められ、自分を否定されてきた日々が思い返されます。

しかし、師匠の言葉は違いました。これまで積み上げてきたもの、苦しみの中で耐えてきた時間、その全てを肯定してくれたのです。

「自分を褒める」なんて考えたこともありませんでした。むしろ、自分を責めることで前に進まなければならないと思っていました。でも、その時初めて、私は自分自身を許し、労わることを知ったのです。

その日、私は泣き続けました。これまで抑え込んでいた感情がすべて溢れ出すように。

師匠との出会いは、私にとってまさに「転機」でした。これまでの自分を認め、新しい未来を切り拓いていくための、最初の一歩を踏み出す瞬間だったのです。


痛みを力に変えて、共に歩む未来へ

師匠との出会いが私の人生の転機をもたらしました。彼が私に教えてくれたのは、自分の経験そのものが価値あるものになるということ。そしてその経験が、同じように苦しむ人々の助けになるということでした。

師匠はコンテンツビジネスとマーケティングを教える講座を開講しており、その話を聞いた私は、迷うことなく飛び込みました。学ぶべきことがある、それを形にする手段がここにある――その思いだけで行動を起こしました。

講座の中で師匠から言われた一言が、私の心に深く刺さりました。

「あなたが過去に悩んでいたこと、それ自体が立派な商品になるんだよ。」

その言葉に私は目が覚める思いがしました。これまで自分を苦しめてきた過去、地獄へと私を落とした原因の数々。それらがすべて、誰かの役に立つかもしれない――そんな発想はなかったのです。

私は決意しました。自分の経験を活かし、以下の二つの商品・サービスを作り上げることに。

  • コミュニケーション術の商品・サービス

  • 精神疾患者に向けたカウンセリング商品・サービス

カウンセリングのサービスはすでに提供を始めています。しかし、特に力を注いでいるのは「コミュニケーション術」の商品・サービスの開発です。なぜなら、過去の私が悩み続け、最後には絶望に陥ったのは、このコミュニケーションの問題が原因だったからです。

自分が苦しんだ経験を他の人にも味わわせたくない。本気で救いたい――その思いが、私を突き動かしているのです。

もちろん、私自身もまだ完全ではありません。精神疾患という大きな課題と向き合いながら、日々活動を続けています。それでも、だからこそ私は強く感じるのです。

「精神疾患者だからこそ、人の痛みが分かる。」

そう自負できるまでに、私は自分と向き合ってきました。

私の夢は明確です。過去の私のように苦しむ人を救うこと。そのために、これからも努力を続け、価値ある商品とサービスを届けていきます。

最後に、この言葉をあなたに贈ります。

「共に生きましょう。」

どんな痛みも、どんな絶望も、必ず乗り越える道があるのです。一歩ずつでも、共に歩いていきましょう。



最後まで読んでいただきありがとうございました。








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