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アンカレッジの立食いそば屋

何時頃から、日本からヨーロッパへ飛行する際、航空機はアンカレッジに寄らなくなったのか?
丁度私が、ヨーロッパ向けパッケージ旅行の添乗員として、訪れた1980年代後半、アンカレッジに途中降機していた。所謂、「北回り」である。

「北回り航路」

もう一つのルートとして「南回り」があり、JALで言えば、東京-バンコク―ロンドンのルートが一般的であった(デリー、カイロがバックアップ)。
北回り(アンカレッジ経由)ルートでは、NRT → ANC:約6〜7時間、地上(給油・乗員):1〜2時間、ANC → 欧州:約7〜8時間 合計:約14〜15時間といったイメージ。南回りも全体の時間で言えば、それほど変わらなかった。
アンカレッジ空港は不思議な空間だった。特に、帰路で寄る際は、最後の免税店(Duty Free Shop)なので、日本人観光客はアルコールなど大量の免税品を買うことになる。不思議なことに、免税店でのやり取りは流暢な日本語。日本の婦人方が多く店員で働いていた。一説によると、アメリカで離婚した女性が多いのよ、とも言われたがその真偽は定かではない。
そんな空港の一角に、立食い蕎麦屋があった。何故、この手の店が?であるが、帰路でアンカレッジ空港に降り立つや否や、乗客は皆立食い蕎麦屋を目指す。あと、少し我慢すれば日本に着いて、日本の蕎麦が食べられるのに。余程、ヨーロッパの食事がお口に合わなかったのか、アンカレッジ空港の立食い蕎麦は大人気であった。
1991年の年末、歴史的な出来事が起こった。ソ連邦の崩壊。ソ連邦=正式な名前はソビエト社会主義共和国連邦(Union of Soviet Socialist Republics)という長めの名前の国が消滅し、15の共和国が独立国家として出現した。
消滅したのは、そう、ビートルズが歌う「Back in the U.S.S.R.」のUSSR。
その15の共和国の親玉が、ロシア連邦であった。
当時ロシアは外貨を稼ぐ必要があった。そして、シベリア上空通過権の販売という通行料ビジネスを生み出し、空域通過料をアメリカドルの現金払いで、各航空会社に請求した。燃料費削減でコスト削減が出来るこのルートは航空会社にとっては大きなメリットがあった。
かくして、シベリア上空を飛行して、日本からヨーロッパ主要空港までのノンストップで飛行するルートが出現した。シベリア上空経由での飛行時間は約11〜12時間。各航空会社はアンカレッジ経由便から、直行便にシフトしたという訳である。
更に時間が経過し、2022年2月ロシアがウクライナへの軍事侵攻を開始し、EU・米国・日本などが対ロシア制裁としてロシア航空機の自国空域通過を禁止。ロシアが 対抗措置 として 日本・EU・米国など「非友好国」航空会社のロシア空域通過を禁止し、現在は「非友好国」航空会社はシベリア上空を通過出来なくなっている。
1991年から30年余りが経ち、あのシベリアの大地は機窓から見渡すことが出来なくなった。
現在、日本発ヨーロッパ向け航空路のストップオーバー地点は、ドバイ、ドーハ、アブダビ等中近東が主流となった。巨大なショッピングモールで、昔のアンカレッジのような旅情は無くなったが、寄港地は人種の坩堝で、世界の窓口であることには変わりはない。
今でも、あのアンカレッジにあった普通の立食い蕎麦屋が、何故あんなに人気があったのか、その理由は分からないままである。