見出し画像

奇談 茜に揺れる子  虹色創作部

あれは、僕がまだ小学校に上がる前のことだった。

祖父母の家の裏には、錆びついたブランコと小さな滑り台しかない、公園とも呼べないような場所があった。

子どもが遊ぶ姿を見ることはほとんどなく、いつもそこにいるのは僕ひとりだけだった。

ある日の夕暮れ、空が燃えるような茜色に染まっていた。
ブランコに揺られていると、隣のブランコが、きぃ、きぃ、と軋んだ音を立てて動き始めた。

――誰も座っていないはずなのに。

恐る恐る目を向けると、そこに女の子がいた。
白いワンピースに、肩までの黒髪。夕日に溶けるように輪郭だけが浮かび、顔の細部は霞んで見えなかった。

ただ、その横顔には深い悲しみが宿っているように思えた。

「ねぇ、一緒に遊ぼうよ」

勇気をふり絞って声をかけると、女の子はゆっくりとこちらを向いた。
その瞳には、確かに涙のような光が揺れていた。

「ごめんね。私、もうすぐ行かなくちゃいけないの」

その声は、風にさらわれるように消えていった。
言葉を返そうとしたが、喉が固まって何も出てこなかった。

女の子は再びブランコを漕ぎ始める。きぃ、きぃ――夕焼けの空に、その音だけが吸い込まれていく。

やがて空がすっかり暗くなる頃、女の子はふわりとブランコから降りた。僕に背を向けたまま、公園の奥へと歩いていく。

「待って!」

必死に追いかけたけれど、女の子は振り返らない。

その姿は夕闇に溶けるのではなく、まるで空気の中から薄れていくように、僕の目の前から消えていった。

祖父母の家に戻ってその出来事を話すと、祖母は静かに語った。

「あの公園のブランコはね、昔この村に流行り病が広まったとき、病で亡くなった子どもたちがよく遊んでいた場所なんだよ」

僕はあのときの女の子の横顔を思い出す。
もしかすると彼女もまた、夕暮れのブランコに取り残されていたのかもしれない。

それ以来、僕は夕暮れの公園に行くことはなくなった。
けれど今でも茜色の空を見ると、きぃ、きぃ、とブランコの軋む音が耳に蘇る。

そして、あの日の女の子の悲しい後ろ姿が、静かに瞼の裏に浮かんでくるのだ。

いいなと思ったら応援しよう!

深水 夜名河(フカミ ヨナガ) 面白いと感じていただけたら、コストのかからないフォローとスキをくださると嬉しいです。 よろしくお願いします。