第9章 番外編① iPS細胞は“未来”をつくった。では“過去”を支えた細胞は?──ヒーラ細胞の物語
① 実験室に現れた“止まらない細胞”
iPS細胞が生命科学の未来を切り開いたことはよく知られています。
では、20世紀の生命科学を裏側で支えた“もう一つの細胞”をご存じでしょうか。
それが、ヒーラ細胞(HeLa cell)です。
ヒーラ細胞が生まれたのは、1951年のアメリカ、ジョンズ・ホプキンス大学でした。
子宮頸がんで治療を受けていたヘンリエッタ・ラックス(Henrietta Lacks)の腫瘍から採取された細胞が、実験室で異常な増殖を示しました(その名前の「He」と「La」から、HeLa細胞という名称が生まれました)。
当時の培養技術では、ヒトの細胞はどんなものでも短時間で死んでしまう時代でした。しかし、ヒーラ細胞だけは培養皿の中で細胞分裂が止まらず、まるで自ら生命を維持するかのように増え続けたのです。
当時の研究者にとって、それは“細胞培養の常識”を根底から覆す出来事でした。
こうして生まれたヒーラ細胞は、史上初の「不死化ヒト細胞株」として世界中の研究所へ広がっていきます。
現代の培養技術であっても、ヒトの細胞は実験室では数回から数十回分裂すると寿命を迎え、やがて死んでしまいます。しかし、ヒーラ細胞は、1951年に採取されて以来、70年以上経った今この瞬間も、世界中の研究室で細胞分裂を繰り返し生き続けているのです。
② 科学の歴史を動かした、もうひとつの“主役”
ヒーラ細胞の最大の価値は、「ヒト細胞を安定して大量に使えるようにした」ことでした。その結果、生命科学や医学のさまざまな分野で研究が一気に加速していきます。
● ポリオワクチンの開発
1950年代、世界的脅威だった小児まひ(ポリオ)ワクチンは、
ヒーラ細胞を使ってウイルスを大量増殖させたことで実現しました。
● がん研究の基盤
ヒーラ細胞はがん細胞そのものであり、
突然変異や増殖暴走の仕組みを理解する最初の“実験相手”となりました。
ここで、読者の中には次のような疑問を感じる方もおられるかもしれません。
「ヒーラ細胞はがん細胞ですが、研究室で安全に扱えるのでしょうか?」
実は、がん細胞はウイルスのように人に感染するものではなく、体外では人の体内のようには生きられません。専用の培養液の中でのみ増殖できるため、研究室では安全に扱える実験用細胞として確立されています。
● ウイルス学
HPVやHIVなど、多くのウイルスが細胞内でどう振る舞うかを解明する“舞台”になりました。
こうしたウイルス研究の基盤は、近年の新型コロナウイルス(COVID-19)をめぐる基礎研究においても活かされてきました。
● 分子生物学のスタンダード化
DNA操作、遺伝子導入、薬剤反応評価など、今日の生命科学の基礎手法の多くが、ヒーラ細胞を使った積み上げによって確立されました。
ヒーラ細胞の働きは、まさに
「20世紀の生命科学を支えた、名もなき研究パートナー」
といえる存在でした。
③ 宇宙にまで旅した細胞
驚くべきことに、ヒーラ細胞は地球を飛び出し、宇宙にも運ばれました。
スペースシャトルで行われた微小重力実験では、細胞が無重力環境でどのように分裂し、遺伝子がどう変化するのかが調べられ、宇宙医学の基礎データとして今も引用されています。
「なぜ細胞が宇宙へ?」と疑問に思われるかもしれませんが、これは人類が “宇宙空間で安全に活動する方法” を探る上で欠かせない研究です。ヒーラ細胞はそのための代表的なヒト細胞モデルとして用いられてきました。
このように、ヒーラ細胞は、地上の実験室だけでなく、
宇宙空間での生命科学にも扉を開いた細胞でもありました。
④ 進歩の裏にある“人間の物語”
生命科学の発展を支えたヒーラ細胞ですが、そこには光と影の両面があります。
当時はインフォームド・コンセント(十分な説明を受け、理解したうえでの同意)の概念が確立されていなかったので、細胞の採取は本人への説明なく行われ、家族がその事実を知ったのは彼女の死後20年以上が経ってからでした。
こうした対応は、現在では考えられないことですが、残念ながら2013年にも、ヒーラ細胞のゲノム情報が無断で公開され、倫理とプライバシーをめぐる議論を呼び起こしています。
私たちが先端医療や遺伝子研究を語るとき、
その基盤には必ず“誰かの身体”が関わっている――。
ヒーラ細胞はその事実を静かに思い出させてくれます。
iPS細胞が未来を開いたように、
ヒーラ細胞は20世紀の生命科学を支え、現在につながる道をつくってきました。
その両者が、いまの生命科学を成り立たせている大切な物語なのです。
