なぜ日本はイタリアのようにできないのか ― 国際比較から見えてきたこと(後編)
前編では、2026年7月の熊本地震で繰り返された「雑魚寝」の避難所と、それを変えられずにいる日本国内の構造をまとめました。
後編では視点を海外に広げ、なぜ「良い事例」があるのに日本は取り入れられないのか、客観的に考えてみます。
イタリアは、何をしているのか
イタリアには「市民保護局」という国の専門機関があります。
1980年、南部で起きた大地震で約3,000人が亡くなり、政府対応が国民から強く批判されたことをきっかけに、1992年、一つの法律でまとめてつくられました。
ポイントは二つあります。
資機材の常時保管 公費であらかじめテント・簡易ベッド・キッチンカー・コンテナ型トイレを大量に買いそろえ、国内3か所の備蓄拠点に1万人分の資機材を常に保管していること。
法的な出動義務 州の「市民保護局」は、国の許可も被災自治体の許可も得ることなく、被災地支援を行うことが法律上の義務になっていることです。
国・州・県・市がボランティアを含めて同じ指揮系統のもとに動けるという点が、日本との最大の違いだと視察した国会議員も指摘しています。
災害が起きれば、被災していない他地域の専門スタッフが資機材ごと駆けつけ、48時間以内に「TKB」を整えます。
被災して疲れ切った地元職員に、避難所の設営を負わせない仕組みなのです。
「知らなかった」わけではない
日本の専門家や国会議員は、少なくとも2017年ごろからイタリアを視察し、学び続けてきました。
2021年には国会議員が現地の市民保護局を訪ね、州の局が国や被災自治体の許可なく動けるという法律上の義務について報告しています。
2025年には、防災庁の創設に向けて、有識者が改めて市民保護局を訪ね、長官と対話を重ね、日本に取り入れられるものを研究しようという動きも始まっています。
「良い事例なのに見ようとしなかった」わけではないのです。
それでも、2026年3月にようやく設置が決まった「防災庁」に与えられた権限は、他省庁への「勧告権」どまりで、イタリアのように地方自治体に代わって現場を直接動かす力はありません。
前編で見たとおり、専門省庁の必要性が国会で議論され始めてから法案成立まで15年かかり、防災予算の割合も長年下がり続けてきました。
視察は重ねられても、核心部分(義務化、常設の備蓄、独立した指揮権)には、なかなか手がつけられずにきました。
阻んでいるのは、次の3つの壁だと考えられます。
① 地方自治の原則(避難所運営を市町村の仕事と位置づける)
② 制度の継ぎ足し(1947年の災害救助法を土台にその都度対応してきた歴史)
③ 財政の発想(防災予算を「投資」ではなく「コスト」として扱ってきた)
豊かな日本が、なぜタイやフィリピンより遅れているのか

もう一つ、客観的な事実があります。
IMFの推計によると、2024年時点の日本の一人あたりGDPは約3万2,000ドルで、
タイ(約7,500ドル)の4倍以上、フィリピン(約4,100ドル)の8倍近くにのぼります。
それにもかかわらず、フィリピンは2010年、タイは2007年の時点で、災害が起きる前を重視する防災の法律をすでに整えています。
日本は今も1947年の災害救助法が土台のままです。
お金がないから変えられない、という説明は、この数字を見る限り成り立ちません。
むしろ考えられるのは逆の理由です。
タイやフィリピンは台風や洪水に繰り返し見舞われ、余力が少ないからこそ、法律で仕組みを固めておく必要があったのかもしれません。
国際的な支援や投資を受けるうえで、防災の法制度が条件になる場面もあります。
では日本は、豊かさゆえに「なんとかしのげている」から変わらないのでしょうか?
前編で見たとおり、実際には「しのげて」などいません。
危機は繰り返し起きてきましたし、SNSでその実情も広く共有されています。
民間側で動こうとする力もありますが、法律の壁の前で押し返され、国民の働きかけは黙殺され続けてきました。
イタリアとの決定的な違いは、この「黙殺」を許してしまう政治の構造そのものにあるのかもしれません。
イタリアでは1980年の地震のあと、約3,000人という犠牲者に対する国民の強い怒りが政府を動かし、わずか2年で法改正にまでつながりました。
日本でも、危機は同じように繰り返し認識されてきたのに、なぜその声が法律や制度の変更にまで届かないのでしょうか?
なぜ「継ぎ足し」から抜け出せないのか
視察を重ねながら、周辺部分(勧告権どまりの新しい庁、その都度のプッシュ型支援)にはすぐ着手する一方、
核心部分には長年手をつけずにきたことは、
「本当にできなかった」というより「優先順位が低いままにされてきた」と見るほうが、事実に近いように思います。
そこには「前例がないから」という発想も働いてきたようです。
2011年の東日本大震災のあと、アメリカのFEMAを参考に、災害対応に特化した専門省庁をつくるべきだという意見が国会で繰り返し出されていました。
それでも長年実現せず、実際に法案として動き出したのは2026年になってからでした。
一度つくらなかったことが、次も「つくらなくていい理由」にされやすい、前例踏襲の力学が働いてきた可能性があります。
また、これまでの災害対応は、内閣府、防衛省、警察庁、消防庁、国土交通省など、それぞれの省庁が役割を分担してきました。
権限が複数の省庁に分散しているため、大規模災害のたびに、迅速な意思決定や機関同士の調整が課題として指摘され続けてきました。
イタリアのように一つの機関に権限を集中させることは、既存のどの省庁にとっても、自分の持ち場を手放すことを意味します。
個々の官僚や政治家に悪意があったとまでは言い切れませんが、
結果としてこの国が積み重ねてきた選択は、
命を守るための備えが、省庁間の調整や他の予算より、優先順位で後回しにされ続けてきた面は否めないと思います。
「意見を送る」だけで本当に変わるのか
ここまで読んで、
「では選挙で意思を示せばいい」
「議員に働きかければいい」
と思われたかもしれません。
ただ、この戦後80年、何もしてこなかったわけではありません。
実際に議員へ働きかけてきた方々もいます。それでも状況は変わりませんでした。
その背景には、日本の政治の仕組みそのものが関わっているようです。
衆議院は1994年から「小選挙区比例代表並立制」を採用しており、小選挙区では1位以外の候補者に投じられた票がすべて「死票」となり、議席に反映されません。
しかも小選挙区で落選した候補者が、比例代表で「復活当選」する仕組みもあります。
少数意見を救う面もありますが、有権者からすれば「落としたはずの人が当選する」という感覚も生まれます。
さらに、選挙で掲げる公約には法的な拘束力がなく、破っても罰則はありません。
連立政権を組む際には、各党の公約が事前協議で妥協・撤回されることも珍しくありません。
加えて、法律の具体的な中身を作る作業の多くは官僚機構が担うため、政治家が掲げた方針も、既存の予算の縦割りに阻まれて骨抜きになりやすい構造があります。
イタリアやタイ、フィリピンは、何が違ったのか
ここで公平のために確認しておきたいことがあります。これらの国が日本より早く法整備できたのは、必ずしも「民主主義がうまく機能していたから」とは言えません。
タイ(2007年) 2006年の軍事クーデターのあと、選挙を経ない暫定政権のもとで制定。皮肉なことに、通常の民主的な手続きに伴う時間や利害調整を経ずに決まった面があります。
フィリピン(2010年) 2009年の大型台風による甚大な被害を受け、選挙で選ばれた議会が通常の手続きで制定。
イタリア(1992年) 1980年の地震直後は緊急の政令で備蓄と体制づくりが始まり、1992年に法律としてまとめられました。
つまり共通しているのは「民主主義の質」というより、
目を背けられない規模の犠牲が出たこと
その勢いを、通常の意思決定プロセスの摩擦を経ずに形にできる仕組みがあったこと
です。日本の場合、①は繰り返し起きてきましたが、②にあたる仕組みがありません。
むしろ、死票を生みやすい選挙制度、拘束力のない公約、連立による公約の希薄化、官僚機構による骨抜きという、
いくつもの摩擦点が積み重なって、勢いを削ってしまう構造になっています。
この構造の中で、国民の意思を通す動き方
投票という「4年に1度、1点」の働きかけに頼らないアプローチが必要です。
① 公約の「事後検証」を追い、可視化し続ける
実は日本にも、言論NPOのようなNPOが選挙のたびにマニフェストを採点し、達成度を検証する取り組みがすでにあります。
ただ、広く知られてはいません。
投票して終わりにせず、検証結果を追い、次の選挙でまとめて審判材料にする、という「線」の使い方が有効です。
② 地方議会・自治体を通じたボトムアップ
国政への働きかけが難しくても、防災のような身近なテーマなら、地方議会での意見書提出や条例制定を自治体に働きかけられます。
全国知事会や市長会を通じた提言は、国にとっても無視しにくい圧力になります。
TKB48や避難所・避難生活学会など、動いている団体の発信を支持し広げることも、この一部です。
③ ルールそのものを変える運動を後押しする
イギリスには「政権与党が公約に掲げ、選挙で審判を受けた法案は、上院も基本的に拒否しない」という「ソールズベリー・ルール」という慣習があります。
選挙制度そのものを変えるような話は、一つの政党だけで進めると「党利党略ではないか」と疑われやすいため、与党も野党も含めた超党派の合意が力を持ちます。
日本でも、死票を減らす選挙制度改革などを求める、党派を超えた議員連盟の動きを支持していくことは一つの方向です。
議員連盟と官僚機構のあいだにある壁
ただし、議連の熱意だけでは変化に直結しにくいという、別の現実もあります。
テーマは変わりますが、2026年7月にも、石破茂氏(前首相)と岸田文雄氏(元首相)を発起人に、
防災力強化を目指す議連が設立されました(こちらは自民党内の党内議連で、複数政党にまたがる「超党派」ではありません)。
約80人が参加し、防災庁発足の後押し役になるとされています。
こうした動き自体は歓迎すべきものですが、これは「うまくいった例」として挙げているのではありません。
むしろ、有力な政治家が集まってもなお、現在の所防災庁が「勧告権」どまりという、実現には別の壁が立ちはだかることを示す例です。
日本で成立する法律の多くは、議員が作る「議員立法」ではなく、内閣(実質的には各省庁の官僚)が作る「閣法」です。

閣法の成立率:約9割
議員立法の成立率:約2割にとどまる
継続的な予算措置を伴う大きな制度改革は、内閣(財務省を含む)が「自分たちの政策」として引き受け、閣法にしない限り実現しにくいのが現実です。
どれだけ熱意ある議員連盟(超党派であれ、党内であれ)ができても、最後は官僚機構と財政当局の判断に委ねられてしまう。
この構造こそが、良心的な議員がいても80年変わらなかった大きな理由の一つだと考えられます。
私たちにできること
もう一つ、根っこにある問題もあります。
日本の学校教育では、憲法は「暗記すべき条文」として教えられることが多く、権利を行使する方法を学ぶ機会は長らく十分ではありませんでした。
2016年の選挙権年齢引き下げを機に「主権者教育」が本格化し始めたばかりです。
声を届ける権利があることは知っていても、それをどう使えばいいのか、多くの人が実践的には教わってこなかった。これも一因かもしれません。
意見を一度送るだけで劇的に変わることは、正直、期待しにくいかもしれません。
それでも、前章で見た
① 事後検証を追う
② 地方から突き上げる
③ ルール自体を変える運動を支持する
に加えて、もう一つ大事な視点があります。
④ 「良い人」だけに頼らない仕組みを作る
日本のキャリア官僚は通常1〜3年で異動します。
今回の地震で何かを感じた官僚がいても、防災担当に留まる保証はありません。
心ある議員も、選挙のたびに落選や引退で入れ替わります。
「良い人」に賭ける戦略は、その人がいなくなった瞬間に失われる脆さを持っています。
だからこそ、世論の記録、報道の蓄積、NPOの継続的な検証、地方議会の意見書のような「証拠」を積み重ねることが重要です。
証拠が積み重なっていれば、後任に熱意がなくても無視しづらくなります。
個人の善意は、仕組みに固定化されて初めて、異動や落選を超えて生き残ります。①〜③は、その「固定化」のための具体的な手段でもあります。
おわりに
議員立法の成立率がわずか2割と聞くと、「個々の議員さんに声を届けても、無駄なのかな」と、どこか絶望的な気持ちになってしまうかもしれません。
ですが、内閣がある政策を突然引き受けるのは、たいてい「これ以上放置すると政治的に持たない」と判断したときに感じます。
その判断のきっかけになるのが、まさに私たち世論の記録であり、報道の積み重ねであり、繰り返されてきた犠牲の証拠なのだと思います。
2026年に防災庁の設置へと動いたのも、2011年からの15年間にわたる
と人々の強い思いが、どこかで臨界点を超えたからではないでしょうか。
「声を上げ続ければ、絶対に変わります」とは、軽々しくは言えません。
それくらい現実はとても厳しくて、壁は高いと感じます。
それでも、記録を積み重ねる行為そのものが、次にその瞬間が来たときに、変化のスピードと大きさを左右するはずです。
これは決して単なる希望的観測ではなく、これまでの歴史が教えてくれた、わりと確かな現実なのではないかなと思っています。
私自身、日々の生活に追われ、なかなか行動にまで移せずにいました。
それでも関心だけは失わないようにしたいと思っています。
読んでくださった方の心にも小さな「もやもや」が芽生えたなら、それをどうか大切にしてください。
その気持ちこそが、100年変わらなかったものを変えていく力になると思うからです。

事実に基づき調べながら書いたエッセイですが、調査不足による抜けや不備はすべて筆者の責任です。温かい目でお読みいただけますと幸いです。
参考にした情報源
名古屋テレビ「災害関連死ゼロ イタリアの避難所事情『TKB48』」
日本トイレ研究所「イタリアに学ぶ『災害時のTKB』とは?」
東京新聞デジタル「どうなってる?国の『防災予算』」
IMF World Economic Outlook (一人あたり名目GDP、2024年時点推計)
熊本ニュースKAB ONLINE「床に雑魚寝、汲み取り式トイレ…避難所の環境変わらず『TKB48』実現できない理由」(2026年8月)
文部科学省「憲法教育等について」(平成24年) / 「小・中学校向け主権者教育指導資料」
特定非営利活動法人 言論NPO マニフェスト評価
衆議院「英国・EU・ドイツ 憲法及び国民投票制度調査議員団 報告書」(令和8年1月)
日本経済新聞「議員立法の成立率2割 政府提出は9割」 / 「防災力強化へ自民議連設立」(2026年7月)
