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刑を軽くすれば救われるのか?「美談」の裏に隠された、真面目な人間が生きられない本当の理由【後編】

刑を軽くすれば救われるのか?「美談」の裏に隠された、真面目な人間が生きられない本当の理由【後編】

【本文】 前編では、財布の残金が「7円」になるまで母を支え、誰にも助けを求められなかった息子の孤独を書きました。2006年2月1日、凍てつく桂川の河川敷で、彼は母に手をかけ、自分も後を追おうとしましたが、死にきれずに生き残りました。

この悲劇に対し、司法が出した答えは、一見すると「血の通った温かいもの」に見えました。しかし、そこには現代社会が抱える、極めて残酷な「罠」が潜んでいたのです。

1. 裁判官が涙した「温かい判決」の正体

裁判の際、検察官も裁判官も、息子のあまりにも献身的な介護と、行政に拒絶された絶望的な状況に、深い同情を寄せました。

判決は「懲役2年6ヶ月、執行猶予3年」。 実刑(刑務所行き)を免れる、最大限の配慮がなされた判決でした。裁判官は彼に対し、こう言葉をかけました。「お母さんのためにも、幸せに生きてください」と。

当時のメディアはこの判決を、法を超えた「慈悲」として、一種の美談のように報じました。ですが、ここで一度立ち止まって考えてみてほしいのです。

「執行猶予がついたから、彼は救われた」のでしょうか?

執行猶予とは、いわば「自力でなんとかして生きろ」と、再び過酷な社会へ放り出されたことに他なりません。無職、無一文、そして「母を殺した」という消えない罪を背負った50代の男が、幸せに生きるための具体的な支援など、その判決の場には一つも用意されていなかったのです。

2. 終わらない「派遣生活」の地獄と、すり減る尊厳

執行猶予を得た彼は、再び働き始めました。ですが、犯罪歴があり、長年の介護で心身を使い果たした中年の男性に用意されていたのは、やはり「派遣社員」という不安定な立場でした。

この「派遣」という働き方の理不尽さについて、私自身の経験を少しお話しさせてください。

私は調理師の免許を持っています。その資格と技術を活かそうと、ある食品工場に派遣として赴いたことがありました。そこはちょうど、新商品の製造過程を一から立ち上げている真っ最中の現場でした。 驚いたことに、高い給料をもらっているはずの正社員たちは、使ったことのない食材を前に悪戦苦闘し、完全に立ち往生していたのです。

結局、調理経験のある私に次々と仕事が任され、最終的には現場の機械の操作から、仕事の流れの組み立て、さらには同じ派遣社員十数名をまとめるリーダー役まで、私が否応なしに背負わされることになりました。正社員は仕事を丸投げし、私がいなければ現場が回らない状態だったのです。

そこまで会社に尽くし、責任を負わされたにもかかわらず、派遣である私の賃金が上がることは一円もありませんでした。そればかりか、裏では派遣会社同士が利権を巡る「覇権争い」に終始し、現場の私を守る動きなど一切してくれませんでした。

さらに残酷だったのは、周囲の派遣仲間からの目です。「あいつは別で高い賃金を貰っているに違いない」と、根も葉もない噂を立てられ、現場で完全に孤立してしまいました。これほどの異常事態が起きているにもかかわらず、派遣先の会社も、派遣元も、何一つ対応の手を差し伸べてはくれませんでした。

真面目にやり遂げようとする人間、技術のある人間にすべての歪みを押し付け、使い潰す。これが、派遣労働というシステムの冷酷なリアルです。

京都の心中事件で生き残った彼も、執行猶予の後に待っていたのは、こうした「都合のいい安価な部品」として扱われる日々だったのかもしれません。朝から晩まで必死に働き、体力を削っても、得られるのは最低限の給料と明日への不安だけ。母を救えなかった自責の念に駆られながら、誰とも繋がれない孤独な部屋に帰る。

「幸せになってほしい」という裁判官の言葉は、この労働現場の地獄を前にして、あまりにも空虚でした。結局、彼は執行猶予が明けた後、自ら命を絶つ道を選んでしまいました。社会は彼を「一度は許した」のかもしれませんが、彼が人間らしく生きるための「具体的な居場所」は、最後までどこにも用意していなかったのです。



3. 最後に:税金という名の「共通の財布」を取り戻すために

この記事を通して私が伝えたかったことは、これが決して「過去の, 特殊な人の物語」ではないということです。

私たちが納めている税金。 それは本来、私たち国民が、人間らしく、安全に暮らすための共通の会費であり、みんなの命を守るための共通の財布であるはずです。誰かが困ったとき、その財布からお金を出して助け合う。それが社会を形成する、最もピュアで、最も重要な約束だったはずです。

それなのに、いざその助けが必要になったとき、お上は「窓口が違う」「努力が足りない」「ルールだから」と、その財布を固く閉ざしてしまいます。

私たちが求めているのは、政治家の派手なパフォーマンスや、裁判官の情緒的な涙ではありません。 「真面目に生きている人間が、普通に助けを求めたとき、当たり前にその手が握り返されるシステム」です。

税金の在り方、行政の在り方、そして当たりハズレで決まってしまう相談窓口の現実。 この事件が遺した問いを、私たちは「悲しい事件だったね」で終わらせてはいけないのだと思います。それは、私たち自身の「生きる権利」を取り戻すための、静かな戦いでもあるからです。

【この場所を開いた、私について】

最後に、少しだけ私の話をさせてください。

私は調理師の免許を持ち、長年、現場で働いてきました。時には派遣という立場で、理不尽に仕事を丸投げされることもありましたが、求められる仕事には常に真摯に向き合ってきた自負があります。

しかし、真面目に向き合えば向き合うほど、現場の歪みは私一人に集中していきました。気づけば、現場の改善点を直談判するために社長や部長に時間を作ってもらうようになり、私の周囲にいる派遣社員の人事権——言い方は悪いですが、私の人間性一つで誰かをクビにできてしまうような流れが、会社の中で勝手に出来上がっていたのです。もちろん、実際に誰かをクビにしたことなど一度もありません。ただ、そんな「訳の分からないポジション」に立たされたことで、周囲の派遣仲間からは根も葉もない噂を立てられ、孤立していく自分の環境も痛いほど分かっていました。

真面目に、誠実に生きている人間ほど、都合のいい部品として使い潰され、本来背負わなくてもいい責任まで負わされて声を失っていく。そんな日本の冷酷な構造を、私はあの歪な居場所にいたからこそ、嫌というほど肌で感じてきました。

だからこそ、この「京都伏見介護心中事件」の息子の孤独が、私にはどうしても他人事とは思えないのです。真面目ゆえに逃げ道を失い、一人で全てを背負わされていくあの感覚が、形を変えて自分の記憶と重なるのです。

私は、政治の難しい専門家ではありません。ただ、現場で汗を流し、理不尽な壁の向こう側を見てきた一人の人間として、声を大にして言いたい。

「真面目な人が、優しく真面目なままで、普通に助けを求めたとき、当たり前にその手が握り返されるシステム」と。

このnoteは、そんな私の祈りと、静かな問いかけを言葉にしていく場所です。同じような生きづらさや違和感を抱えながら、それでも真面目に生きている誰かに、私の言葉が届くことを心から願っています。

(終わり)

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