【スペシャリスト対談】”100点を出さなければいけない存在”
男子体操競技は、ゆか、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、そして鉄棒という6種目によって構成される。各選手はそれぞれの特性を武器に、得意種目で優位性を築きながら、不得手を補完し総合得点を競う「個人総合」に挑む。一方で、各種目における究極の完成度を追求し、その種目の頂点を争う「種目別」というもう一つの舞台が存在する。
後者に身を置く選手たちは“スペシャリスト”と呼ばれ、彼らは一つの種目に多くの時間と技術、精神のすべてを注ぎ込み、研鑽を極限まで重ねることで、もはや競技の枠を超えた“作品”とも呼ぶべき演技を生み出す。その一挙手一投足には、鍛え抜かれた身体性と美学が宿り、観る者を一瞬で競技世界へと引き込む圧倒的な引力がある。
今回対談に臨むのは、高橋一矢つり輪のスペシャリスト・高橋一矢と、石澤大翔あん馬のスペシャリスト・石澤大翔。国内最終の代表選考会であるNHK杯を目前に控えた今、常に完璧を追い求め続けてきた二人は、何を見据え、何を背負い、その舞台へと挑むのか。その胸中に迫る。

ーー今回は、今月開催される『第65回NHK杯』にて種目別で出場されるスペシャリスト2名をお呼びし対談していきたいと思います。本日はよろしくお願いします。
<髙橋・石澤>よろしくお願いします!
ーーではまず始めに先月行われた2026年度代表選考会の初戦『第80回全日本個人総合選手権』での演技を振り返ってどうでしたか。
<髙橋>準備してきたものは出せました。ただ、着地を止められなかった。そこが決まらないとダメなので悔しさはあります。
それでもEスコアはしっかり評価してもらえて、手応えもありましたし、この1年間積み上げてきたことは間違っていなかったと感じています。NHK杯では着地を止めることにこだわって、自分の理想とする演技を出せるよう挑みたいです。
<石澤>予選はDスコア5.7、決勝は5.9で実施しました。去年の代表選考会の出だしと比べると、今回はかなり理想に近い演技ができた感覚があります。去年はギリギリで予選を通過するような形でしたが、今年は5.7のDスコアでもしっかり点数を取ることができましたし、決勝でも良い内容の演技ができました。まだ目標としている点数には届いていませんが、現時点での結果には満足しています。
ーー決勝の演技はお互いご覧になられてましたか。
<髙橋>決勝は、あん馬が吊り輪の前のローテーションだったので、「そろそろ試合が始まるな」と思って会場に向かったところ、ちょうど大翔の演技が始まったので、そのまま現地で見ていました。
<石澤>僕は演技を見たんですけど、それが実際に会場で見たのか、あとから動画で見たのかは正直あまり覚えていなくて(笑)。
ーー今、お二人の決勝の動画を持っているのでぜひお二人でご覧になってみてください。ではまず石澤選手の動画から。

<髙橋>サブ会場で冒頭のリーニン(セア倒立)うまくいってなかったよね?(笑)
<石澤>はい、全然良いのが出なかったです(笑)
<髙橋>だから、「試合大丈夫かな」って思って見始めたなー(笑)
<石澤>普段の練習からミスを出さないことを心がけているので、1回ミスしただけでも気持ちが落ちてしまうんです。でもこの日は、試合の15分前くらいからリーニンで4、5回ミスしていて(笑)。サブでは一矢さんが横でアップしていたので、目が合って思わず笑っちゃいました。
<髙橋>だから、本番は冒頭のリーニンがきれいに成功した時点で「これはいける」と思いましたね。ここの前後の移動は正直きつかった?
<石澤>きつさはなかったです。むしろ演技がうまくいっていた分、「落ちないように、落ちないように」と構えてしまって、少し小さくなっていた感じですね。

<石澤>試合でつり輪がキツいとかあります?
<髙橋>ないね!(笑)。だから逆に軽くなって、いつもと違うところに行かないように必死に抑えてる。
<石澤>最後着地が動いて、Eスコア8.8ってことはしっかり決まれば9.0は超えてきそうですね。
<一矢>そうね。ただ、動いたっていうより。頭が下がって手を回して、踵が浮いたからSB(着地加点)が付かなかったていう感じかな。
ーー着地した瞬間にSBがつかないなっていうのはわかりますか。
<髙橋>今回のは、着地した瞬間に頭が下がって明らかに踵が浮いたからSBはないってすぐわかりました。
やっぱり、スペシャリストは100点を出さないといけないので、着地の小さな1歩は大きいミスとして数えていますし、止めることが絶対条件だと思ってます。
ーー大翔さんは決勝の演技後に雄叫びも出ましたね。
<石澤>試合が始まる前から、1大会目のここ(決勝)が大事って思っていたので、成功して自然に叫んだなって感じです。その後、目の前に梅本先生(高校時代の監督)が見えたので、もう一回叫ぼうと思って合計2回叫びました(笑)

ーーそうだったんですね(笑)。一矢さんはガッツポーズするタイプですか。
<髙橋>俺も結構ガッツポーズするタイプだね。全然叫んだこともあるし。
ーー無意識にですか。
<髙橋>もちろん嬉しいからガッツポーズするんだけど、もう半分は会場を沸かすためのアピールというかパフォーマンス的な部分もあるかな。点数には変わりはないと思うけどなんとなく会場も沸けば印象もよくなるっていう感じがします。だから、そういう打算的なところもなくはない(笑)。
ーー先ほど一矢さんから「スペシャリストは100点を出さなければいけない存在」という言葉があり、競技者としてのストイックさが滲み出ているなと感じました。他の種目で巻き返すことができないので、1本にすべてがかかる。スペシャリストは、“やり直しが効かない”競技だと思います。
<石澤>個人総合の選手も、4日間で24演技をするという難しさがあるので、もちろんどちらも大変だと思います。ただ、スペシャリストは1本で出た点数がすべてで、0.1を他の種目で補うことができません。なので、さっき一矢さんが言った通り、「100点」でなければ意味がない。通れば(演技を大過失なく行うことができれば)OKという感覚ではなく、完璧を出せたか出せなかったか。その満足できる幅はすごく狭い気がします。
<髙橋>もともと6種目をやっていましたし、6種目でナショナルに入った経験もあるので、その時と比べるとメンタルの持ちようとしては楽ですね。今は自分の好きなことを突き詰めている感覚なので、苦しさは感じないです。けれど、その分妥協も許されないと思っています。
でも、それはスペシャリストだからというより、6種目をやっていても共通する部分だと思います。みんな自分の理想像に向かって演技していますし、そこは変わらないです。結局、6種目をやっていた時も、1種目だけをやっている今も、吊り輪は「取らなきゃいけない種目」だったので、その種目に対する印象やイメージはあまり変わらないですね。だから、俺が鉄棒やるメンタルが本当に通ればいいやって感じ(笑)。

ーー試合のサブ会場は独特ですよね。本会場の華やかさとは違う、あの静けさをどう感じていますか?
<髙橋>本会場と比べると、やはりサブ会場は静かでみんな淡々と自分のことに集中している印象があります。ただ選手によって温度感はさまざまで、良い意味でリラックスした雰囲気の選手もいます。
だからこそ、自分もその空気に流されて気持ちがふわっとしないように、常に自分自身と向き合いながらその時間を過ごしています。
<石澤>僕も一矢さんと同じです。周りがうるさかろうが静かだろうが、考えているのは次の1本目のことだけです。周囲がどういう状況かはあまり関係なくて、自分のやるべきことに集中している感覚ですね。空気感の温度差はあるのかもしれませんが、そこはあまり意識していません。
ーーサブ会場から本会場に向かう瞬間、どんなことを感じますか。
<髙橋>サブ会場にいる段階からすでに緊張もしていますし、同時にワクワクもしているので、特別何かが変わる感覚はあまりないです。本会場に移っても、ただ場所が変わるだけという感覚ですね。
<石澤>サブ会場で1本アップしている時点でも、もちろん緊張はしています。そこでうまくいかなければ、その感覚のまま試合会場に入ることになるので、すごく大事な時間です。
ただ、本会場に入ると大きな歓声に包まれるので、その空気に飲まれて「わあ、すごい」とならないようには意識しています。
会場に入れば歓声は確かに大きくなりますが、それも自分には関係ない。自分がアップをして、自分の演技をするだけです。

ーーオールラウンダーより1種目に向き合う時間は長いと思います。ご自身ならではの技の“磨き方”や練習のアプローチ方法はありますか?
<石澤>その時その時で、やっていることは変わっています。去年は2本通しをすることがすごく大事だと思って、その練習方法にこだわっていました。でも、コトブスW杯帰ってきてからは3本通しをしています。たぶん、これも来年になればまた変わっているかなと思ったりもしますが、今はこの練習が一番大事だと思っています。
<髙橋>こだわりかぁ、、まぁでも、去年の自分と変わったところは明確にあって、手首の巻きを減らしたことです。去年はそこが良くないと評価された部分だったと思うので、この1年をかけて作り上げてきたなと感じています。なので、NHK杯では、これだけ力技をやっても減点のない実施ができて、なおかつ着地を止める余裕がある。そんな演技を見せるために、着地を止めたいです。
ーー手首を巻かないでつり輪の力技を行うってどういう表現が会いますかね(笑)。体操経験者からすると、”本来目指さなければいけない部分”だけどかなり難しいですよね。
<石澤>去年の代表選考会が終わってから、一矢さんに「手首を巻かずに演技をする」と聞いた時は、正直「無理だな」という言い方はよくないですが、「本当にそんなことができるのかな」と思いました。
それくらい、吊り輪において“手首を巻くか、巻かないか”というのは大きなことで、周りから見てもそれだけ難易度の高い挑戦なんです。それが1年経って形になっていて、ほんとにすごいなって思いました。
<髙橋>無理はない、やればみんなできるってことが証明されたね(笑)
<石澤>ほんとにすごいです。だって去年の自分は今の演技がすごいって思っていたのに、今はその時よりレベルアップしてる。それが凄すぎる。
<髙橋>やっぱり常に進化してるので、過去の自分の演技を今見ると「そりゃ、評価されなくて当然だ」って思います(笑)
ーーお二人にとって良い練習ができた日ってどんな日ですか。
<石澤>量習量だけが大事だとは思っていません。ただ、自分の目標がある以上、それを達成するために必要な練習量と、自分の熱量や思いにギャップがあってはいけないと思っています。もちろん、辛くて練習がきつい日もあります。けど、そんな時こそ「ここで練習量を減らすことが本当に正しい選択なのか」「それで目標を達成できるのか」と自問自答しながら、日々練習に向き合っています。
<髙橋>課題があって、その課題を解決するために計画を立て、それを実行する。その結果、練習を終えた時に何か一つでも形になっていれば、それは「良い練習」だったと言えると思っています。
目的を持って取り組み、その中で何かを掴めたなら、その日は意味のある1日になる。たとえ小さなことでも、昨日より一歩、あるいは半歩でも自分の理想に近づければいいなと思っています。
ーー常に昨日より前進するってことですね。
<髙橋>そうですね。だから、「量より質」とか、「質より量」というわけではないです。ちゃんと自分が向かいたいところに向かうことが大事で、そのために量が必要ならこなすし、質が必要なら質にこだわる。
そう考えると、最近は意味のない練習をしている日はないですね。昔は、うまくいかないと途中で投げ出してしまうこともありましたけど(笑)。

ーー4月の全日本から、この短期間で一番修正したことは?
<髙橋>下り技では、スイングの位置が少しずれていたり、頭の位置やひねり、力が入りすぎて動きがぶれてしまっている部分があったので、そこを重点的に修正しました。
<石澤>
毎日練習は変えていないので特にはないんですけど、強いてあげるのであれば後半の質上げですかね。でも毎日試合の日だと思って体育館向かって演技してるので、常に追い求めてる完璧な演技を追求してます。
ーー最後に、NHK杯を見に来てくれるファンへメッセージをお願いします。
<髙橋>そうですね。全日本では、ガッツポーズが出るような演技ではなかったので、NHK杯では自分自身はもちろん、応援してくださっているファンの皆さんにも満足してもらえるような演技をして、最後にガッツポーズをしたいと思います。応援よろしくお願いします。応援よろしくお願いします!
<石澤>今回の徳洲会の応援席には、おそらく過去最高と言っていいくらい、多くの方々が来てくださる予定です。徳洲会体操クラブのファンの皆さんはもちろん、自分自身も最高の演技を目指して試合に臨みます。試合は、自分のベストに向かって演技できる場所ですし、その達成感を皆さんと一緒に味わいたいと思っています。
最高の演技を届けられるよう、1日1日の準備を大切にしていくので、ぜひ楽しみにしていてください。

<選手プロフィール>
氏名 :髙橋一矢
生年月日:1996年10月9日
出身地 :愛知県豊明市
所属 :キッズワールド中国体操クラブ
中京高校
早稲田大学
徳洲会体操クラブ
得意種目:つり輪
実績
全日本種目別選手権
2018・2022・2024 年度
つり輪 優勝🥇
氏名 :石澤 大翔(Hiroto Ishizawa)
生年月日:2001年3月29日
出身地 :大阪府
所属 :トミオカ体操クラブ
清風中学
清風高校
徳洲会体操クラブ
得意種目:あん馬、鉄棒
実績
2018年 インターハイ 団体優勝🥇
2025年 全日本個人総合選手権 あん馬 優勝🥇
2025年 NHK杯 あん馬 優勝🥇
2025年 世界選手権 代表
本日も最後まで読んでいただきありがとうございました!
これからもさまざまな記事で選手の魅力を発信していきますので、
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では、また次回の記事をお楽しみください!
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