[SS] 雨宿り、タバコ、グミ。
営業の帰り道。
急な雨、突然の豪雨。
あぜみちに跳ね返る雨、膝の辺りまで。
都心から少し離れた町。
駅から30分程度のお客様からの帰り道。
傘、傘。
急いで鞄を探る。
いつも入れているはずの折り畳み傘が見当たらない。
仕方なく鞄を頭の上に掲げる。
そして、走る。
木造の小屋?
いや、バスの停留所のようだ。
小さなベンチ、屋根があるので雨宿りには十分そうだ。
バタバタと屋根に当たる雨。
幸い雨漏りはなさそうだ。
撥水性のスーツ、さすが内側までは染み込んでこない。
ベンチは座らず、端の方に立っている。
コツンと何かに足が当たった。
アルミ製の吸い殻入れ。
スタンド式の古い物、表面には穴が空いている。
「吸えるのか?」
懐からタバコを取り出す。
箱を叩く、少し飛び出た一本を口に咥えた。
同じくライターを取り出して、火をつけた。
イニシャル入りのライター。
どうしても捨てられない。
だから、タバコを続けている。
そんな気もする。
先端に火をつける。
大きく息を吸い込む、そして上を向いて吐き出す。
白い煙がふわっと舞い上がる。
外で吸うのはいつぶりだろうか。
空の様子を伺う。
雨の勢いは全く変わらない。
まだ止みそうになさそうだ。
バシャ、バシャ。
水の音。
女性がこちらに走って来ていた。
習慣。
慌ててタバコを吸い殻入れに放り込む。
ジュッという音、そして煙を手で払う。
肩を大きく揺らした女性。
頭から全身ずぶ濡れのようだ。
20代前半くらいだろうか、若い女性。
なるべく見ない。
気にはなるが、視線を真正面に。
あぜみちに、畑に容赦なく雨が打ちつける。
「はあ、もう。ついてないな。」
羽織っていたパーカーを雑巾のように絞っている。
溢れ出す水。
この雨だと、そうもなるだろう。
「びちゃびちゃ」
彼女はそう言いながらこちらをチラリ。
目があう。
「あ、すみません。」
彼女も真正面を向いて、そう言った。
「いえいえ。すごい雨ですね。」
「そうなんですよ、急に降り出して来ちゃって。ちょっとそこまでって思ったから、傘なんて持ってなくて。」
「大変でしたね。」
「天気予報、晴れってなってたんですよ。ほんと。」
「ゲリラ豪雨。予測難しいらしいですよ。」
「ニュースで言いますよね、でも、ほんとついてないなあ。」
普段はしない雑談。
時代のせいもあって、雑談も難しくなった。
久しぶりに人と話している、そんな気がする。
そう思ったのが伝わったのか、会話が途切れた。
お互いに雨の様子を伺っている。
雨の勢いは強くなる一方だ。
タバコ。
口に物足りなさを感じた。
一口だけ吸ったのが、余計によくない気がした。
とはいえ、隣に人がいるこの状況。
「おじさんは、この辺の人じゃないですよね?」
「え。ええ、まあ。」
「ですよね。スーツなんて役所の人くらいしか着ないし。でも、おじさんの顔見た事ないなあって。」
「そうなんですか?」
「ええ、みんな普段着ですよ。」
なんとなく、再開された会話。
でも、頭の中はタバコ。
彼女は、私を見て少し笑って言った。
「おじさん、タバコ吸わないんですか?」
心の中を見透かされたような言葉で、思わず顔を見てしまった。
「当たり?ですよね?おじいちゃんもタバコ吸いたい時、そんな顔してるんですよ。」
どんな顔をしていたんだろう、急に恥ずかしくなる。
「私に気にしないでいいですよ。うちでは所構わずみんな吸ってますから。」
「家の中で?」
「ええ、って、普通じゃないんですか?」
「家の中では吸わないですね。ベランダで吸ってます。」
「えー、偉いですね。おじいちゃんも見習ってくれたらいいのになあ。あ、なので、全然気にしないでいいですよ。
そう言われても、なんとなく気まずい。
口ではそう言っても、嫌な物を我慢するのは良くない。
我慢させるのは、さらに良くない。
手に持っていたライターの表面を指で触り。
胸ポケットにしまった。
「うーん….。あ、そうだ。」
そう言って彼女はトートバッグの中を漁り始めた。
「あ、あった。」
カバンの中から出て来たのは、カラフルグミと書かれた小さな袋だった。
「はい。おじさん、一つどうぞ。」
「え?いや、あの。」
「美味しいですよ。グミ嫌いですか?」
「いや、そう言うわけじゃないんですが。」
「一つどうぞ。お父さんもタバコを我慢する代わりにこれ食べてるんです。」
屈託のない笑顔。
断るのは悪い、そう思った。
「あ、ありがとう。じゃあ、一つ。」
袋に手を入れて、つまみ出す。
ブニョっとした感触。
赤いグミ。
さくらんぼくらいの大きさ。
口の中に放り込んだ。
意外と弾力がある。
いちご味かと思ったが違う。
甘酸っぱい味、あまり食べたことのない味。
「これ、何味ですか?」
「えっと、それは梅味です。」
「梅?」
「珍しいですよね。でも美味しいでしょ?」
梅。
そういえば、彼女が好きだったなあ。
まあ、もっとも梅酒だったが。
「これ、色々変わった味が入ってて面白いんです。」
そう言う彼女は緑色の粒を口に放り込んだ。
「それは?」
「メロンソーダ味。美味しいですよ。」
メロンソーダ。
どんな味だったか思い出せない。
「あ、もう一つ食べますか?」
「いいですか?」
「どうぞどうぞ」
今度は茶色の粒。
「茶色?」
「それ、チョコレート味です。」
「チョコレート?」
「珍しいですよね。これ、この辺でしか売ってないらしいです。」
「へえ。」
口に放り込む。
チョコレート、と言っても安いチョコレートの味。
懐かしい。
子供の頃、食べた気がする。
「おじさん、気に入りました?」
「え?」
「ちょっと待ってくださいね。」
そう言って、トートバッグをガサゴソ。
そして、まだ封の空いていない袋を取り出した。
「これ、どうぞ。」
「いや、そう言うわけには。」
「いいんですよ、お父さん用なので、たくさんあるし。」
「はい、どうぞ。」
袋を受け取る。
「あ、じゃあ、お金。」
「いえいえ、いいですって。安いんで。」
「いえ、でも。」
「どうぞどうぞ、タバコの邪魔しちゃったお詫びです。」
彼女は青色の粒を口に。
袋の封を切る。
赤、緑、青、黄色、綺麗な色の粒。
赤いのを摘み上げる。
それを見ていると、何かが頭の中に。
赤い粒。
首、ネックレス。
あれは私が彼女にプレゼントした物だ。
飛行機の窓、新年。
遠くに見える地平線。
太陽。
女性が私を見ている。
でも、私はその向こう。
窓の外。
今にも登ってくる太陽を見ていた。
なんで、あの時。
彼女を見ていなかったんだろう。
どんな表情をしていたのか、思い出せない。
「あ、雨上がりましたね。」
急に現実に戻される。
あぜみち、畑を打ちつけていた雨は嘘のように上がっていた。
空には太陽が綺麗に登っている。
雨はもう降っていない。
「やんだみたいですね、雨。」
「そうですね。」
彼女はパーカーを腰に巻き付ける。
「それじゃあ、おじさん。」
「あ、ああ。グミ、ありがとう。」
彼女は小走りで遠ざかっていく。
私はベンチに座る。
そして、赤い粒を口に入れた。
あの時、このグミがあったら。
口の中には甘酸っぱい味が広がる。
私も立ち上がると
駅に向かって歩き始めた。
こちらの企画に参加させて頂きました。
地平線って難しいですね…。
