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[SS] 雨の中、結婚式

夕立。
せっかくの結婚式なのにな。
控え室でそんなことを思っていた。
彼女は今頃、ウェディングドレスに着替えているはずだ。

ボロボロのリングピロー。
もう、10年以上前に買ったものだ。
なんとか用意した物、懐かしい。

お揃いのシルバーリング。
宝石は付いていない。

部屋をノックする音がする。

「はあ、はあ。新郎様、新婦様の準備が...。」
ドアを開けると、準備係の女性が立っていた。
どこにも怪我はなさそうだ、良かった。

「はい。」
あちこちの破れたタキシードで深く頭を下げた。

廊下を歩く。
壁には穴、明かりも薄暗い、天井だけは問題が無い。
そう、天井が一番大事なのだ。

コンコン。
彼女の控え室をノックする。
「どうですか?」

中から、女性の声。
「はあ、はあ。新婦様は大丈夫です。もう、少しですね。」
息も絶え絶えの女性の声。
こちらにも怪我はなさそうだ、本当に良かった。

よしっ、自分の頬を叩く。
廊下を歩いて式場に向かった。

チャペル。
ボロボロの椅子。
大きな十字架。
頑丈な天井。

十字架の前
神父様が立っている。

「本日はおめでとうございます。」
彼はそう言って笑いかけた。

「本日はご無理をお願いしております。」
「いえいえ、いいんですよ。」
神父様はそう言って十字架を見上げた。

「奇跡、今日はそういう日ですから。」
どこか遠く、そして懐かしそうに微笑んだ。

「そうですね....、今日は。」
「....、本当にいいのですか?」

この質問はされたくなかった。
本当にいいのか。
本当にいいんだろうか。
でも。

「分かりません。でも、これでいいんだと思います。」
「そうですか....。」
「それに、10年も待たせてしまいましたから。」
「....、ですか。私は、出来ればお引き留めしたいと考えております。」
「まあ、そうですよね。ここまで頑張ったのに。」
「日に日に、人が減っていきます。神はそれを望んでいるのでしょうか。」
二人で十字架を見上げた、そこには答えはないのにも関わらず。

「どうなんでしょうね。私にはよく分かりません。でも。」
「でも?」
「俺にとってはあの人しかいないんです。」
「....、そうですか。分かりました。」

二人、静かに待つ。
彼女が来るのを。

「新婦様の入場です。」
女性の声。

正面の扉が開く。
そこには担架に乗せられた彼女。
真っ青、血の気の全く無い皮膚。
真っ白なウェディングドレス。

「綺麗だ。」
「美しい方ですね。」

「俺にとって、最愛の人なんです。」
神父様に向かって笑って言った。

「汝は、この女を妻とし、
良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、
共に歩み、他の者に依らず、愛を誓い、妻を想い、
妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」

神父さんは誓いの言葉を一部変えて言ってくれた。
そう、死が二人を分つまで。
死が、二人を分つ事は、もう無い。

「誓います。」
俺はそう言った。

そして
担架の上で眠っている彼女に近づく。

神父さん、着替えを手伝ってくれた女性たちは
俺たちに深く頭を下げて部屋を出ていく。

「なあ、マリエ。すまない、10年も待たせてしまったよ。」
「なんとかなると思ってたんだけどさ、やっぱり無理みたいだ。」
「これでも頑張ってきたんだぜ、俺なりにだけどな。」
ポツポツと話しながら、彼女の手錠、足枷を外す。

そして、リングピローから彼女のリングを外した。
錆びついたリング、今日のために綺麗に清掃してきた。
細かい傷、そこまではなんともならなかったけど。

「10年も待たせてしまったよ、ごめんな。」
ゆっくりとリングを彼女の指に。

「君がまだこれを望んでいるかは分からない。」
自分のリングを、自分の指にはめた。

内ポケットから、注射器を取り出す。
そして、彼女の腕に針を刺した。

「これで、やっと一緒になれるな。」
中の液体をゆっくりと彼女の体内に入れる。

彼女の体が、ビクッと大きく跳ねた。
上半身が大きく、次は下半身。

そして
ゆっくりと彼女は目を開いた。

「マリエ。」
彼女は大きく目を見開いて、上半身をガバッと起こす。

そして
俺の首にガブリと噛み付いた。

「すまない、本当にすまない。」
首から血が流れるのが分かる。
それだけじゃない、何かが全身を駆け巡る。
血が熱い、全身を流れる血が熱い。

血管が膨れ上がっている。
うまくいえないがそんな感覚だ。
心臓の鼓動が、数十倍に感じられる。

首に噛みつかれたまま、彼女の足を抱き上げる。
彼女の好きだった、お姫様。
彼女は俺にとって唯一のプリンセスだ。

扉を出て、廊下を進む。
正面玄関の扉は朽ちて開いたままだった。

外は雨。
酸性の雨。
普通の人間は当たることのできない雨。

彼女の力が強くなる、首の別の部分に噛みつかれている。
さらに血が流れ出す。
まずい。
腕の力も足の力も、入りにくくなってきた。
それでも彼女を抱え直す。

空には太陽。
そして、雨。
この建物の周りは、何も無い。
ただの荒地。
人が住んでいるのは、ここから車で5時間くらいの場所。
神父様達には感謝しかない。

こんな俺の
わがままに付き合ってもらったのだ。

視界がぼやけてきた、吐き気がする。
胸がムカムカ、胃もムカムカ。
何も食べていなくて正解だ。

最後の力を振り絞って立ち上がる。
そして、一歩一歩
外へ。
雨の中へ。

ジュッ、何かが溶ける。
雨粒があった所、針のように走る痛み。
ウェディングドレスが雨に溶けていく。

髪が、皮膚が溶けて流れる。
もう少しだ。
きっと、もう少しだ。

不思議と体が軽くなった。
力が戻ってくる。
ジュッという音がしない。
やったぞ、これ以上は大丈夫そうだ。

「ト.シ..ヤ..さん?」
首に噛みついていた彼女の声。

彼女は首から顔を離し、俺の顔を見つめる。
ああ、あの時のままだ。
ハリのある肌、少し赤い頬。
全部あの時の彼女のままだ。

「マリエ....。」
「トシヤさん....。」
俺はマリエの体を抱きしめる。
ボロボロのウェディングドレスから、肌が見えている。

それは人間の肌の色。
そう、マリエの色。
懐かしいマリエ。

俺は彼女の唇にキスをした。


「神父様、あの方は大丈夫なのでしょうか。」
着替え係の女性が助手席から話しかける。

「どうでしょうな。マリエさんの感染したウィルスがきちんと適合すれば。」
「この雨の中でも生きていけると?」
「そういう話があるのは事実です、とはいえ。」
「....そうですか。」
「人は弱い物です、こんな世界で一人で生きていくのは大変ですよ。」
「でも、でも....。」
「それは私たちが決めることではありません。私たちは人間とし、最後の尊厳を守る、それだけです。」
「.....。」
「まさか、人として生き、人ととして死ぬ。そんなことが難しくなるとは….ね。」
「.....。」
「信じること、願うこと、奇跡を。私たちにはそれしか出来ないのです。」
「はい.....。」
後部座席には着替えががりの女性、こちらは疲れ切って眠っている。

「彼女は?」
「だいぶ疲れたようです。」
「まあ、初仕事ですからな。二人とも無事で本当に良かった。」
「神父様….。」
「なんですか?」
「私たちのしている事は、意味があるのでしょうか。」
「....、意味。そうですな、意味はないのかもしれない。でも、それでもいいのですよ。」
神父様はそれ以上、何も話さない。

彼らを乗せた車は荒野の中を進む。
人の住んでいる街を目指して。


こちらの企画に参加させて頂きました。
いつもありがとうございます。


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