[SS] 夕暮れと、桜餅。
「おばあちゃん。桜餅、買ってきたよ。」
自宅から電車を3本
バスで40分、さらに歩いて10分くらい。
祖母の家は、そんなところに建っている。
昔は木造だった家も建て替えられて
すっかり綺麗になった。
平屋、一戸建て。
家の大きさを小さくしてもらって
昔の家にはなかった庭を作ってもらったらしい。
トマト、きゅうり、家庭菜園。
そして、縁側。
前の家でも縁側に座っていたって、母が言ってたっけ。
お昼過ぎに出て、もう夕暮れ。
祖母はいつも通り
縁側に座ってお茶を飲んでいた。
「あら、よしちゃん。遅かったね。」
「ごめんごめん、ちょっと寝坊しちゃって。」
いつも通り、祖母の隣に座る。
桜餅。
途中の駅で売っている名物、らしい。
祖母の大好物の一つ。
甘いものが大好きな祖母。
80歳を超えた祖母の遠出は難しく
月一の私のお土産が唯一の楽しみだって。
「えー、可愛い孫が楽しみじゃないの?」
「そりゃもちろん、楽しみよ。でも、甘いものもね。」
シワだらけの顔を、さらにくしゃくしゃにして笑う。
「ふーんだ、拗ねちゃおうっと。」
「嘘よ、嘘。」
これもいつも通りの事。
祖父はだいぶ前に亡くなり、祖母は一人でここに住んでいる。
母が同居を持ちかけたこともあったらしいが、断ったらしい。
母が言うには
祖父は酒飲みで、飲んで飲んで、ある日パタっと。
なんて、半分笑いながら話していたらしい。
オレンジの夕日、山の向こうから差し込んでいる。
もう直ぐ日が暮れる。
これも、いつも通りだ。
「そうそう、今日はね。炊き込みご飯を作ったのよ。」
「え、美味しそう。」
と言った物の、桜餅とお茶でだいぶ膨れたお腹。
食前の運動が必要な様だ。
「じゃあ、お風呂沸かしてくるね。」
「いつもありがとね。」
縁側で靴を脱ぎ、持ったまま玄関へ。
荷物を玄関におくと、風呂場へ向かう。
祖母は綺麗好きなので、綺麗。
とはいえ、所々にカビ。
天井にもカビ。
長めのブラシでゴシゴシ。
私と母の綺麗好きは、祖母譲り。
すっかり綺麗になった浴槽にお湯を貯める。
お湯と水の蛇口を調整して開ける。
"お風呂が沸きました"、なんてことは無い。
台所、祖母は山菜をまな板の上で切っていた。
「おばあちゃん、お風呂溜めてるよ。」
「ありがとね。」
「山菜?」
「裏山でね、取れたんだよ。」
緑と茶色の山菜、煮物とおひたしだろうか。
お腹が鳴った。
お風呂に入って、汗をながす。
昔は一緒に入っていたが、流石に一人。
祖母に声をかけて、その間にテーブルに料理を並べる。
夕飯。
山菜のおひたし、鶏と大根の煮物。
筍の炊き込みご飯。
どれもとても美味しい。
母は薄味だと文句を言うが
私はこれくらいが好きだ。
夕食後。
祖母の家にはパソコンも、スマホも無い。
二人で並んでテレビを見る。
祖母の家にいると、時間がゆったりと流れる。
自宅だと、スマホ・PCで一瞬で流れる時間。
数倍の長さ。
車の音も、電車の音もしない。
夏は蝉、カエルの声がうるさいが
この時期は静かだ。
22時、自宅では考えられない時間に眠気がやってくる。
押し入れから二人分の布団。
横並び。
祖母は部屋の隅にある仏壇に手を合わせている。
寝る前の日課。
これも、いつもの事。
仏壇をふと見ると、お鈴の隣。
黒い物。
「これ何?」
「ああ、これ。この間ね段ボール箱を整理してたらね、出てきたのよ。」
と、押し入れを指さした。
「カメラ。おじいさんのね。」
大きなレンズ、大きなボディ。
両手で持たないと落としてしまいそうだ。
プラスチックに見えたが、触ってみると皮の様な手触り。
ファインダーを覗いてみると、ズーム機能などは無い。
「年代物でしょう。あたしもね、こんなのあったんだって。」
「おじいちゃん、カメラ好きだったの?」
「どうだったかしら。」
「ふーん。いつ買ったの?これ。」
「多分50年、くらい前。」
「50年前のカメラ!?」
とても高価なものに思えてきた。
慌てて、祖母に返す。
「でも、安物よ。これ。」
「でも、50年前って。」
「まあ、骨董品だからね。そうそう、フィルムって知ってる?」
「フィルム、話には聞いたことある。」
「そうよね、今の人は知らないわよね。」
祖母はカメラを大事そうに抱えている。
「おじいさん、撮られるの嫌いでね。」
「あ、わかる。お母さんもおんなじだし。」
「血かしらね。」
「でも、カメラ持ってたってことは撮るの好きだったんじゃ無いの?」
「さあ、どうだったかしらね。」
カメラを仏壇の前に置く。
布団に入ってもカメラが気になる。
「フィルムってまだ売ってるの?」
「多分、売ってるんじゃない?」
「あのカメラ、フィルム入ってるの?」
「そうね、どうかしら。
部屋の電気をつけて、仏壇の前に。
祖母はカメラの右上のレバーの様なものをいじっている。
「ちょうど撮り切ってるみたいね。」
「そうかあ。」
「それ、何が写ってるのかなあ?」
「そうねえ、なにかしら。」
カリカリとレバーを動かして、パチン。
裏蓋がパカっと開く。
カメラの中から、5cmくらいの円筒形の物が出てきた。
「これがフィルムよ。」
「へえー、初めて見た。」
乾電池?みたいな形をしている。
「よしちゃん、フィルム初めてなのね。」
「初めてみた。」
祖母はコロコロ、手の中で転がしている。
「これ、どうやったら見れるの?写真。」
「現像しないとダメね。」
「現像?」
聞いた事はあるが、知らない。
「今でも現像って出来るのかしらね。」
「どうなんだろう….。」
「昔はこの町にね、カメラ屋さんがあってね。」
「カメラ屋さん?」
「カメラを売ってて、現像して写真にしてくれるお店。」
「そうなの…..。」
全く知らない、そんな物あるのか。
祖母はフィルムを手の中でコロコロ。
一体、何が写っているんだろう。
気になる。
「さて、寝ましょう。」
祖母はフィルムを仏壇に置いた。
次の日。
自宅では絶対に起きない時間に目が醒める。
23時に寝て、8時に起きる。
実に健康的な生活だ。
祖母はというと、庭で洗濯物を干していた。
早い。
服を着替えて、布団を畳む。
スマホを取り出して、おじさんにメッセ。
父方の叔父さん。
PCの修理、トイレの修理、エアコンの修理。
大抵の事は出来る人で、いわゆる何でも屋だ。
以前、何故そんなになんでも出来るのかと聞いた事がある。
「ふふふ、それはね。よしちゃん。秘密だよ。」
無精髭の顔できっとカッコよく決めたつもりだったんだろう。
思わず笑ってしまったのを思い出した。
「フィルムの現像って、出来る?」
すぐ返信。
「フィルム、懐かしいね。もちろん出来るぜ!。」
「おお、流石。おじさん、お願いできる?」
「別に構わないけど、ちょっと忙しくてさ。いつまで?」
「1ヶ月くらい?」
「OK、OK、それならいいよ。」
ありがとうを込めた、犬のスタンプを連打。
お辞儀した猫のスタンプが同じ数返ってきた。
帰る間際、玄関で祖母にフィルムの話をしてみた。
「おばあちゃん。フィルム借りられない?」
「なんで?」
「知り合いがね、現像出来るらしくて。」
「そうなの?」
祖母はフィルムとプラスチック製のケースを持ってきた。
フィルムと同じ形のケース。
どっちもほのかにお線香の匂い。
「これね、ケース。」
パカっとケースを開けてフィルムを入れる。
パチっと蓋を閉めて、渡してくれた。
「今度来る時、写真持ってくるね。」
「ありがとね。」
「じゃあ、また来月ね。」
祖母は玄関の外
私が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
次の日。
おじさんはフィルムを送ってくれと言う事だった。
内容証明で送ってみた。
それから3週間くらい。
おじさんから電話がかかってきた。
珍しいこともある物だ。
「よしちゃん、内容証明付きって。なんか悪いことしたかと思ったよ。」
「ごめんごめん。でも、ほら、大切な物だから。」
「まあ、そうなんだが。てっきり。」
「てっきり?」
「まあ、いいさ。できたよ、現像。」
「ほんと!?」
「今から、送る。」
「送る?」
「現像してデジタルデータにしたのさ、AIで補正のサービス付き。めちゃくちゃ綺麗だぜ。ただ、どうにもならないもあってさ。」
画像が次々に。
15枚。
近くの山、家の中。
誰も写っていない。
一枚だけ。
昔の家、その前で撮った写真。
祖父と、祖母が並んで写っている写真。
二人とも真顔に近くて、少し笑ってしまう。
「これおじいちゃんかな?」
「じゃないかな。俺は知らんよ。でもさあ、すごいだろ。綺麗だろ。」
鮮やかな色彩。
くすみは欠片も無い。
細部まできちんと見てとれる。
今にも動き出しそう、そんな画像だった。
「ねえねえ、おじさん。これ綺麗すぎじゃない?」
「え。」
「50年前の写真でしょ、これじゃあ。」
「フィルムが少しダメになってて、真っ黒い所とかもあってさ。AIで補正とかして、大変だったんだぜ。」
「うーん。」
「この為に、AI契約したりとか、色々やったんだけどさ。」
「うーん。」
「まあ、そう言われればそうかもなあ。」
「ごめん、色々やってくれたのは嬉しいんだけど。普通の写真が欲しい。」
「普通かあ….、まあ、分かったよ。ネガはあるし、出来る限りやってみるよ。」
「流石、おじさん!。あとね…..」
渋々、口調からはそんな感じが読み取れる。
おじさんに感謝を伝えつつ、いくつか追加でお願いをした。
前回から、ちょうど1ヶ月後。
私はいつも通り、電車に乗っていた。
電車、バスを乗り継ぎ、祖母の家へ。
祖母はいつも通り、縁側で座ってお茶を飲んでいた。
「おばあちゃーん」
私が手を振ると、振り返してくれた。
祖母はシワだらけの顔で
いつも通り、夕方のオレンジの光に照らされていた。
「よしちゃん、今日も遅かったわね。」
「ごめん、今日も寝坊しました。でも、ほら、桜餅。」
そう言って紙袋を渡して
縁側に座っている祖母の隣に座る。
カバンの中から、”あれ”を取り出して渡す。
「あら、これ。」
祖母はそれを両手で持って、じっと。
薄い色彩。
はっきりとしない、少しぼやけた一枚。
二人の顔も少しぼやけている。
写真の端には黒い丸で塗りつぶされた部分。
繋いだ、手。
祖母と祖父は、静かに手を繋いでいた。
二人とも、ほぼ真顔。
B4サイズのフォトフレーム。
おじさんに現像して、引き伸ばしてもらった一枚
それをアクリル製のフォトフレームに入れた。
おじさん、本当にありがとう。
心の中で改めて、手をあわせる。
「これ以外はね、山の写真とか、家の写真だったんだって。そっちもいるなら…。」
祖母は、フォトフレームを掴んでじっと見つめている。
何も言わない。
私も何も言わない方が良さそうだ。
祖母の顔。
夕方のオレンジの光が照らしている。
目がキラキラ、光に反射して光っている。
ポタリ。
光の雫、フォトフレームの表面に落ちた。
「ありがとう、ありがとう。」
そう言った祖母の顔は
いつにも増してクシャクシャになっていた。
