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[SS] 運命と、牛丼。

「それでは、皆様。乾杯!」
船長がマイクに向かって言った。
帽子からはみ出した金髪が、夜のデッキを照らすLEDに反射する。

紳士淑女。
と言っても老若男女、様々だ。

スーツにドレス、ドレスコードは自由なので
スニーカーなんて人もいるし、国の制服の人もいる。

そんな中に不釣り合いな丼。
船長も船員、乗客も同じ物を持っている。

丼の蓋を開ける。

飴色の玉ねぎ。
適度に油のついた薄い牛肉。
そして、タレがかかって色の変わった米。
端に真っ赤な紅生姜と、白い葱。

どれもこれも聞いた事はあっても
見るのも、触るのも初めてだ。
まして、これを食べるなんて。

「食事時間は残り30分です。」
船長は大きく一礼すると
マイクから一歩下がった。

一緒に渡された、木の箸。
2本の木の棒を何とか使って食べようと試みる。

玉ねぎというものは、こんなに甘いのか。
牛肉、少し噛み切るのが難しいが、これも甘い。
配給されているバイオフードとは違う甘さだ。
そして、米。
色の変わった部分と、白い部分で味が違う。
そして、紅生姜。
これは口の中がヒリヒリする。
葱。
甘くなった口をリセットしてくれる。

普段は、簡易的に済ませるこの時間。
今日は30分もかけてゆっくりと味わう。
そう、味わっている。
これが食事だ、これが物を食べるという事なんだ。

思わずむせてしまう。
物を飲み込む事、咀嚼する事があまり無いので
そんな事に感動し、慣れない自分を知る。


2999年。

私達は、人だ。
AIが急速に発展し、科学も医療も信じられない進化を遂げた。
これは国民全員が学ぶ事項だ。

そんな中、人は、人間としての体を放棄した。
自分の体を生体部品と交換していった。

脳みそのダンプ機能が浸透してからは
性格・記憶など、構成情報の全てが解析され
情報のバックアップ・複製も自由な世の中になった。

そして、そんな中で必要と無くなったものがある。
食事。
物を食べる事だ。
人は物を食べてはいる、しかしそれは必要な栄養素の供給であり
生体部品化すれば、それさえも不要になる。

そして、食事はいつしか宗教になっていった。
人が人の形を保ったまま生きる。
この時代ではとても困難な事だ。
食事を摂り、睡眠をとり、家という箱の中に暮らす
そんな古文書の中に書かれているような生き方。

それがこの食教の教義。
ここにいる全員がその信者だ。

そして、もう一つの大きな教義。
それは、自死の禁止。

この世の中は修行だ。
だから、どんなに辛い事があっても死んではならない。
生まれ持った運命を全うする、それも教義だった。


「食事終了、10分前です。」
合成音声のアナウンス。
足元がふらつく。

船長が再びマイクの前に立つ。
帽子をとっている、肩のあたりまでの長い髪。
綺麗な金髪が潮風になびいている。

「そろそろ、時間です。」
「食教、終焉の義。皆様の運命に。」
大きく一礼する。

船が大きく揺れる。
下から突き上げるような衝撃。
大きな力同士、ぶつかり合う衝撃音。

「本船は、45分後に完全に沈没。皆様の運命に。」
合成音声のアナウンス。

食事が必要なくなり
米も、牛も、野菜も、全てが過去のものとなった。
私たちが食べているこの牛丼という食べ物は、古の遺物。
失われた技術。
バイオ技術が全く関わらない
わずかに残った土と、水と、そして自然の恵みだった。

そんな一杯を心から楽しみ、人生の最大の幸せを感じる。
これを幸せと感じるのは、人間の本能なのかもしれない。

ここにいる人間は、全員この世界に悲観した人間だ。
そして、食教に入信した。

今日、人生最後になるかもしれない最後の食事をし
この暗い海に身を投じ、自分の生死を賭ける。
自分の運命に文字通り、身を委ねる。

1年に1回の儀式。
生きているという事。
本質的にその幸せを噛み締めるこの儀式。
参加者は後を経たない。

暗い海の彼方に消えていく者。
生き残って、また生きる者。
そして、またここに参加する者。

運命。
この世の中では唯一無二の娯楽
なのかもしれない。

「運命よ、私に味方してくれ!」
誰かが叫んだ。

私達は着ている物を脱ぎ捨てる。
目の前に広がる暗い海。
それだけが、この後を知っている。

牛丼。
また、来年も食べたい。
この味を。
いや来年は、別の物かもしれないな。

生きたい。
生き残りたい、いや生き残る。
私の運命はここで潰えるわけがないんだ。
久しぶりに生きる気力を感じた。

私は、暗い海に飛び込んでいく。


こちらの企画に参加させていただきました。
ずいぶん、飛んだ話になりました….☺️。

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